軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7 不審者だけど常識人

「あ、ありがとう。う、美味いよ」

「感謝の気持ちだけ受け取っとく……」

半分以上焦げたパンを見詰めながら、フィストは悔しそうに呻いた。

テーブルの対面には困った顔の男が一人。同じく半分以上焦げたパンをもりもり食べている。

あれから、泥だらけの犬を洗うように着ている物をひん剥いて汲んできた水瓶をひっくり返した。乙女のように肌を隠す男を大きめの布で包んでからダッシュで洗濯に走り、服の汚れを落とした。着る物がなくてベンチから一歩も動けていない男をほったらかしで家に入り、急ぎ食事の支度をした。支度をしながら男を家の中に引きずり込み、居間の椅子に座らせて、消毒液を振りかけるように怪我の手当をして……。

「びゃあああああああ! びゃーぁあああああ!」

「あっこの匂いは大きい方!」

「えっ赤ん坊!? 赤ん坊いた!?」

「ずっといたわ気付いてなかったみたいだけどずっといたわ! やべ漏れてる? あ、大丈夫そ……」

「待って鍋が噴いてる!」

「あー!!」

てんやわんやだった。

結果、鍋の中身は無事だったがパンは焦げた。

世話焼きの性に負けたが、自分の家事能力にも負けた。

とても悔しい。

(野宿は普通にできていたのに。なんで家政はできないんだ)

普通は逆だ。

悔しがるフィストに、男は怖々と呟いた。

「君、母親だったんだ……」

「母親だったんだよ……」

おむつを替えて抱っこすれば泣き止んだ。

ルミネをあやしながら、気まずそうにパンを咀嚼する男を見る。

着ている物は洗濯中なので、布を巻いて大事な所を隠しているだけの男。残念ながら男物の服を持っていないので、洗濯中はどうしてもこうなった。

半裸の男は気まずそうに視線を彷徨わせる。

「その……恵んで貰ってとても助かるんだけど……父親はどこに?」

「いないよ。私一人」

「いないの!? ち、乳飲み子がいるのに俺みたいな不審者を連れ込んではいけないと思う!」

「あー。不審者から常識的な言葉が飛び出して逆に安心したわ。うん、まともみたいだなお前。記憶はないけど、感性は」

「こんな形で確認したくなかった……」

記憶のない男は、今までどこで何をしていたのか、為人もわからない。

だが、すっと乳飲み子を心配する言動が飛び出るなら、まともな感性を持っていたのだろう。不審者に変わりはないが、危険な奴ではなさそうだ。

それに、心此処に在らずという様子もなくなり、どことなく肩の力が抜けたように見える。

「腹を満たして落ち着いたか?」

「……ああ、ありがとう」

「で、自分の名前もわからない感じか?」

「そうなんだ。自分の名前もわからない。どこから来たのかも、なんで溺れていたのかも……」

「身元のわかる物、一つとして持ってなかったからなお前」

身につけていたのは服くらいだが、それだってありきたりな旅装だった。旅装だったので、遠くから来たのだろうと言う予想しか立てられない。

「……あ、待ってくれ。荷物……そうだ、荷物を川に落として、うっかり俺も落ちたんだ!」

「お前それで……記憶喪失になったのか……」

思い出したと叫ばれた内容に哀れみが増す。

荷物から関連して直前の出来事を思い出したようだが、事件に巻き込まれたとかではなく不注意。足を滑らせたとか足元が崩れたとかでなく、うっかり荷物を落としてからの転倒。

自業自得の不注意が原因。事件性はなさそうだ。

「うう……それ以外が思い出せない。思い出せない、けど、うん? そういえばその後、すごく頭が痛かったような……」

「荷物が流されたなら下流にあるかもな。誰か拾っているかもしれないな。村で確認してみような」

男の頭を強打してしまったフィストは話題を変えた。

そういえば子供達に品物を託して来たので、無事に届けられたか確認に行かねばならない。ついでに落とし物がなかったか確認してこよう。

そう決めたフィストはルミネを抱っこ紐で固定した。

「流れ着いてないか、今から確認してくる。お前は服が乾くまでじっとしてろ」

「え、待って。待ってくれ。初対面の男を家に残して行くのか? 防犯意識はどうなっているんだ? 俺が盗人だったらこの家の貴重品がどうなると思っているんだ?」

「お前ほんとに不審者だけど常識人だな」

その通り過ぎて思わず感心する。

「それだけ常識を語れるなら大丈夫だろ。荷物が見付かれば記憶の糸口にもなるかもしれないんだし、大人しくしてろ」

「だからって……」

「ある程度の手助けはするさ。ひとまず腹を満たして、ゆっくり記憶のおさらいでもしてろ。せめて自分の名前くらいは、思い出せるようにさ」

呼び名がないのは不便だ。

「あ、ありがとう」

「思い出せないようなら川流れの土左衛門って呼ぶからな」

「あんまりでは!?」

男の悲鳴を聞きながら外に出た。そのまま駆け足で村まで向かう。

(……言うことはまともだったな。脱がせた感じ戦士の身体じゃなかったし、力業じゃ負けなさそうだ)

