軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

46 打ち砕かれた他者排除型ヤンデレと変わらぬ崇拝型ヤンデレ

突き出された大剣を、身体の位置を横へずらして避ける。

アスターの悲鳴を聞きながら、フィストは冷静に回避行動をとっていた。

奇襲に近い攻撃を避ける事ができたのは、フィストがリンジの戦い方を旅でずっと見ていたからだ。

勇者として召喚された彼の武器は、勇者の剣。自らを鞘として、身体の中に収納する。身体のどこからでも召喚できる両刃の大剣だ。

持ち歩かなくて楽で良いと、リンジは常に大剣を身体に収納している。そして抜刀するときは、くるりと手を回す。

それはあからさまな挑発であったり、今のように何気ない動作だったり。

人格はともかく背中を預けて戦ってきた仲なので、フィストは彼の癖を知っていた。

「下がれアスター!」

前に出ようとしたアスターを下がらせる。

前のめりになったアスターは蹈鞴を踏んで後退した。ルミネを守るように抱いて、剣戟の届かぬ位置まで逃げる。

横目でそれを確認したフィストは身体を沈めてリンジの懐に入り、武器を持つ手に伸び上がるように裏拳を叩き込んだ。

しかしその寸前で、ぎしりと身体が動かなくなる。

地面から伸びた蔓が、フィストの四肢を縛り付けていた。

「それ以上の、勇者様への狼藉は許されません」

セーラは真っ暗な目をするが、ヴァーシプは真っさらな目をする。

普段の頼りない様子が嘘のように、スイッチの入ったヴァーシプは淡々としている。フィストの馬鹿力でも振りほどけない強靱な蔓はギチギチと力の拮抗を物語る、引き絞るような音を立てていた。

「ヴァーシプ。お前はリンジの話を聞いても、その妄信的な信仰は揺るがねぇのか」

「私の神は教会の教えではなく勇者様ですので、至らぬ私はいつも勇者様のお言葉を賜り、経典としております。ですので、勇者様は何一つおかしなことなどおっしゃっておりません」

こっちはこっちで理解できない。

彼女は彼女で、狂信者と言う名のヤンデレだ。

勇者の言葉を素直に受け取り、彼を祀る事で自信を得る。実際に、心の余裕が魔力制御に影響を与え、彼女の成長に繋がった。

緻密な魔力制御が可能となれば、特異な火炎魔法以外も行使可能だ。

「勇者様が特別というならフィストさんは特別です。ですが攻撃なさったという事は、もうそうではないのでしょう」

「……っ」

首に絡まった蔓が、首を締め付ける。

「ああ、待って待ってヴァーシプ。決断が早いなぁ」

フィストが拘束する蔓を掴み引きちぎる前に、呆れた顔のリンジが二回手を叩いた。途端に首を絞めていた力が抜ける。

「特別だって言っただろ。簡単に殺しちゃダメだって」

「も、申し訳ありません勇者様! 出すぎた真似を!」

「まあいいよ。ヴァーシプのおかげで思ったより早くフィストを止める事ができたし……フィストもヴァーシプの魔法がすごいってわかってるんだから、無駄な抵抗はやめて考えを改めようよ」

「お前の情緒、マジでどうなってるのかわっかんねぇ」

斬りかかってきておきながら、全部フィストが悪いような言い方だ。

フィストは応戦したのであって、先に攻撃したのはリンジである。

「さっきフィストは特別だって言ったじゃないか。他の奴がこんな事したらもういらないけど、フィストは仲間なんだからちゃんと直って欲しくて。だから 攻撃(これ) は仕方がないんだよ。だって俺の事が嫌いなんておかしいじゃないか」

本当に何を言っているんだろうこの男。

「大丈夫。叩いたら直る。父さんがそう言っていたから間違いない。手足の一つは切断して、動けなくなった所でもう一回意思確認しようと思ったんだ。ヴァーシプのおかげで簡単に済んで良かった」

