軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

バタベア

うやうやしく頭を下げたシーちゃんに、帰って来たときに人がいるのっていいなあと思いながら私はガーデン内に入る。

買える物はいくらか置いているのでそこまで閑散としているわけではないが、そこそこ広さを残した私の庭。瓦礫がまだまばらにあるせいで少し不恰好に見えてしまう景色の中に住民たちの姿を見つけて笑顔になる。

「ワルフルたち〜」

呼ぶと、思い思いに過ごしていたワルフルたちが私に駆け寄ってくる。防衛任務についていた子たちもその中にはいるので、まず私は防衛をオートからマニュアルにして順番に彼らの頭を撫でた。

「指示するまで、休んで大丈夫……」

撫でられる際に目を瞑って気持ちよさそうな顔をする子、凛々しいお顔を蕩けさせる子、撫でる前にもう背伸びをして頭をグイグイ押し付けてくる子、手を離すときに名残惜しそうに見つめてくる子、待ちきれなくて私の手をペロリと舐めちゃう子。

個性を感じさせる行動を微笑ましく思いながら解散を指示し、ワルフルが思い思いの場所へと散っていくのを眺める。

昼寝し始める子もいれば、ワームースとモグラ叩き的な遊びを始める子たちもいた。仲が良さそうでなによりである。

「よし」

次に、アイテムボックスを開く。

取り出すのは新鮮なミルクの瓶と、採取で手に入った腐ったミルクの瓶の二種類。

私はそれを、ガーデンの端のあたりに並べて置いた。

外縁部だから、来訪して真っ先に手を伸ばしやすい位置に。

「……検証開始」

拠点の位置まで離れた私はそのまま観察し続けることにした。ここからならガーデン内で起こることは大体見ていることができるから。

「シーちゃんはこういうのどう思う?」

「良いアプローチであるとCは判断いたします。忘れ去られ、置いて行かれたものたちについてを知ることは、この地の再生において有利に働くことでしょう」

「シーちゃん自身としては?」

「ユウ様の知識欲を肯定いたします。喜ばしく思っていますよ」

「そっか」

少し突っ込んで質問してみたけれど、シーちゃんの声色はほとんど変わらない。でも、ちゃんと言葉を返してくれるので安心する。

「ねえ、シーちゃん。ガーデンだけじゃなくて……」

「はい、なんでしょう」

「……なんでもないや」

ゲームの中だけじゃなく、帰って来たときに暗い部屋に声を投げかけたら返事をしてくれないだろうか。そんな淡い願望を抱いてみたが、さすがにゲームのNPCにそこまで求めるのはどうかと思うわけで。そんな機能実装されないよねえと自嘲した。

そもそもそういうAIサービスはすでにある。それを使っていない私が、ちょっと交流して仲良くなった気になって彼女だったらなあと思ってしまうのは良くないことだ。

ゲームの中で彼女とおしゃべりするのを楽しむだけにしよう。下手したらガッツリと、「架空の執事メイドに依存しています」みたいな状態になってしまいそうなので。

……一時期社会問題になってたこともあったっけ。

そんなこんなでシーちゃんとおしゃべりしていると、ほどなくして、オリウルからモンスター通知がやってくる。

地面が揺れて、のっしのっしと歩く大きな影が草原の方面からやってくる。

……来た。あのクマだ。

溶け落ちたような体に重たい足取り。

草原で遠目に見たキリンのほうが遥かに大きく、虎もかなり大きかったが、やはり身近に迫ってくるクマの姿は大きく、恐ろしく感じる。

クマはガーデンの外からでも、迷いなくまず新鮮なミルクの瓶へ向かった。

瓶を傾けてごくごくと飲んでいく。

「……よしよし」

図鑑を確認する。

No.003

名称【???】

・ 分類:???

・ 原型食物:???

