作品タイトル不明
あの馬鹿が異世界から来るよりも前からな
ようやく目が回復して来た。
これで……そう思ったら何か横から凄い衝撃を受けて僕は吹き飛んだ。
もう慣れたというか、こんなに吹き飛ばされる経験をすると普通あり得ないと思う。
やはり胸当てとかの装備じゃダメなんだな。フルプレートか……あれは身動きできなくなるから着たくない。重いし、容易にトイレにも行けないしね。
打ち身ぐらいで済むと良いな~と思ったら、ギュッと剣を握っていたから完全に受け身が取れずに地面に頭をぶつけた。
クラッと世界が歪んで回ったと思ったら意識が、遠のいて……
完全に動きを止めたユニバンスの元王子と自分の護衛に、セミリアは何とも言えない表情を向けた。
あれだけ自分の妻を愛していると公言している馬鹿だ。その妻の一撃が原因で死ぬこととなったのならば本望であろう。
「誰か?」
「はい」
軍師の冷たい声に控えていた騎士たちが静かに歩み寄る。
「あれの妻の前で惨たらしく残忍に殺してあげなさい」
「畏まりました」
命じられた指示に騎士たちは剣を抜いてゆっくりと地面に伏している相手へと移動を開始した。
何が起きたのかノイエには分からなかった。
自分が石を蹴ったら彼が、大切な彼が吹き飛んだのだ。
分からない……何も分からない。
けれど剣を持つ人たちが近づいていくのを見てノイエは理解した。
消えてしまう。
彼も……大切で大好きな人が消えてしまう、と。
「……ダメ」
ポツリと呟く声に、ハラリと彼女の髪が顔にかかる。
「ダメ」
ハラリハラリとノイエの顔に髪の毛がかかる。
「消えちゃダメ!」
ハラハラと彼女のアホ毛が、触角のように存在するひと房の髪の毛が解ける。
全て解けた時……ノイエの髪の色が変わった。
「誰っ! 誰が引っ張られてるのっ!」
外の様子に慌てたレニーラが声を上げる。
全体を見渡すが中枢に居る者がノイエの感情に引っ張られた気配はない。
「歌姫!」
「無理を言わないで!」
悲鳴じみた声を上げセシリーンはとにかく魔眼の中に意識を向ける。
誰がノイエに引っ張られた?
そんな簡単に把握できれば苦労しない。
「だぁ~! ヤバいって! エウリンカが再度封印したんじゃなかったの!」
ジタバタと暴れるレニーラはまた傷口を広げ、出血と共に腸をこぼしていた。
「たぶん目の前の状況に、というか自分がやったことに反応した……とか?」
「ノイエは後先なんて考えないでしょうっ!」
隣で解説して来るシュシュにキレつつ、レニーラはどうにか立ち上がり椅子のような中心に突撃して、首の首輪に息を詰まらせて戻って来た。
「なぁ~! 完全に解けたっ!」
壁に背中から衝突したレニーラは、自身の出血で辺りを血で染めながらも外の様子を見続ける。
視界を覆うようにノイエの髪が完全に解けてしまった。そして変わるその色は……
「見つけた!」
「分かった!」
捜索していた歌姫と、変わった髪の色で理解した舞姫が同時に声を上げた。
「ジャルスだね~」
ただしその名を告げたのはシュシュだった。
《なに?》
突然のことにセミリアは怪訝そうな眼差しを向けた。
紫に髪の色を変えたユニバンスのドラゴンスレイヤーから嫌な気配を感じたのだ。
何と言うかあれは後学のためにと、その昔叔父に連れられ前線であるユニバンス王国のブシャール砦攻めを見に行った時に感じた物に似ている。
今思えば、あの時がセミリアの変化点だった。
戦場で無慈悲に殺される敵味方の兵たちを見て、心の奥底から興奮した。
余りにも激しく感じてしまい立つことも怪しくなったが、叔父は『子供には刺激が強かったか』と笑っていた。確かに強すぎた。その光景が目に焼き付いて離れなくなった。
何よりセミリアが興奮したのは、帝国兵の死体を踏みつけて両手に棍棒を持つ女性の姿だ。
紫色の長い髪を震わせ無慈悲なまでに兵たちを殴り殺していく。
