軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

今から行きます

「アルグスタ様?」

「皆まで言うな。そして逃げ出そうとするな」

「……」

立ち上がって逃げ出そうとしていたクレアが椅子に座り直して視線を逸らす。

顔ごと逸らして『私は無関係です』的なオーラを発しやがる。

大丈夫だ。問題ない。というか最初からこれを作るべきだったんだ。

物凄い勢いで、僕は自分のサインを元に作ったハンコを書類に押していく。書くより断然に早い。

内容はクレアを信じている。ザっとは目を通すけど、僕は部下を信じる上司で居たい。

物凄い速度で書類を処理していたら、ふと複数の視線が。

ポーラの『兄様凄いです』的な視線はいつも通りだ。

ミネルバさんの『先生に報告します』的な視線は……合理的な仕事を求める叔母様なら支持してくれるはずだ。本当に重要な書類は手書きするしね。

で、若干1名……『その手がありました!』的な視線は、壁から顔を覗かせ満面の笑みを浮かべる王妃様だ。

王妃はダメだ。王妃がサインする物は私的な物以外全て重要書類だ。

お兄様に知られたら、また僕がコンコンと説教される。間違いなくされる。

「ポーラ」

「はい」

スススと足音を立てずに傍にやって来た妹をさらに手招きして……何故に君は抱きついてくるのかな?

しかし満面の笑みで抱きついてくるのは愛らしい。こっちに居る時ぐらいはポーラの甘えを受け入れてやるべきかもしれない。

抱きしめ返してそっと彼女の耳に口を寄せる。

「チビ姫がこれを真似しようとしたらスィーク叔母様に言うこと。出来るね?」

「はい。わかりました」

良い子なメイドにはご褒美です。頭を撫でてあげてから解放する。

と、今日はとにかく時間が無いんだ。

急いでサインという名のハンコを押して……よし完了!

「クレア」

「はい?」

使い終わったハンコのインクを拭ってそれを彼女の机の上に置く。

「重要じゃないけど僕のサインが必要なのはそれを押しちゃって」

「……アルグスタ様?」

「大丈夫。責任は僕が取るから」

そっと手を伸ばしてクレアの頭も撫でる。

「それにクレアは信じられる部下ですから」

「……煽てても無茶には付き合わないですからね!」

「はいはい」

顔を真っ赤にして怒っているクレアに手を振り、僕は部屋を出るため足を動かす。

「……無事に帰ってきてくださいね」

背後から聞こえてきた声に軽く手を上げて振る。

「心配するな。僕は無敗のアルグスタ様だぞ? お土産の心配でもしてなさい」

「……馬鹿上司」

「酷い言われようだな」

何より涙声でそんなことを言うな。

今回だって確りと勝って帰って来るさ。

ユニバンス王国王都郊外・通称“ノイエ小隊待機所”

