作品タイトル不明
帰って寝ましょうかね
ユニバンス王国北部・帝国領と旧共和国領の国境線
「誰か居るのか?」
男は恐る恐る声をかけ、ランタンの明かりを向けた。
時刻は深夜。
木々の間に存在するそこは、篝火が焚かれていても闇が居座る。
彼は 門(ゲート) と呼ばれる大陸内を行き来する魔道具の警護をしている旧共和国の兵だ。
現在は立場的に曖昧だが、一応仕事は継続となり給金も出ている。ただ所属は謎だ。今も共和国とユニバンス王国との間で揉めているのだ。
少なくとも地図の上では、現在ここは帝国とユニバンス王国との国境沿いになる。
ユニバンスは共和国の一部を併合し自治領として独立させたのだ。だから本来ならユニバンス王国の所属となるはずだが、政治的な関係で宙ぶらりんになっていた。
そんな立場の彼は、真面目に見回りをしていた。
門は大陸内の物流や人員を巡らせるのに必要な重要拠点だ。間違いが起きてはいけない場所なのだ。
また物音がした。
ゴクリと唾を飲み込み……仲間を呼んでくるべきか一瞬迷う。
この時間にドラゴンは基本活動しない。何よりグルっと門を囲うように作られている外壁は鉄壁だ。
考えられるのは小動物だ。動物相手に仲間を呼ぼうものなら、しばらくの間酒の席で笑い話にされてしまう。
「誰か居るのか?」
今一度声をかけて、
「はい」
「ひっ」
返事を聞いて彼は息をのんだ。
人が居た。小柄で子供のように見える。
「子供か?」
驚きはしたが相手が子供……それも声の様子からして女の子だ察し、彼は安堵した。
「どうした? こんな時間に? 今日の移動で親と逸れて……」
相手の存在を知り無警戒に近づいた彼は、明かりを持つ手を少女に向けて動きを止めた。
服が……普通とは違う。メイド服だ。
「メイド?」
「はい」
彼の呟きに少女のメイドは軽くスカートを摘まんで頭を下げた。
「私はただのメイドです。少しここの掃除がしたくてやって来ました」
「やって来たって……こんな時間に1人で? そもそもメイドが?」
混乱する彼は完全に失念していた。
今居る場所が少女1人で来れるような場所でないという事実をだ。
クスリと笑ったメイドは、自身の右手を動かし宙に模様を描く。それを叩いて押し出し魔法とする。
放たれた魔法を受けた彼は、焦点を失った目でメイドを見る。
「貴方はちゃんと見張りをしていた」
「……見張りをしていた」
「今夜は何もなく平和だった」
「……平和だった」
「ならここに居るのはおかしいわよね?」
「……持ち場に戻ります」
フラフラと歩いて離れていく相手を見つめ、少女はクスッと笑う。
「さ~て。あと少しで終わるから頑張ろう」
やる気を奮い立たせるために声を発し、少女は門の中枢である部分を見つめる。
何重にも封印されている石の蓋だ。
封印その物は“少女”がその昔に施したものだ。
集めて来た素材を使い簡単に封印を解除して中を覗く。
懐かしさを感じる魔法の式だった。
姉の系譜に近しい彼女だったが、基本は円陣を用いたオーソドックスなスタイルだ。
魔法陣と詠唱と言う魔法使いらしい形にこだわったとも言える。
《リーアに裏技を聞いといて良かったわ》
鼻歌交じりで中枢を覗き込み、その上から少女は新しい魔法を使用する。
僅かに残っている部分に新しい魔法式を刻み……また封をしていく。
《誰かに開かれると面倒だし、二度と開かないように強力な封印をしてもいいんだけど……まあ今回は普通ので良いか》
三大魔女の1人に数えられている少女の普通……それは規格外の魔法でしかない。
あっさりと現状本人以外解けないであろう魔法の封印を施し、少女はひと仕事を終えた。
「さ~て。帰って寝ましょうかね」
『だめです』
「はい?」
内なる少女の声に幼いメイドは動きを止める。
『ちゃんとおそうじをしないとだめです』
「……」
『だめです』
「はいはい。なら貴女がしなさい」
右目に浮かんでいた模様が消え少女はまた動き出す。
近くに立てかけていた箒を手にして奇麗に掃除をする。
集まったゴミは祝福の力で氷漬けにし、木々の間に放り投げておく。主だったゴミが木の葉だったからだ。
「かんぺきです」
『はいはい。なら体を借りるわね?』
「はい」
また右目に模様を浮かべて……少女は持っている箒の先端を地面に置くと、軽く斜めに傾ける。柄の半ばに尻を寄せ、片手で宙に言葉を綴って魔法とする。
「浮かびなさい」
ふわりと箒が浮かび、その柄に座った少女の体ごと持ち上げた。
「ならあっちに」
フワフワと浮かぶ箒に腰かけたメイドは、一路ユニバンスの王都に向かい移動を開始した。
ユニバンス王国・ドラグナイト邸
「おはようございます。にいさま。ねえさま」
「……」
寝て起きたら行方不明だった妹が居た。
メイド服姿で確りと挨拶してくる。
「ポーラ」
「はい」
「昨日はどこに?」
「わかりません」
迷うことなく返事をしてくる。
そんな笑顔で……露骨に嘘だと分かる言葉を。
「あれが何かを?」
「わかりません」
「何か覚えてる?」
「ぜんぜんです」
迷うそぶりも見せずにポーラがそう言ってくる。
これはたぶん何を聞いても事実を言わないな。
「なら昨日行方知れずになってみんな心配したから、ちゃんと謝ること。いいよね?」
「はい。わかりました」
ちょこんと頭を下げて彼女は起きだしたノイエの着替えを手伝う。
というより、まずミネルバさんの方をどうにかした方が良いのかもしれない。
今も扉の隙間から心配そうにこっちを覗いている。
完璧メイドが妹の一挙手一投足にオロオロだよ?
まあこれ以上何かを言って『なら連れて行ってください』と詰め寄られると本当に困るから、こっちもポーラに強く言えないんだけどね。
「ノイエ」
「はい」
脱いだままの寝間着を着ることなく全裸のノイエがこっちを見る。
妹が相手だからとその恰好はどうかと思いますが?
「今日の予定は?」
「……」
ノイエの視線が若干横に流れた。
「お仕事」
「その内容は?」
「大丈夫」
「何が?」
「勝つまで止めない」
「じゃあ今日は書類仕事をしてね」
「……素直に負けで良い」
アホ毛をへにゃんとさせてノイエが僕から顔を背ける。
って、あっさりと負けを認めたよ!
「違うでしょう? 今日は朝から待機所に行ってドラゴン退治。午後からまた転移して……ドラゴン退治かな?」
「分かった」
「本当に?」
「完璧」
ポーラの手でガウンを羽織ったノイエがグッと拳を握った。
「全部倒す」
あながち間違ってないか。
「なら確りとドラゴン退治をすること。良いね?」
「はい」
フリフリとアホ毛を揺らすノイエはやる気満々だ。
問題は……僕の仕事もたくさんあるんだけどね。
本当に嫌になるよ。
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