軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37 理想と現実の乖離が酷すぎる

「どうして俺達は濡れているんだ?」

「お互い川に落ちたからだよ」

フィストが助けた男はどこからどう見ても成人男性だったが、飼い猫みたいな男だった。

ネズミ対策で、村全体で猫を飼っている地域はあるが、猫を飼うのは主に生活に余裕のある貴族くらいだ。

だから飼い猫は豊かさと高貴の象徴なのだが、つんと澄ましても行動が自由な猫は、うっかり水場に落ちたりもする。

助けた男は、高貴な猫が『何が起きているのかわかりません』と固まっている姿によく似ていた。

すらりと高い背丈よりも長い黒髪を濡らし、鋭く尖った赤い目を驚きで丸くしている。溺れていたからか、白い肌はより青白くなり寒さで縮こまる姿は哀れみを誘った。

なんともちぐはぐな男だった。

最初は、とばっちりを受けた男を助けただけ。問題ないと判断して、二人で村まで向かった。

仲間達と合流するまで、お互いの事は話さなかった。行きずりの相手だし、村に辿り着いたらさよならするとわかっていたので。

その道中でお互いに戦闘能力が高い事は察したが、その程度の認知で終わるはずだった。

村の入り口で別れたきりになるかと思われた出会いは、予想外に続いた。

行く先々で、男と遭遇するようになった。

滞在予定の村で。迷路のような砦で。魔物が出るといわれる湿地で。隠れ里と言われる秘境の地で。

フィストが単独行動しているときに限って、男を見付けた。

(いや多すぎるだろ)

遭遇のタイミングと頻度を鑑みてストーカーかと疑うが、単純に目的地が同じ方向というだけだった。

最初は警戒したが、遭遇する度にそんな気持ちもしぼんでいく。

「助けてくれフィスト」

「今度は何しやがった、ナナシ」

邂逅三回目で、男はナナシと名乗った。

わかりやすすぎる偽名。

溺れて出会ったから 名無し(ナナシ) の権兵衛だと、お綺麗な顔で言われたときのフィストの衝撃は、鍛えていても腹筋に響いた。

あまりにも潔く偽名を名乗るので、フィストもわかった上で普通に呼んでいる。

意外とユーモアを見せる奴は、見かけはつんと澄ました高貴な猫の癖に、やけに人に頼まれ事をされる男だった。

見ず知らずの人に届け物を頼まれて村から村を往復し。

迷路のような砦で迷子になった子供を保護し。

湿地にしか咲かない花の採取を頼まれるような男だった。

そしてどうしようもないドジ属性を持つ男だった。

頼まれた届け物は落としたり届け先の住所を聞き忘れたりしていたが、なんとか荷物と相手を見付けて届けた。

迷子を保護したのは良いが自分も脱出方法がわからず、大きな迷子になっていた。

花の採取を頼まれるも、湿地の手前で良いのにドンドン奥へ進んで巨大な魔物と遭遇するような男だった。

彼と遭遇する度に、フィストはそんな彼の冒険に付き合わされた。

それは、魔王討伐の旅に支障のない、本当に隙間時間で達成出来る小さな寄り道だった。

勇者があまりにも勇者と思えない行動ばかりとるので、ナナシの誰かの助けになる善行を手助けするのは、フィストにとって荒んだ心を慰める一種の安らぎだった。

世話する事に疲れて別な人を世話する悪循環だったが、精神力はだいぶ回復した。

フィストの目的は、敵討ち。村を滅ぼした魔族を、魔族の王を倒すのが目的だ。

その為なら何を犠牲にしても良いと思っていたが、目の前の蛮行は見逃せず……ついつい手を出してしまう性分だった。

でもそれはきっと、心の底で自分が「正義」でありたいと願う心があったから。

仇討ちは、正義の名の下に果たされる正当な権利だと、そう思いたかったから。

勇者と旅をして、正しい行いで人々を救い、村を滅ぼした絶対の悪を打ち砕く。

そんな小さな子供が夢見るような願望が、自らの行いを正当化したい思考が、フィストに根付いていたからだ。

元々、正義感の強い子供だった。喧嘩の仲裁に割って入り、年下の諍いを牽制して回った。フィストに任せておけば安心だと、そう言ってくれる大人に胸を張って頷いた。

そんな彼らを、村を滅ぼした魔族は悪だ。

必ず討ち滅ぼさなければならない悪徳だ。

それなのに、魔物や魔族を憎しみでぶん殴ったとき。

苦悶の声や顔。血反吐をまき散らして命乞いをする魔族を見て湧き上がる衝動は、酷く暴力的で醜悪な高揚感。

憎しみと、怒りと。躍動する憎悪で魔族を圧倒した瞬間、フィストの立ち位置が被害者ではなくなった。

故郷を、家族を滅ぼされたフィストの憎しみは、当然の感情だ。

だから仇討ちにも、正義がある。

(私みたいに村を焼かれる人が、出ないように)

憎しみでなく、正しい心で。拳を振りたかった。

だから、ナナシの行いはフィストにとっての理想だった。

誰かの為に奔走し、弱きを助ける。真面目な顔でドジをする抜けたところのあるナナシだったが、彼の善性が心地よかった。

現実的に、フィストが求めたのは憎しみの拳だ。仇を討つ為に勇者と旅をして、魔王の本拠地を目指している。勇者達は碌でもないが、魔王を倒す為だけに共にいる。

理想的なのは、憎しみだけじゃない。純粋に、誰かの為に行動する勇者と、誰かの為に戦いたかった。

旅の寄り道で、ナナシに協力するように。

(こいつが勇者ならよかったのに)

姿を見付ければ、何か困っているのではと自分から近付いてしまう。それくらい、フィストはナナシが好きだった。

――けれど、はじめて五智将と呼ばれる魔族の幹部と戦いで。

砂漠の地下にあるダンジョン。辛勝したが、疲労困憊だった。

そんな中で現われたのは、他の幹部達。死んだ仲間を嘲笑し、疲労で立ち上がれない人間を、指で潰すように甚振った。

戦力差に、せめて勇者だけでも逃がさなければと覚悟を決めた時。

「放っておけ」

「魔王様!」

それを止めたのが、魔王。

ナナシだった。

彼は、見た事があるのに、見た事のない顔をしていた。

所詮は弱小な人類。崩落するダンジョン。手を出さなくてもここで死ぬ。そう言って、砂の落ちるダンジョンから姿を消した。

フィストが誰よりも勇者みたいだと思っていた男は、騒乱を呼ぶ魔王だった。

砂まみれで命からがらダンジョンから脱出した後も、フィストはぐるぐると考え続けた。

――自分の目で見て、耳で聞いても、信じられない。

(あの、世話する人間がいないと生きていけない飼い猫みたいな男が、魔王だと……!?)

別人か二重人格かと疑うほど、もの凄く納得がいかなかった。