「仲間とか言いながら、手足の切断とか、よく言えるな」

しかも、それで考えを改めて好きと言って貰える気でいるのが気持ち悪い。さっきから鳥肌が止まらない。

「なに言ってるの、問題ないだろ。その為のセーラじゃないか!」

そう言って、リンジは笑顔でセーラを振り返った。

呼ばれたセーラは呆然と、リンジを見上げた。

「手足がもげてもセーラなら繋げられただろ? どれだけ瀕死になってもセーラなら治せるだろ? だから俺がフィストを半殺しにしても、セーラがいれば全部元通り! やっぱり回復役がいると便利だよな!」

セーラの美しい顔が絶望に歪む。

聖女は我が身を削って無辜の民を助ける。献身的に、慈悲を持って、健やかであれと願いながら――聖女は対価を払い、傷を癒す。

民衆はそれを知っている。

だから聖女の存在を尊敬し。献身に感謝を持ち。聖なる彼らの行いを尊重した。

しかしリンジの発言は聖女の奇跡を――無辜の民に手を差し伸べる慈悲を踏み躙る、搾取する発言だった。

そこには身を削る聖女への尊敬も、感謝も、尊重もない。

彼は、聖女を便利な回復アイテムだと思っていた。

「リンジ、テメェ……ッ」

(こいつ、セーラがどれだけ聖女として誇りを持っているか見てきた癖に……!)

セーラはヤンデレだ。ヤンデレ聖女だ。

勇者が手を出す女に容赦はないし、包丁片手に追い回す。物理的恐怖で女を追い払うタイプのヤンデレだった。

しかし聖女としての能力が求められたとき。困窮している人々を見捨てた事はない。

聖女である事は、セーラの誇りだ。

それをこの男。

「誰よりもお前の傍で、お前を支え続けたセーラに対して、ずいぶんな物言いだな!」

「それって本当にセーラの事? フィストじゃなくて?」

「はあ!?」

フィストの叱責に近い怒声を受けて、リンジは不思議そうに首を傾げた。

「だってセーラは俺が勇者だから、国から結婚しろって送られてきた聖女だろ?」

――セーラだけは、リンジが選んだのではなく国からの指示で同行していた。

そこに国の思惑があったのは、誰もが気付いていた。特に隠されてもいなかった。

リンジだって知っていた――それでも、想い合ったから、関係を持ったはずなのに。

「役目があったからかな。誰よりも俺の事、みてなかったよ」

リンジこそが、セーラを全く見ていなかった。

絶望で白くなっていたセーラの目から、はらりと涙がこぼれ落ちる。

リンジはそれを一瞥もしない。

その視線の先は、身動きがとれないフィストだった。

「俺を勇者として扱って、でも俺の為に叱ったのはフィストだけだろ」

殴ってでも止めに来たのはフィストだけだった。

誰よりもリンジに向き合ったのは、フィストだけ。

つまり。

「それだけ俺の事が好きなんだよな!」

恍惚とした顔で、笑う。

「フィストはずっと俺を気に懸けていただろ。俺を見ていただろ。誰よりも気遣っていただろ。ただ一人、俺を叱って向き合っただろ」

その笑顔は、誰かによく似ていた。

「初めての戦闘で震える俺に、大丈夫かって聞いたのはフィストだけだった。俺の恐怖を見付けてくれた。俺を見ていた。勇者の内側を見てくれた。何よりも誰よりも、俺を支えたのはフィストだった。そんなのもう俺の事大好きじゃん。すごい健気で可愛いよな」

どんどん早くなる口調。興奮して染まる頬。人に語りながらどこも見ていない目。

その表情がそっくりな人が誰か思い出し、フィストは愕然と目を見開いた。

「俺の事大好きなフィストが、不誠実大嫌いなフィストが俺以外の男の子を妊娠するわけがない! 俺を嫌うわけがない! 本気で言っているなら悪質なバグだ。大丈夫わかっている! ちゃんと直してあげるから。フィストは安心して俺の傍にいればいいよ!」

――恍惚とした表情は、勇者について語る、セーラやヴァーシプにそっくりだった。

つまり――ヤンデレ。

勇者リンジは、妄想型のヤンデレだった。