軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

39 全部奪うと決めた恋だった

正体を知ったから、もう会う事もないと思っていたのに普通に現われやがった。

しかも木から落ちていた。魔王の癖に。人間の子供達に心配される魔王ってなんだ。ちなみに猫は一瞥もせず逃げていった。

フィストは本気で呆れたし、足を捻っていたのでおんぶで宿まで送り届けた。勿論仲間のいない宿屋だ。魔王の癖に、討伐メンバーのフィストがおんぶしても暴れずに、身を任せてきた。本当になんなんだ。魔王って木から落ちたら足を捻るのか。

フィストが殴っても頬が赤くなる程度なのに、木から落ちたら捻るのか。

殴った顔は赤くなったが腫れなかった。宿屋で渾身の力を込めてぶん殴ったのに、魔王にとってはその程度。

殴られたのに、ナナシは怒る事なくフィストを見返していた。

つんと澄ました猫の顔で、猫に引っかかれた程度にしか思っていないのか。

だから、フィストが魔王討伐メンバーだと知っても歯牙にかけていなかったのか。

何がしたいんだお前。どうしたいんだ。

夕暮れ色の宿屋で二人。静かに大暴れしながら、絞り出た声はとても情けなかった。

「俺は一度も、殺せと言った事はない」

魔物が、魔族が活性化して人を殺すのは、彼らが強くなって魔王に近付きたいから。

魔王に命じられたわけではない。

それは彼らの本能なので、やめろと言われてもやめられない。

「俺が人を助ければ、周りもそれに倣うかと思ったけどそんな事はなかった」

魔王が助けた人間を、彼らは身の程知らずと引き裂いた。

「俺のしている事は無駄なんだ。誰かを助けても、気付かれれば自分達を差し置いて魔王に近付いた下等生物は消されてしまう」

じゃあなんで人に近付いた。

なんで助ける事をやめない。

バレたら悲劇が待っているとわかっていて、何故手を貸す事を止めない。

「独りが怖かった」

暗闇で蹲って、丸まった男。

「俺の所為で死んでしまうかもしれないと思っても」

大きな手が、フィストの腰に絡みつく。涙のにじんだ声が、小さい子供のようにフィストの腹部にぶつかる。

お互い暴れたので、乱れた衣服の隙間から、相手の熱を感じる。

「独りきりが、怖かったんだ」

身体は大きいのに、小さい子供のように震える男。

魔王という立場は、強大な力は、崇められる立場は、善性を持つ男にとって孤独を授けるだけの肩書きだった。

そんな男の涙に濡れた顔を抱えるように抱きしめて、フィストは歯を食いしばった。

魔族は憎い。魔王も憎い。故郷を滅ぼした奴らが憎い。

魔王の仕組みとやらを聞いても、すぐに納得できるものではない。奪われた側からすれば、だからなんだと詰め寄って、とにかく奪ったものを返せと叫びたい。

それができないなら死ね。

詫びながら死ね。後悔しながら死ね。奪った命に何度でも詫び続けろ。

正義を求めても、ドロドロした憎しみが、一番の本心だった。

だけど、男への憐れみも。男への好意も。男への愛情も同じ胸に宿っている。

憎しみを無視して見逃す事も。好意を殺して男を突き放す事もできない。

フィストに男は救えないし、男もフィストを救えない。

それなら。

フィストは男の涙の残る頬を撫でて、頭の天辺に口付けた。顔を上げた赤い目と見つめ合って、鼻に噛みつく。

「お前の全部を私に寄こせ」

魔族が血涙を流して求めている。増える事より近付く事を渇望している。そんなお前を全部寄こせ。

フィストから全てを奪った 魔の者達(あいつら) が欲しがっている物を、フィストが奪う。

だから全部よこせ。骨の髄まで全部よこせ。

あいつらが求めるお前という存在を、全部。

「私も全部、お前にやるから」

孤独なお前に全部やる。

一緒に地獄に落ちてやる。

吐き出した吐息が絡み合う。

男の手が、フィストの後頭部を覆った。フィストの手も、耳を伝って後ろに回る。

温もりが触れ合うのに、そう時間は掛からな――――……。

「待っっっって!!」

突然の大声に、フィストはカッと目を見開いた。

見開いた先には、フィストに両手で顔を固定され、今まさに触れる直前まで近付いた紫の――……。

「……アスター?」

「そう。そう! アスター!」

真っ赤な顔で、至近距離で。

今にも泣き出しそうな顔で、アスターが必死に訴えていた。

じっと人相を確認したフィストは、何度も大袈裟なほど瞬きをした。

「……悪い。間違えた」

「デスヨネッ!!」

真っ赤な顔で、アスターが叫んだ。

泣きそうだった。

フィストの両手から力が抜けて、布団に落ちる。

解放された瞬間、アスターが素早く飛び退いた。アスターが視界から消えて、部屋全体がよく見える。

見知った天井。程よく狭く、日の光が差し込む窓。

古いけれど、ふかふかの布団。一緒に眠るようになったルミネの為、段差を無くすよう敷き詰められたクッションや布。うっかりアスターが絡まって、入り口まで転がった事もある。やり過ぎるとルミネも絡まるから、それは徹底的に気を付けて……。

つまり。

「……家じゃん」

いつの間にか手当をされて、普通に寝かされている。

フィストは頭を抱えた。

なんだか、懐かしい夢を見ていた気がする……なんて言っている暇あるか? ねぇよな?

「待て。私はあれだ……襲撃されただろ? 犯人どうした」

頭を抱えながら左手を持ち上げる。包帯が巻かれていたが、覚悟したほどの痛みは感じない。

おかしい。左腕に、少なくとも二回矢が刺さった。

よく覚えていないが他にも衝撃が走ったから、どこかしらに当たっているはず。

「私はどこでどんな風に見付かった? 少なくとも五人は襲撃者がいたはずだ。村は無事か?」

「ぉお、落ち着いてフィスト。大丈夫だから」

「そういうの良いから情報くれ何があった」

まずしたいのは状況把握。

身を起こしたフィストを落ち着かせようとしたアスターは、あっさりフィストにわし掴まれた。

あの後被害があったのか、襲撃者はどうしたのかが知りたい。

「――相変わらずですね、フィストさん」

アスターを振り回して状況を確認しようとするフィストに、知った声が届く。

フィストはぎくり、と固まった。

寝室と居間に繋がる扉が、ゆっくり開かれる。

「一度戦闘を始めたら、相手の戦闘不能を確認するまで、けっして気を緩めない……」

逆光で表情の見えない、女性の影が一歩、寝室へ足を踏み入れる。

寝室は布を敷き詰めているので、土足禁止だ。ほす、と気の抜ける足音が響く。

「結婚して子供を生んで尚も衰えない警戒心。敬服致します」

「せ、セーラ……!?」

現われたのは、聖女セーラ。

フィストが説得を諦めて逃走を決めたヤンデレ聖女。彼女が――。

「と、ルミネェエエエ!?」

ルミネを抱っこしながら現われた。

抱っこされているルミネは愛くるしい笑顔で、きゃっきゃと楽しげにセーラの髪を引っ張っている。

嘘だろマジかよ本当に何が起こった!!