今回の作戦もあの時叔父がその女を殺すために用いた方法だ。けれど失敗した。あの時あの女は笑いながら減速の魔法がかかった一帯を普通に歩いて移動してみせたのだ。
と、様子を伺っていたセミリアの表情が僅かに翳る。
確かに今……あの女が笑っていた気がしたのだ。
「殺せ! 早くその男を殺せ!」
言いようの無い不安に地面に伏している元王子の殺害を部下に急がせる。
速く。もっと速くと願うセミリアは見た。
あの女の癖のない真っすぐだった長い髪が、波打つように変化していたのだ。
それはまるであの時に見た
「またこれか。疲れるから嫌いなんだが……本当に狂ったほどの魔力だな? ノイエ」
ゆっくりと顔を上げて笑う。
無表情で人形のようだと報告を受けていたが、前回の会合でそれがあの娘の『演技』だとセミリアはそう判断していた。ちゃんと喜怒哀楽のある人物だと、表情のある人物だと判断したのだ。
しかし今の表情は違う。あれはあの戦場で笑っていた兵の表情だ。
無慈悲に帝国兵の頭を棍棒でかち割り、セミリアに『死』という歓喜を与えてくれた人物と同じ笑みだ。
「胸が重くないのも助かるね」
軽く手で髪をかき上げユニバンスのドラゴンスレイヤーは減速魔法の中を普通に歩きだした。
こちらに向かい……獲物は自分だけだと言いたげに、ジッとセミリアを見ている。
「男を! そこの男を殺す!」
背中に冷たい汗をかきながらセミリアは声を張り上げた。
虚勢であり時間稼ぎだ。何より部下たちがあの男に剣先を向ければ、あの女は止まるはずだ。
「やれよ。私には関係のない男だ」
「な、に?」
「だからやれよ」
ニタリと笑う相手にセミリアは戦慄した。
彼女はずっと自分を見つめ、命の危機である彼に見向きもしていない。
本当にどうでも良いと思っているのだ。
「お前は自分の夫を見捨てるの!」
「知るか」
「なに?」
一度足を止めてようやく彼女は彼を見た。が、本当に一瞬だ。
もう興味を失ったと言いたげに顔をセミリアに向け直してくる。
「あれはノイエの夫であって私のじゃない」
「……私のじゃって……貴女は誰?」
「私? 私か?」
軽く『ははっ』と笑って彼女は口を開いた。
「私はジャルス。撲殺魔ジャルスだよ」
「っ!」
震えセミリアは息を飲んだ。
あの大戦の折、ブシャール砦には2人の名の知れた敵が居た。
1人は遠距離攻撃を得意としたムルイト。そしてもう1人が近接戦を得意としたジャルスだ。
あの砦が難攻不落と呼ばれたのはその2人が居たと帝国の戦史家たちは結論付けている。
その片割れが自分に迫ってきているのだ。
セミリアは慌てて後方へと駆けだした。まだ距離はあるのに殺されると思ったのだ。
「男を殺せ! その女もだ!」
それが逃げ出した彼女が唯一発した最後の指示だった。
逃げ出す軍師の命令に騎士たちは一瞬戸惑ったが、それでも実行に移す。
剣を握ったままで地面に伏している人物に……騎士の1人が剣先を相手に向けてゆっくりと剣を振り上げる。あとは突き出すだけで相手の命を奪える。
そう思い無慈悲にも剣を動かした。が、
「うぐっ!」
苦悶の表情を浮かべて後退したのは騎士の方だった。
地面に伏していた相手が、手にしていた剣を振るい突き入れようとした剣を払って反撃して来たのだ。
「気づいていたか?」
「……ああ」
ゆっくりと顔を体を相手が起こす。
「あの馬鹿が 異世界から(こっちに) 来るよりも前からな」
「どういう意味だ?」
斬られた右腕を抑え言いようの無い不安に駆られた騎士が問う。
ニヤリと笑い彼……アルグスタは立ち上がった。
「そのままの意味だよ。“俺”はこの馬鹿よりも前に目を覚ましていた……それだけだ」
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