軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

36 持ち物検査が必要

(――それは、大事な事だ)

むしろ、良い事。

アスターがフィストの傍にいるのは、自分が何者かわからないからだ。

わからないから、契約で居場所を提供するフィストの傍にいる。

どうやら好意を寄せられているらしい事はわかるが、それだってフィストが居場所になっている安心感から誤解している可能性もあるだろう。

(いい男だとは思うけど、行き場所があるならそっちに行った方がいい)

アスターはいい男だ。

記憶喪失だが常識的で、良識がある。他人に責任を押しつけない、誠実さもある。

いい男だと、正直に思う。

(ヤンデレを誤魔化す手伝いはして欲しいけど、それにアイツの一生使うわけにはいかねぇ。今後の事は、荷物検査しながら相談だな)

失った記憶に切羽詰まった事情がない限りは、手伝ってくれるだろ。

こちらの事情で大変心苦しいが、今アスターに立ち去られると大変困るので、協力はして欲しい。

――なんにせよ荷物だ。

「さっさと回収して行くか」

良い感じの枝を弄び、適当に捨てようとして。

空気を切る音に反応し、条件反射で振り回した。

(――矢!?)

咄嗟に振り回した枝に、矢尻が刺さっている。

続けざまに響く音。フィストは更に枝を振りかぶった。

しかし、間に合わない。飛んできた矢が、フィストの左腕に刺さった。

「ぐ……っ!」

連射。

一人ではない。

次が来る前に、フィストは岩陰に避難した。

(くっそ、場所が悪い)

相手は木々の生い茂る方向から。フィストは川の傍、遮蔽物のない場所での応戦。

この岩陰も、完全に隠れられる程の高さはない。今も攻撃は止まず、ガツンと硬い者同士がぶつかって、弾かれた矢が川に落ちた。

矢が勿体ない。それでも撃つという事は、当たると思っているのか、牽制か。

(なんでいきなり矢が……? 誰がなんの為に。盗賊でも出たか?)

攻撃してきている武器が弓矢だったことから、魔物ではない。人為的な攻撃だ。

悲しいが、平和を脅かすのは魔物や魔族だけではない。破落戸はどこにでもいる。

(だけど、ただの破落戸がこんなに気配を消せるか?)

攻撃されるまで、フィストは気配に気付けなかった。

今だって、明らかにこちらを狙っているのに、気配も殺意も感じない。

射線からどの方角にいるのかは読めるが、何人いるのかもわからない。短い間隔で次が来るので、少なくとも二人は居るだろう。それくらいだ。

この気配の消し具合。まるで、訓練された兵士のような……。

(……見付かったか?)

魔族の残党が暴れてそれどころではないといいつつ、国の諜報部はフィストを探し続けているはずだ。

その諜報部がフィストを見付けて、拘束する為に攻撃を仕掛けてきた……。

(いや、見付けたら見張りを付けて情報を持ち帰るものだろ。ここで私に勝負を仕掛けるのは違う。ここで私が逃げ延びたら、また一から探す事になるんだ)

フィストが気付かないほど近付けるなら、勇者達に情報を渡してフィストが逃げないように見張っておくのが諜報部だ。こんな襲撃するはずがない。

では、これはなんだ。

(まさか、魔族の残党? でもあいつら、長距離なら魔力で攻撃してくるはずだ。弓矢を使うのは人間のはず……マジでどこのどいつだ)

探される心当たりはあるが、問答無用で攻撃してくる心当たりなんて――……。

(……ヤンデレ聖女しかないけど、アイツはアイツで人を使わず自分から来るヤンデレだから、な……?)