彼女は呆然とそれを見ていた。新しい職場をだ。

筋肉質の男たちが時間が空いているのか真面目に鍛錬をしている。

上司たる元王子があんなにいい加減なのに信じられない光景が広がっていた。

ここに来れる兵は個々の能力が高く将来有望な者だけだと寮の食堂で聞いたことがある。だから 独身の(うえた) 女性たちは彼らを見定めて狙っているのだ。

何よりここの兵はその環境から高給取りなのも宜しくない。ドラゴンを狩っている者たちが居る小隊は未婚女性の狩場なのだ。

「あの~大丈夫ですか?」

「ああ。何と言うか熱気にやられた」

「そうですよね? あれでも前よりかはマシになったんですよ?」

「マシとは?」

「……暑いからと半裸で鍛錬していたそうです。ですが貞操の危機を覚えたとかで」

「普通逆だろう?」

『あはは』と力なく笑う相手の言葉にため息が出る。前任者の奇行は有名だった。

説明と案内を兼ねる彼女は騎士であり、この度“副隊長”に昇進した。

身長と胸が大きい……大きすぎる人物である。

「でも私としては隊長の経験を持った人が来てくれて助かります。突然『副隊長』と呼ばれても何をしたらいいのか良く分からず」

「ああ。けど私もそんなに出来る方ではない」

「そうなんですか?」

「そうなんだ」

何より『働きたくない』それが彼女の本音である。

頭から姿を、顔を隠すようにフードを被っている人物……イーリナは、どうして自分がここにやって来たのかを今一度思い返した。

「居るか?」

「……居ない」

応対が面倒くさいから部屋の鍵を開いたままにしていたのが失敗だった。

ノックもせずに乱入して来たのは、近衛時代から何かと絡んでくる厄介な人物だ。

名をミシュと言い、最近の別名は『売れ残り』と言うらしい。

そんな人物は家主の許可なく勝手に室内へ侵入して来た。

「おうおう相変わらず酷い部屋だな? ゴミ箱か?」

「失礼な。どこに何があるかは把握している」

「把握してても……虫が湧くぞ?」

「それなら虫除けの術を施してある。だから問題ない」

「……腐ってキノコが生えるぞ?」

「それは対処法が無い。そうなる前に弟子に掃除させる」

「は~。本当にあのチビメイドを弟子にしたのか」

チビメイドとはユニバンス王城内で有名なメイドだ。

ドラグナイト家の末妹であり、とにかく才能の塊のような存在なのだ。

にもかかわらずその純粋で素直な性格から誰からも可愛がられるという……計算していたら末恐ろしい少女である。

「あれは便利だ。『修行の一環』と言えば掃除でも洗濯でも何でもする」

「は~。それは便利だ」

勝手に椅子に座りミシュは懐から包みを1つを取り出した。

ちゃんと封蝋された正式な書簡だ。

「ほれ」

「正式な物を投げるな」

「それを寝っ転がって受け取るな」

正式であろうがなかろうが、この2人にかかれば大した問題ではない。

受け取った女性……イーリナは、持っていた焼き菓子を口に運び、モグモグしながら蝋封を破り中身を取り出す。

「……異動?」

「そう言うこと」

ゴクンと菓子を飲み込みイーリナは体を起こす。

パラパラと菓子の粉が落ちて行ったが気にしない。あとで弟子に掃除させればいい。

「断る。私は働きたくない」

「あ~無理。それ国王陛下の署名入りだから」

「……卑怯な」

無い胸を張って踏ん反り返るミシュと苦情に満ちた顔をするイーリナ。

王命に背くこと……それは死を意味している。

「死にたくなければ従いなさい」

「……なら私は近衛を辞めて」

「生活どうするの?」

「……結婚する」

「無理無理」

それは無いわ~と言いたげにミシュは顔の前で手を振った。

「家事も何もできないイーリナが結婚とか絶対に無理」

「失礼な。出来ないのではない。やらないだけだ」

「ならこの部屋を奇麗に掃除できるの?」

「……やる気が微塵も湧かないな。うん」

うんうんと頷く相手にミシュは、歩み寄ってその肩を叩いた。

「良いんだよ無理しないで」

「しみじみと失礼なっ!」

「はいはい分かってる。分かってるから」

「あ~もうっ!」

怒りイーリナは相手に向かい腕を振るう。

フワっと回避したミシュは、床に落ちていた物を器用にも爪先に引っ掛け手に取った。

「何よりこんな色気のない大量生産の下着をつけている時点で結婚とか無理だと思う」

「煩いっ! 女は下着で決まるわけじゃない」

「ほほう。なら何で決まる?」

「顔だっ!」

宣言したイーリナにミシュは近づき肩を叩く。

「分かってる。分かっているから」

「お前には同情されたくないっ!」

「ちょっと待て? 私の方が美人だ!」

「何を言う。この売れ残りがっ!」

「それを言ったらイーリナも同じ程度に売れ残ってるでしょが!」

「「お前が言うなっ!」」

結果掴み合いの喧嘩となり、寮母の仲裁が来るまで暴れ続けた。

それからようやくイーリナは自分の異動する部署を知った。

『対ドラゴン遊撃隊』

王国一仕事が多く危険な部署だ。

『よし逃げよう』と心に誓ったイーリナだが、密偵の監視網から逃れられることもなく……あっさりと捕まり近衛団長の前に引っ張られた。

全力で除隊を願う予定だった彼女だが、団長の一声で心変わりした。

『あそこならアイルローゼの術式に触れられるかもしれないぞ? アルグの奴はどうやらアイルローゼを匿っているらしいからな』と。

それを聞いたイーリナの答えは1つだった。

『今から行きます』と。

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