作品タイトル不明
おかわり
「ある意味いつもの形に落ち着いたんだけど……」
「どうかしましたか? にいさま?」
我が家のチビメイドことポーラが給仕を務めてくれて朝食の準備は完璧だ。
昨日突然姿を現したドラグナイト家の末妹にしてメイドであるポーラは、瞬く間に領主屋敷のメイドさんたちと仲良くなって、僕らの専属メイドとして立ち振る舞うようになった。
観察しているとその危なっかしい様子にハラハラしてしまい、けれど失敗せずにちゃんと仕事をするので……緊張からの安心で、見ていて心を奪われてしまうっぽい。
結果としてポーラを見つめる領主屋敷のメイドさんたちの目が、ウチの国のメイドさんたちと同じ物になっていた。
ポーラってば本当に恐ろしい子だな。
勝手知ったる他人の家と言った感じで動き回るポーラを誰も止めたりしない。
傍に居てくれれば助かるんだけどここは前線だ。半日も馬で移動すれば最前線と言う状況だ。
普通ならそんな場所でこんなにのんびりしないが、領民の退却を進める都合この屋敷と言うかこの場所は囮なのだ。
キシャーラのオッサンはやっぱり根っからの軍人なんだろうな。
もふもふとお肉を食べているノイエは今日も元気だ。
昨夜はノイエに襲われて疲れ切った所をホリーにも襲われた。結果として僕はボロボロだけどある意味いつも通りだ。嫌な慣れでもある。
朝食のパスタに似た料理を口に運びながら僕は考える。
このまま帝国軍師と全面攻勢は間違いない。報告では帝国軍2万に対してこっちは約8千だ。
ただし向こうが武器としているドラゴンに関しては僕とノイエが居る以上無効化するのは簡単だ。なら純粋に兵力差を……と言う話になるが、キシャーラのオッサンが帝国で最強と呼ばれる所以は、劣勢の戦場に行って必ずひっくり返すからだとか。
つまりこの状況で能力を発揮するオッサン相手にそれを知る帝国軍は尻込みするはずなのだ。
「前線の様子って分からないよね?」
「わかりません」
ごめんなさいと言いたげにポーラが頭を下げてくる。これは別にポーラが悪いわけではない。
「謝らないで良いよ」
「でも……」
辺りを見渡しポーラが何か思いついた様子で部屋を出て戻って来た。その手には箒が。
「行って見て来ます」
「ダメです」
窓を開けて出ていきそうなポーラを制止する。
「ポーラが居て良い条件は、この屋敷に残ることか、僕かノイエが見える範囲に居ることです。それが出来ないなら本国に帰って貰います」
「はい」
シュンとしてポーラが首を垂れた。
甘すぎる気もするけど、昨日馬鹿をどついたことでポーラへの罰も完了とした。
全力ハリセンチョップを食らったのだから罰としては十分だろう。
とはいえどうもポーラは頑張りすぎる。真面目過ぎるとも言える。
期待はしているけど無理はして欲しくないのです。
「アルグ、スタ、様?」
「ほい?」
顔を上げるとノイエの髪が栗色にっ!
念のためにとポーラ以外のメイドさんたちには退出を願った僕の判断は正しかったが焦る。
慌てて席を立って抱きしめようとする僕を、顔を上げたノイエが見つめて来た。
「敵は、3方向、から、来る、みたい」
「本当に?」
コクンと彼女は頷く。
「リスが、走って、見てる」
「居ないと思ったら」
昨日連れてきてから姿を消していたリス……別名ニク(仮)は仕事をしていたらしい。
敵情視察とはやるなあのニク。帰ってきたらポーラに頼んで毛繕いしてもらおう。
「それでドラゴンは?」
「居な、い」
「はい?」
それが相手の武器でしょう?