フィストが考えを巡らせていると、くらりと視界が揺れた。

ゆらゆら揺れる視界に、青ざめる。

「……ははっ、嘘だろマジかよ……忘れてた」

どこのどいつの攻撃かより、もっと先に考えなければならなかった事。

気配を持たない相手からの攻撃ならば。

「毒、あるじゃねぇか……!」

魔物や魔族と戦い過ぎて、人間同士の戦いでありがちな事をすっかり忘れていた。

あの旅で、常に状態異常を治せる相手と一緒だったのも、怠慢とも言える油断の原因だろう。

それともこれが平和ボケか。

「お、ぇ」

強烈な吐き気。胃酸で喉が焼ける感覚。

いつの間にか倒れ込み、身体が痙攣していた。

今まで姿を現わさず、様子を窺っていた襲撃者が近付いてくる。わざと足音を立てて、フィストが反応できないのを確かめて、距離を縮めてきた。

足音から、四人。重さから、成人男性。

目がかすみ、よく見えない。ぼやけた人影が、フィストの髪を掴んで引き上げた。

その腕を掴み、足払いをかける。

倒れた相手の腹を踏みつけて、傍に居たもう一人の顎を打ち砕く。矢の刺さった左腕だろうが気にせずに振り抜いた。手応えからどちらも骨が折れている。

残り二人が武器を構える。その暇を与えず、握ったままだった枝を投げつけた。簡単に避けられるがそれでいい。

枝を避けて体勢を崩した相手の懐に潜り込み、鳩尾に肘を。咄嗟に攻撃しようとした腕を掴んで、背中で転がすように持ち上げてもう一人に投げつけた。お前が武器だ。

最後に、巻き込まれて倒れた相手が起き上がるより速く地面を蹴って跳び蹴りを叩き込んだ。

吹っ飛び転がる人影。よく見えないが、多分鳩尾を蹴った。こちらも手応えがあったので、骨の一本や二本は確実に折れている。砕いているかもしれない。

素手で魔物を貫く肉体だ。手加減の難しい状態で、後遺症を考えずに征圧するのは難しい。

それはそれとして。

「げどく、ざい」

毒を使う奴は、解毒剤も一緒に持っている。

同士討ちを防ぎ、取引材料にする為に。

ぐらぐら揺れる視界と吐き気に苛まれながら、フィストは一番近くに倒れている人影の胸ぐらを掴み上げた。放り投げた奴だ。首がだらんとしているが、呼気を感じるので生きている。多分。

身ぐるみ剥いで、持ち物検査をしようとして。

「――そりゃそうか」

すたん、と。

胸ぐらを掴んでいた左腕に、もう一つ矢が突き刺さった。

「待機もいる、よなぁ……!」

捕った獲物を全員で、確認しに来るわけがなかった。

(だからって五人以上とか、多過ぎだろ)

多分、男。掴み上げていた男を、取り落とす。

風を切る音が続いて、衝撃が身体を貫いて。

蹈鞴を踏んだフィストは、そのまま川に落ちた。

水に揉まれて流される。

(……こんなの、前にもあったな)

空の青さと飛沫。

(そうだ。アイツとあった時もこんな……)

浮遊感を覚え、フィストはぼんやり昔の事を思い出す。

(私って実は水難あり、か?)

滝から落ちて水面に叩き付けられた衝撃で、フィストは完全に気を失った。

意識は、数ヶ月前へ。

――魔王討伐の旅の途中。仲間同士の軋轢が酷く、上手く連携もとれていなかった時期。

ヴァーシプの魔法の流れ弾が、聖女の足元に被弾した。火炎系の魔法を得意とするヴァーシプの魔法は威力が高く、後方支援の聖女は流れ弾に気付けても逃げる事ができない。

飛び込んだフィストは聖女を掴み、遠心力を利用して勇者まで放り投げた。

丁度アイアリスが単独行動をしているときで、魔法での支援は望めない。

取り残されたフィストが一人、崩落に巻き込まれて川に落ちた。

幸い落ちたのが川で、落ち合う場所も決めていた。覚悟を決めて落ちたフィストは混乱する事なく、泳いで岸へと辿り着き……。

うつ伏せでどんぶらこと流れる男を見付けた。

男の黒い頭部には、たんこぶ。

崩落に巻き込まれ、頭を打って川に落ちたっぽい男が居た。

「嘘だろマジかよ!!」

大慌てで救助した。