世話をしながら観察していたフィストは、男の戦闘能力を推し量っていた。世話焼きの性に負けたが、警戒はちゃんとしていた。

自然と比べた知っている身体。並べると、あの男の方が痩せ細っていた。

ルミネの丸い背中を撫でて、空を見上げる。木々の隙間から覗く空では、真っ白い雲が遠くへと流れていった。

過るのは、涙目で見上げてきた泥だらけの男の顔。

「――大丈夫だろ」

妙な確信を抱きながら、フィストは村へと駆け戻った。

それから数時間後。

子供達が無事に納品してくれた分の稼ぎを持って、フィストとルミネは帰宅した。

往復をした所為で、すっかり夕暮れ時だ。

村の子供達や自警団にも問い合わせたが、落とし物は見付からなかった。ついでに下流まで調べてみたが、それらしい荷物は見付かっていない。

更に流されてしまったか。獣が持って行ってしまったか。

残念だが、諦めるしかないだろう。しかしこれで相手の身元を証明できる物がなくなった。

(どうするかな……拾ったからには放り出すわけにも行かないし)

流されていて所を助けたのはフィスト。記憶のない男を、家まで連れて来たのもフィストだ。

――男の記憶喪失の原因を作ったかもしれないので、その辺りの罪悪感もある。

そう言った意味でも責任を持って、男を保護してやらねばならない。

(だけどこっちには 乳飲み子(ルミネ) がいるからな。取り敢えず今日は様子を見て、明日も変化がないようなら村の自警団に相談を……)

なんて考えながら明かりのついた家に近付いたフィストは、がしゃーんっと物をひっくり返すような音が家の中から響き目を見張った。即座に駆け出して、抱えた我が子を片腕で庇いながら扉を蹴破る。

「何事だ!」

叫んで、室内の様子に驚いた。

――なんか、美味そうな料理が並んでいる。

洗濯ばかりで掃除の行き届いていなかった部屋は隅まで埃が取り払われ、畳んだ状態で放置されていた洗濯物は収納され、ルミネの涎やひっくり返された食事の汚れが残っていたテーブルも床も綺麗に拭かれている。

しかも綺麗になったテーブルには、柔らかそうなパンと干し肉を使ったスープ。採取した覚えのない果物が並んでいた。

「いてて……うっかり、鍋に足を取られて転んでしまった……」

「何事だよ」

テーブルの影からひょっこり顔を出した男が、頭をさすりながら起き上がる。一言で状況説明をされたが、意味が分らない。鍋は足元にある物でもない。何故足を取られた。

しかしそれ以上に。

「お前、これ……」

「勝手に食材に手を付けてごめん。でも、世話になった礼がしたくて……つい」

「つい」

「勝手をするわけにはいかないとわかっていたんだけど、俺にできる事を考えたらつい」

世話になったからと、断わりなく掃除洗濯をするのはどうなんだ?

そう突っ込みたかったが、キラキラと輝く部屋の清潔さと料理の輝きに、フィストは目を奪われていた。

フィストは料理ができない。悔しいが認める。ついでに言うと、掃除洗濯も上手くない。

仇を取る為に日々鍛錬を繰り返していたフィストは、修行と称して山籠もりもしょっちゅうだった。となれば口にするのは野営料理。掃除は野営撤去。洗濯は身につけている物を適当に。身嗜みと清潔感には気を付けたが、部屋に溜まる埃の撤去やこぼした調味料のシミ抜きなどした事がなかった。

それがどうした事か。部屋の隅に溜まっていた埃は撤去され、畳みはしても力尽きてその辺に置かれていた洗濯物は片付けられ、焦げていた食事は美味しそうなまともな料理に早変わりしている。

「お前料理、できたのか」

「やってみたらできた。覚えてないけど、身体は覚えていたみたいだ。名前は結局思い出せなかったけど……」

鍋を片手にソワソワする男。

フィストは呆然としながらもルミネをベビーベッドに寝かせて、ふらふらと男に近付いた。

「あ、この子は離乳食か? 正確に判断できなかったけど大きさからそろそろかと思ってそちらも用意したんだけど、不審者が作った物を我が子には出せないかもしれないと思い至ってダメならこれは俺が食べるし使用分の食材もこれから働いて返すから」

「ここで働いてください」

フィストは思わず直角に頭を下げた。

欲しすぎる、この家事能力。

記憶喪失の不審者を、最後まで面倒見ようと決めた瞬間だった。