軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6 お節介は筋金入り

冗談だろうと言いたいが、青白い顔色で呆然とする男に、ふざけるなと詰め寄ることはできなかった。

とにかくこのままではいけないと、フィストは男を連れて家に戻る事にした。暑い季節とは言えお互いずぶ濡れであったし、いつまでもルミネを放置できない。

呆然としている男の手を引き、ルミネを抱っこし、フィストは村からちょっとだけ離れた家に帰ってきた。

村に受け入れられたといっても、フィストは元々他所者だ。

辺鄙で小さな村には宿屋もなく、滞在するには村人の好意に甘えて泊めて貰うしかなかった。裕福な村ではないが、フィストが妊婦であった事から間借りさせて貰う事ができた。

それが丁度、幼い子供の居る家で……乳児の扱いにも慣れていた事から、大変助けられた。今も大変お世話になっている。

流石に、いつまでも居候するわけにもいかない。出産後は魔物を倒して資金を貯めることができたので、村の端にあった古い小屋を買い取り、改装して住んでいた。

村から細く舗装された道を上り、小高く小さな丘にある三角屋根の家。そこがフィストの拠点だった。

三角屋根のこぢんまりした家は、フィストと幼いルミネが暮らすのに丁度良い大きさの家だ。お隣がいないので、ルミネの夜泣きの苦情も来ない。村まで生い茂る木々が騒音防止になっているのか、今のところ文句を言われた事はない。

幼い子供なので、目こぼしされているだけかもしれないが……。

家の軒下には保存食がぶら下がり、その下には木製のベンチ。そしてその前に夥しい数の洗濯物が庭に干されている。村に降りる前に洗濯をしていたのだが、暑さからあっという間に乾いているようだ。

呆然とした男を軒下に設置したベンチに座らせて、干していた布を回収する。その一つを自分に、もう一つは男に被せた。

「まずは水気を取れ。風邪引くぞ」

「え、あ、ありがとう」

のろのろと手が布を掴んだのを確認して、フィストは家の中に入った。

抱えていた籠からルミネを抱き上げ、木製のベビーベッドへ移動させる。フィストが被っている、目の前で揺れる布に興味津々の我が子は、小さな手で布を掴んで引っ張った。あっという間に口に含み、涎でベトベトにする。

(……まあ、あらかた拭けたし良いか)

楽しそうなルミネの頬をつついて、扉の横にある出窓を見る。そこからはベンチに座る男の銀髪が見えていた。

(記憶喪失……まあ、嘘じゃねぇだろうな)

自分が何も覚えていないと気付いてから、男は憔悴していた。

嘘をつくとき、人は饒舌になる。

聞いてもいないのに事情を説明しだしたり、話を聞いて貰おうと躍起になったりする。まずは聞いて貰おうとするのだ。

だが男は言葉もなく、何か覚えていることはないかと内に入り込んでしまった。フィストが手を引かなければ、あのままずっと川縁に座り込んでいただろう。

フィストが男を連れて来たのは、もしかしたら自分が原因で記憶喪失になったのかもしれないという疑惑と……単純に、不審者を放置できなかったからだ。

(どこのどいつだからわからない状態で、村に連れていくのもな)

さりげなく確認したが、男は手ぶらだった。丸腰だ。着ている服以外、何も持っていなかった。

(こんな辺鄙な山奥まで、何の荷物も持たずに来るか?)

フィストのいた場所より上から流れてきたのだ。少なくとも、山頂近くまでは登っていたはず。つまりそれだけの装備があったはずなのだ。

しかし彼は身一つで、どんぶらこと川を流れていた。

(怪しい……)

何も覚えていないと言われてはそこまでだが、本当に怪しい。

本当なら、乳児のルミネを抱えた状態で相手をしたくない。したくないが、あの場にはフィストしかいなかったので、これは仕方のない事だ。

(でもって既視感……)

この呆然とした様子が、かつて助けた男を彷彿とさせる。

同じように不注意で川に落ちて、どんぶらこと流された男を。

(まあ、いざとなったらルミネに何かされるより早く制圧できるし)

油断でも傲慢でもなく、事実としてフィストは自信を持って言えた。

なんなら、ルミネを抱っこした状態でも男の動きを封じる事ができそうだった。ルミネが危険なので、流石にしないが。

(川から引き上げた時、手を引いてきた時の重さからして……アイツはモヤシ)

鍛え抜かれたフィストの筋肉とは比べものにならない。

ご機嫌に布を噛んでいるルミネを確認して、フィストは外に出た。すぐ横のベンチでは、布を片手にぼうっとしている男が一人。

「……」

魂が抜けたようで、呆然としている事はわかるのだが……。

「おい、お前」

「え、あ」

情けない声を漏らしながら、紫の目がハッとフィストを見た。何度か瞬きをして、あれっと不思議そうに周囲を見渡す。

やはり心此処に在らずだったのか、川からここまで移動したのをわかっていない。

「ここってまさか君の家……ご、ごめん俺ぼうっとしてて! あ、布まで貰ってるいつの間にうわぁ!」

「なんでそうなった」

状況を把握する為か全部口から出ている。

全部口に出して慌てて立ち上がった男は、自分の足に躓いて盛大に転んだ。

転んだ時に持っていた布に絡まって、更に地面をゴロゴロ転がる。

村に向かって緩やかな傾斜となっている所為か、男は止まることなく転がった。障害物の木にぶつかるまで転がっていった。

ずぶ濡れだった男は、あっという間に泥だらけになっていた。

その様子を見て、フィストは深く息を吐いた。

怪しい。

とっても怪しい。

もの凄く怪しいから村の自警団に突き出すのが正解なのだろうけれど――……。

フィストは無言で、痛みに悶えている男の傍まで歩いた。

近付いてきたフィストを、涙で潤んだ紫が見上げる。お綺麗な顔は擦り傷だらけで、なんとも憐れな姿だった。

憐れさを後押しするように、ぐぅうと、男から空腹を訴える音が鳴る。

男は転がったまま、泣き出しそうな顔で腹を押さえた。とても情けない顔をして。

その様子は濡れそぼって腹を空かせた、憐れな大型犬だった。

フィストはグッと奥歯を噛み締めて……。

「お前には確認したい事がたくさんあるけど……まずは着替えて綺麗にしてから怪我の手当をして飯を食え!」

「えっ」

負けた。

世話焼きの性に、負けた。