・ 原型生物:クマ

・ 危険度:D

・ レア度:N

・ 大きさ:4タイル(2×2)

・ 生息地域:枯れ果てた草原

・ 好物:ミルク

・ 来訪条件:

20タイル分の汚染されていない草地がある。

ガーデンに分類:スイーツのモンスターが一匹いる。

・ 住民化条件:

30タイル分の汚染されていない草地がある。

ガーデンに分類:スイーツのモンスターが一匹いる。

所属する???が存在しない。

ミルクを1瓶飲む。

???

・ 汚染タイル数: 陸上5

住民化条件は、まだひとつだけ埋まらない。

でもミルクを飲むのが住民化条件なのでは? という予想はちゃんと合っていたようだ。

不明だった条件の二つのうちひとつが開いて、あともうひとつ。

そのまま観察していると、クマは腐ったミルクのほうへ行くかと思いきや、ちらりと視線を向けただけで興味を示さなかった。

「……あれ、違った?」

一瞬焦るが、クマはそのまま立ち去らなかった。

クマはガーデンの中を汚染を広げながら、しばらくうろうろと歩き回っていく。

ワルフルの一匹が私に指示をあおぎに来たものの、待機と言ってそのままにする。

歩き回って汚染される程度ならワームースが結構簡単に直してくれるから問題ない。

そして、うろついていたクマの視線が「回転遊具」に向いた。

「……まさか」

私はその光景を目に焼き付けるために、じっと見つめる。

クマは、回転遊具に近づき掴まった。

そして次の瞬間――くるくる、くるくると大きな体で回転遊具を回して遊び始めた。

「遊んでる……」

しかも結構激しく遊んでる。

さっきミルクを飲んでるから、お腹タポタポなんじゃないかと心配になるくらいぐーるぐーる回して楽しんでいる。

しばらく回り、クマは満足したように遊具から離れる。

その瞬間に体が光に包まれた。

素早く図鑑を確認すれば、最後のひとつのハテナが外れて、そこに「回転遊具で遊ぶ」という言葉が現れていた。

「ガーデンアイテムの設置チュートリアルだった……?」

卵に変化してテンカウントが表示される。

さん、に、いち、ぜろ。

殻が割れて現れたのは、溶けたバターのような模様を持つ黄色の大きなクマだった。

「おめでとうございます」

隣にいたシーちゃんが恒例の言葉を発して、私は無言のガッツポーズをする。

「『バタベア』が四種類目の住民となりました」

「……やった!」

そしてじわじわと喜びが強くなっていき、私は気づけばシーちゃんの手を両手で掴んでいた。

「やった……! やったよ、シーちゃん!」

ぶんぶんと、両手で握りしめた彼女の手を振る。

シーちゃんは驚いた様子もなく、されるがままになってくれていた。

「お喜びいただけて何よりです」

でも、その声は少しだけ柔らかい気がする。そうだといいなと思っている私の意識の問題かもしれない。それでも嬉しかった。しばらく悩んでいたことがすっきりと解決したのだ。こんなに嬉しいことはない!

さて、お待ちかねの図鑑は……?

――――――

No.003

名称【バタベア】

・ 分類:乳製品

・ 原型食物:バター

・ 原型生物:クマ

・ 危険度:D

・ レア度:N

・ 大きさ:4タイル(2×2)

・ 生息地域:枯れ果てた草原

・ 好物:ミルク、???

・ 来訪条件:

20タイル分の汚染されていない草地がある。ガーデンに分類:スイーツのモンスターが一匹いる。

・ 住民化条件:

30タイル分の汚染されていない草地がある。

ガーデンに分類:スイーツのモンスターが一匹いる。

所属するバタベアが存在しない。

ミルクを1瓶飲む。

「回転遊具」で遊ぶ。

・ 汚染タイル数: 陸上5

・ 能力:

