軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

47 どいつもこいつも

ヤンデレには、話が通じない。

妊娠に気付いたフィストが対話を諦めたのは、 ヤンデレ(セーラ) は自分の都合のよい情報しか受け取らないと知っていたからだ。自己解釈が激しくて、矯正しながらの対話は気力も体力も根気もいる。手を尽くしても矯正出来ない事がほとんどだ。

だから逃げた。そして ヤンデレ(セーラ) が誤解をしないよう 父親役(アスター) を用意して、準備万端のつもりだった。

だが別の角度から別の ヤンデレ(リンジ) が現われた。

(なんでだよ!!)

言いようのない嫌悪感を覚えながら、どうしてそうなったと歯噛みする。

(私だけがリンジに向き合った? そんなことないだろ)

確かに、何度か殴った。説教をした。叱りつけた。

全く響いていないと思っていたが、リンジはそれを「勇者ではなくリンジを見ているから」だと思ったらしい。

フィストこそが、リンジに勇者らしくあれと願い続けていたのに。

勇者らしくないリンジに誰よりも失望していたのは、フィストなのに。

日常生活で支えていたのはセーラだ。ずっと見ていたのはヴァーシプだ。否定せず、肯定し続けたのはリルスだ。

フィストじゃない。

それなのにリンジは、フィストを特別だと宣う。

四肢を締め付ける蔓がギリギリと音を立てた。

「だからまずは、直るまで叩かないと」

叩くと言いながら、振りかぶるのは勇者の剣。

「大丈夫! 死ななければセーラが治してくれる! 今までずっとそうだった!」

それは、魔物や魔族との戦闘だったからだ。

敵対する種族との戦闘と、仲間同士の意図的な暴行は同じではない。

「ちゃんと直ったら、俺の事好きだって言ってね!」

「言うわけがないだろ!」

剣が振り下ろされる前に、アスターの絶叫が響いた。

ルミネを 安全な場所(家の中) に隠してきたらしいアスターは、肩で息をしながら扉の前に立っている。

武器も何も持たない。戦えない癖にうっかり止めに入ったアスターに、フィストが怒鳴る。

「馬鹿野郎ルミネ連れて逃げろ!」

こうなると、家の中が安全とは言えない。

フィスト一人を連れていけばリンジは満足かもしれないが、リンジの為にヴァーシプが家を焼き払うかもしれない。こっちはこっちで予測不可能な狂信者。やるわけがないと思っている事をやる。

だからフィストは、ルミネを連れて逃げて欲しかった。

しかし怒鳴られたアスターは、同じ熱量で怒鳴り返した。

「妻を置いて逃げられるか!」

「は?」

リンジがぐるりと首だけでアスターを振り返る。

フィストはぽかんとアスターを見た。

肩で息をして、汗を大量にかいて、髪も服も乱しながら、鬼気迫る表情をした美貌の男が、こちらを睨み付けていた。

「勇者だ勇者だって言うからどんな奴かと思えば、ハーレムに固執する変態じゃないか。あんなにはっきり嫌いって言われたのに認められないなんて、諦めが悪すぎる。嫌いって言っているんだから嫌いに決まっているだろ。異世界でも、女の子と目が合うだけであの子は俺の事が好きなんだとか思っていただろう勘違い野郎」

武器は持っていないが中々の切れ味だった。

衛生観念で村人と言い争いになった時にも見た事がない鋭さ。

「フィストがお前に説教したのはフィストの人が良かったからであって、お前が好きだったわけじゃない! だからお前が今更何をしても、フィストはお前を好きにならない!」

「煩いなモブの癖に、」

「何故なら俺が、フィストの夫だから!」

――愛している夫がいるのに、他の男に愛を囁くなんて不誠実、フィストがするわけがないだろ!

自らの胸に手を当てて、堂々と言い切った。

堂々と、喧嘩を売った。

(……おっまえ、何してんだ――――!?)

父親役はお願いしたが、今それを主張するのは明らかに悪手だと、フィストにだってわかる。

案の定、リンジはアスターに向かって怒鳴り散らした。

「お前のじゃねぇよフィストは俺が選んだ俺の 仲間(モノ) だ! 俺が 勇者(主人公) なんだから!」

「異世界召喚されたら主人公が必ずハーレムしているわけじゃないだろ!」

「……え?」

アスターの返しに、何故かリンジの勢いが止まった。

「召喚された国に利用されるパターンとか勇者じゃなくて別の役割が隠れていたりとか敵対している側の方が良心的だったりとか色々あるだろ! ハーレムだって仲間に選んだからじゃない! そもそも仲間にするから絶対好きになれなんて奴隷の扱いじゃないか!」

反対にアスターの言葉は止まらない。

「夢と現実どころか、夢を見すぎだ! この世界はアニメでもゲームでも漫画でもない。俺達だってモブでもNPCでもない、生きている人間だ!」

言い切ったアスターは、再びゼエゼエと肩で息をする。

勢いは良かったが、フィストにはアスターの言っている事がよくわからなかった。恐らくセーラにもヴァーシプにも伝わっていない。

しかし、リンジには通じたらしい。

「お前……お前、まさか。でも髪も目も……」

呆然と、アスターを見る。

今まで焦点の合っていなかったリンジの黒い目が、銀髪に紫の目をしたアスターを見た。

さーっと、リンジの顔色が青くなる。

勇者の剣が、音を立てて地面に落ちた。

「嘘だろ……い、いやだ!」

「えっなに?」

「い、いい、いらない! いらないいらない!」

頭を抱えて掻き毟る。突然の奇行に、アスターから間抜けな声が漏れた。

「いらない、お前いらない!」

アスターを見て、リンジは絶叫した。

「ここは! 俺だけの! 世界――っ!」

「お任せください!」

力強い声が、膨大な魔力を練り上げた。

「 神様(勇者様) がいらないというのなら、その男! 私が消し炭にしてみせます!」

この場の全ての魔力がヴァーシプの練り上げる火の玉に集中する。

フィストを拘束していた蔓が灰になる。同時に走り出すが、間に合わない。

「逃げろ!」

叫んだ瞬間。アスターが咄嗟に身構えたその時。

「びゃあ」

アスターの足の間から、ひょっこり。

笑顔のルミネが、顔を出した。

フィストとアスターがひゅっと息を呑む。内臓がひっくり返った。

アスターの後ろ。背後の扉。小さな隙間。安全な場所。大人の思惑など察せない赤子。とても早いハイハイ。音のする方へ向かっただろう小さい手足。

ヴァーシプ最大火力の前にいる、アスターと我が子。

フィストは喉が裂けそうになるくらい叫んだ。

言葉にならない絶叫。

咄嗟の時、名前すら呼べないのだと知る。

精一杯伸ばした指の先、熱波が通りすぎて。

二人の前で、反転した。

「え」

まるで壁にぶつかったボールのように火炎は行き先を変え。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」

立ち尽くしていたリンジを焼いた。