「後ろに、居る」
「なるほどね」
色が抜け元に戻ったノイエが僕にキスしてから朝食を再開する。
本当に動じないお嫁さんだな。
ファシーの説明で理解した。
つまり敵はドラゴンを下げて遊軍にすることで、僕とノイエを前線から引きはがしたのだ。
仮にノイエが3つの戦場のどこかに姿を現せば、遊軍となっているドラゴンを投入するのだろう。僕たちの居ない場所に。
「敵はオーガさんとノイエを警戒しているはずだ」
なら僕がドラゴンを迎え撃てば……出来なくはない。けれどノイエを戦場で戦わせたくない。
ふと視線を向ければ彼女は幸せそうにお肉を食べていた。
いつも通りの無表情だけど、それでも美味しそうに食べている。あの幸せを満喫しているノイエに人殺しなんてさせたくない。
というか出来ない。ノイエは人一倍痛みを知っているから剣すら振るえないしね。
「ならどうすればいい?」
自問を口にして問いかける。
「呼べばいいのよ」
横合いからデザートを置いた皿を置いてくるポーラがそう言ってくる。
ただし右目に模様が浮いている。
「これはゲームじゃない。なら新しい駒を投入するのはルール違反じゃないでしょ?」
「そうだね」
分かっている。それが出来れば苦労しない。
「正体がバレるのが厄介なんだけどね」
「あら?」
クスリと笑いポーラが皿の上のデザートをフォークで軽く割る。
チーズケーキにも見えるお菓子だ。
「ユニバンスから逃れた者が戦場で暴れることを禁止する法律が存在しているの?」
ニコリと笑いかけて来るな腹立たしい。
ただ厄介なだけで方法はいくらでもある。後で僕の首が締まるんだけどね。
でも彼女は決して馬鹿ではないらしい。脳筋な感じもしないし、頼めば言い訳ぐらい考えてくれるだろう。
報酬は……キシャーラのオッサンの酒蔵でも漁ってみるか。
「後で泣くことにならなきゃいいけど」
「今泣くことになるなら後で泣くぐらい何よ? それにここは境界線が曖昧な場所。そんな場所で尚且つ戦場なのだから……多少の無理は必要でしょう?」
ケーキをフォークで刺してポーラが僕の口元へと運んでくる。
「勝つためならどんな方法を使っても罪に問われないはずよ? 必要なら国に戻って陛下から『戦時特例』でも貰ってくれば? あの陛下はなかなかにしたたかだからきっと出すわよ?」
「帰国後の仕事が増えるんだけどね」
報告書と言う名の仕事がね。
差し出されたケーキをパクっと頬張ると、口の中で何かが弾けた。
灼熱の……あり得ない辛みがっ!
「みょが~!」
口が~! 口が~!
「ひぃ~ひひ。この私が昨日受けた仕打ちを忘れるとでも思ったか~!」
喉を抑えてのたうち回る僕をポーラが胸を張って見下ろしてくる。
水~! 水を~!
必死の思いで手を伸ばしコップを掴むと一気に中身を口に……あちぃ~!
「の~っほほっ! その水はお湯よ!」
「ひょが~!」
ヒリヒリする口の中が熱さで辛みが増して生き地獄に!
ゴロゴロと床を転がる僕をそっと誰かが抱きとめてくれる。ノイエだ。
「んっ」
彼女の唇が僕の物に合わさって、冷たい水が口の中に。
「水」
「ありがとっゴホゴホ」
「……」
僕の余りの様子にノイエが気になったのか視線を激辛チーズケーキに向けた。
迷うことなく手を伸ばし、そのまま摘まんでケーキを口に!
「らめ~!」
僕の制止も聞かずにノイエが口に入れた物を咀嚼する。
モグモグと口を動かす様子に、僕も……仕込んだはずの賢者ですら動きを止めた。
あの辛いケーキを顔色一つ変えずに食べるだと? ノイエは舌は化け物か?
「辛くないの?」
「辛い」
「でも食べたよね?」
「はい」
「……」
汗もかかないノイエがケーキを乗せていた皿を手にする。
「これ、もっと」
「はい?」
今この子は何と言った?
「おかわり」
どうやらノイエは辛いケーキを気に入ったみたいだ。
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