瓦礫(最大5タイル)を破壊できる。

硬い荒地を耕すことができる。

畑の生産・収穫効率+20%。

ミルク3瓶でバターを1箱生産する。

バターモチーフのモンスターが同時に存在する場合、2匹までを対象に生産量+1箱。

・ 備考:

手を利用できるためガーデナーの手伝いをすることができる初心者向けモンスター。

仲間のスイーツモンスターが存在するとガーデンが甘い匂いに包まれる。

・ 公式生態観察:

バタベアは、力仕事と生産補助を得意とする大型の乳製品系モンスターである。

硬い地形の整備や瓦礫の除去を行い、農地の生産効率を高める行動が多く観測されている。

甘い香りを好み、同系統のモンスターがいる環境に定着しやすい。

体表は半流動的だが、生産されるバターの品質は安定している。

初心者のガーデン運営を支える存在として位置づけられる。

――――――

バタベアはのっしのっしとガーデンを歩いている。体が大きいからなのか、すごく頼もしく見える。

「それでは、チュートリアルを続行しますね。大きな瓦礫を掃除してしまいましょう」

シーちゃんの案内で私は瓦礫の前に立つ。

「バタベアに指示を与えてください」

「バタベア、おいで。これ壊してほしいんだ」

「べあ〜」

バタベアが瓦礫に近づき、前腕を浮かせて二足で立つ。そして大きく振りかぶって、腕を瓦礫に向かって振り下ろした。

ガラガラと瓦礫が砕けて細かくなり、薄くなって消えていく。下に残されていた荒れ地が露出してさっそく私はスコップでそこを掘り返した。

一回掘り起こしてしまえばあとはワームースが仕事をしてくれる。何タイルかの荒れ地を掘り返して次の瓦礫の場所へ。

これを何回か繰り返して、全て終わる頃にはすっかりと辺りは暗くなり始めていた。

「ありがとう!」

「べあう」

バタベアに抱きついてみると、毛皮は思ったよりもゴワゴワとしているけど、溶けたバターみたいな模様のところはモフモフふわふわで触り心地がすごくいい。そのうえ甘いバターの香りが鼻腔をくすぐってくる。

寄って来たワルフルたちともすっかり仲良くなったらしくて、手のひらに滲ませたバターをワルフルがペロペロ舐めるという光景も見ることができた。

ワッフルにバター。いいね、お腹が空いて来ちゃったな。あとハチミツかメイプルシロップがあればいいんだけど。

その後も観察していると、バタベアが寝ているときはどんどんとろけてきて敷物みたいになっちゃったりした。心配して見に行ったら無事だったけど、そういう生態らしい。

また、バタベアはミルクを飲んで回転遊具で遊ぶことでバターを生産してくれるようだ。回転遊具ってそういう使いかただったんだ……とか、ぐるぐるしてバターになるのは虎じゃないんだ……とかいろいろツッコミどころはあったけど、そこは割愛。

順調にお菓子作りのできる環境が揃ってきているように感じる。せめてあと卵が欲しいな……。

【ガーデンの表層浄化率 100%】

そして、喜ばしいことに80%で止まっていたガーデンの表層浄化率がとうとう100%になったのである!

「満足!」

ギリギリになってしまったけど、今日もオリウルとバタベアという二種類のモンスターを住民化することができた。

オリウルのほうも夜ギリギリまで粘っていた甲斐があってか、限界の三羽まで増やすことができた。

モンスターの水飲み場自体は、汚れても一度ガーデンアイテムとしてしまってからもう一度出せば綺麗になっている……という裏技を発見したので問題にはなっていない。

今のところ水辺の浄化ができる子っていないからね。池を掘ろうにも手を出せずにいる。

さて、こうしてやることを全て終わらせたらあとはお料理をしたり、図鑑を書いたりしながら明日を待とう。

小さな目標を達成して、次に目指すのはもちろん……チュートリアルの五匹目だ。

「次はどんな子が来るかな」

ますます楽しみになった今後のことを思いつつ、私は小屋の扉を閉じた。