軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小さな頑固者

「割に合わないわね!」

術式の魔女は呻いて取り出されたプレートの血糊を拭う。

リグにさせる訳には行かないので、刃物の扱いに通じている人物と言うことでカミーラが選ばれた。

何より前線で串刺しと呼ばれた人物は血や肉を見ても全く動じない。

「何なのよ! この欠陥だらけのプレートは!」

子供の遊びかと言いたくなるほど質の悪い術式に、アイルローゼは軽く絶望を覚える。

様式からして古い……自分が学院に入る前に主流となっていた刻み方だが、下手にオリジナリティを披露しようとして全体のバランスが絶望的なまでに崩壊している。

こんなにも酷いから魔力を流すだけで誤作動するのだろう。

ある程度は直せるだろうが、強い魔力が流れると暴発するのは避けられないかもしれない。

あとはファシーとか言う少女の頑張り次第だ。

彼女が自制して両腕に流れる魔力を制御すれば……現状よりかは良くは出来そうだが。

「これって戻さないとダメなの?」

「戻さないと色々と疑われるでしょ? 貴女が誤魔化すなら好きにして」

「嫌なことを言う姫様ね」

次いでもう片方のプレート取り出しを始めたカミーラとグローディアから視線を外し、アイルローゼはまず描かれている式の内容を読み取る。

見れば見るほど言いようの無い不快を覚えるのだ。

「アイルローゼ? 物凄く~吐きそう~」

「我慢なさいシュシュ」

蒼い顔をしてぎこちない動きを見せるシュシュは、それでもフワフワし続ける。

術式の魔女の簡易的な魔法で、どうにか封印魔法を使えるようになった彼女だが、普段と違う魔力の動きに不快感を覚えて吐きそうになっていた。

「何より~魔力が~足らない~よ~」

「だったらあっちで拗ねてる馬鹿男の尻を蹴っ飛ばして連れて来なさい」

「シューグリットは~今回の~騒ぎの~一端を~になってる~からね~」

「関係無いわ。仕事の出来ない奴は男女問わずにゴミよ」

バッサリと斬り捨ててアイルローゼはプレートに目を走らせる。

余りにも酷い式だが酷い分だけ余白も多い。だったら書き足せば……問題は別の魔法になってしまいそうだ。

そして一番の問題は、このプレートに刻まれている術式の大本である魔法をアイルローゼは知っていた。

余りにも酷い改造を受けているが、元の術式は間違いなくあれだ。あれなのだ。

「その子って貴族の娘か何か?」

「ファシーは~自分の~父親を~知らないって~」

「母親は?」

「死んだって~」

代わりに幼馴染が使えない野郎の尻を蹴りに行ったのでシュシュが答える。

『そう』と呟いてアイルローゼは顔を上げた。

「このプレートに刻まれている魔法の元は『切断』よ」

「……ミローテの?」

揺れるのを止めてシュシュはアイルローゼを見た。

術式の魔女と呼ばれる彼女が魔法の式を見間違えるなんてことはあり得ない。

つまり……ファシーはいつか聞いたミローテの腹違いの妹なのだろう。

「あの小さな頑固者に感謝しないと」

スッとその目を細めてアイルローゼはプレートを見つめる。

《ミローテの妹ならば絶対に救うわ》

声にはせずにアイルローゼは胸の内でそう誓った。

それは救うことの出来なかった弟子への手向けだと思って。

「あっあっあっ」

「何かノイエが震えだした~」

リグが他の患者……どうやら演技の為に殴り合ったらしい人たちの治療をしていると、レニーラの救いを求める声が聞こえてきた。

怪我をしていないのにただ寝ているだけのホリーの顔面に濡れた布を置いたリグは、声のした方に視線を巡らせる。

「たぶん筋や腱が回復したんだと思う」

「そうすると?」

「……死んだカエルの足を切断してその足に微弱な雷の魔法を使うとピクピクと動くんだ」

「それとノイエの関係性は?」

「つまりそんな状態でも人の体は何かあれば動く」

よってリグは動かず、フーフーとして顔から布を退けているホリーから離れ次の患者に向かう。

「あっあっあっ……」

「何かノイエが動かなくなった~」

「たぶん空腹」

「すると?」

「祝福が切れて流石に危ないかも」

「カミュ~!」

レニーラの全力の叫びに、鍋を抱えたカミューが走って来る。

色々と隠していた非常時の備蓄を開放し、ノイエの為だけに作った鍋だ。

味より量の野菜マシマシほんのり肉味スープだが……これが現状では限界でもある。

「とりあえずノイエの口を開いて!」

「ノイエ! ご飯だからね!」

『ご飯』と言う単語にビクッと反応したノイエが口を開く。

『流石我が弟子よ』と違う方向で感動したレニーラは、ノイエの口に手を当てて無理やり開いたまま固定する。

「我慢なさい」

大急ぎで作ったは良いがまだ熱々なのだ。

カミューはスープをお玉ですくうと、そっと少女の顔から視線を逸らしてお玉を傾ける。

「ごぶっぼぶっべぶっ」

「……それでも飲んじゃうノイエが凄い」

熱々のスープをダイレクトで飲まされる少女の様子は傍から見れば拷問だ。

それでも一滴残らず飲み込んで行くノイエの食への根性は大変に素晴らしい。

レニーラはそっと胸の内で頷いて心に決めた。

自分は決してこんな馬鹿なことはしないと。

「ほらノイエ。頑張れ。たぶんあと少しだぞ?」

レニーラの声にリグは一度戻って来る。

熱々スープを直に飲ませるという新種の拷問にも興味があったが、何よりやはりノイエの祝福が凄い。

心臓を掴み出しても生きて居そうな……恐ろしいまでの生命力だ。

「リグ!」

「ん?」

呼ばれて振り返ると、着ている服を血で汚したパーパシが居た。

「わたしには無理だからあっちを手伝って」

「分かったよ」

軽く答えてリグは立ち上がると、軽く監視に目をやる。

彼は『早く行け』と言いたそうに片手を振って寄こすので、リグは迷わずパーパシの元へ向かい走り出した。

向かった先では燃え尽きた様子の女性が数人地面に倒れていた。

そっちの看病はパーパシに任せ、おかしなぐらいに震えているシュシュが傍に居るファシーの隣に膝を降ろす。

「もう限界」

「分かった」

シュシュの魔法で傷口を無理やり封印し止血していたらしい。

本当に自分の恩人は無茶をすると……チラリと肩越しで倒れているアイルローゼを見てリグは微笑んだ。

「あとはボクの仕事だ」

あの人の弟子である限りリグとしては患者を前に逃げることは出来ない。

どんなに難しい治療でも……完璧に成し遂げる。

《見ててね。先生……ってまだ生きてるんだった》

笑みを重ねてリグはファシーの腕の傷を睨みつけた。

(c) 2020 甲斐八雲