軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

あの化け物の方が数段凶悪だから

「追加で税を支払い、今回の一件は無かったことにするか……まあそうだろうな」

副官が届けてくれた宰相からの報告書に、ハーフレンは肩を竦めた。

『脱税では無い。申告の不手際だ』と言い張るルーセフルト家を追い詰める材料はこちらには無い。

一応また活動しだしたアルグスタの件を突いてみたが、『体力作りの一環だ。何よりずっと屋敷に籠っていると知り合いを増やすことも出来まい?』と開き直ってみせた。

ただ今回は領地に籠っている相手を引きずり出すことに成功した。

タインツはどうでも良い。狙うは後の障壁となりえる傭兵ムルイトの首だ。

「コンスーロ」

「はい」

「ミシュは?」

「それが……」

「応答なしか?」

「はい」

困った様子で副官が額を撫でる。

あの馬鹿が本気になって狩りを開始した状態であれば問題無い。飲んだくれて部屋で酔い潰れているとかだったらどんな拷問をお見舞いしてやるか……ハーフレンは一瞬悩んだ。

「拷問で思い出した」

「何の話でしょうか?」

「こっちの話だが、フレアがまだ地下に向かうことがあると聞いたが?」

「……はい」

何とも言えない様子でコンスーロは認めた。

制止しても彼女は止まらない。完璧主義とも言えるし仕事に対して真面目とも言える。

彼女が本来の仕事で無くなったことを 誰(た) が為にしているかと言えば……その答えを求めることをコンスーロはしない。

2人の間の話である以上、決して口出しをして良いことでは無いと分かっているからだ。

「正直に言えば最近のルーセフルト家は何と言うか全体的に緊張感が薄れています」

「タインツが王都に来ているくらいだしな?」

「はい。ですが……どうもエルダーとタインツが対立しているようなのです」

「……本当か?」

「ええ。捕らえた者たちが口を割っています」

「……」

その口を割らした者が誰なのかを再度確認する必要などない。ハーフレンは内心でため息を吐いて腕を組んだ。

どんな忠誠心の塊のような人物でも、狂った盲信者であろうとも、ユニバンスの地下牢に住む『背面の影』や『影の中の微笑』と呼ばれる者に掛かれば、口を割らない者は居ないと言われるほど。

その拷問の様子は苛烈過ぎて、一度見た者の心を根底からへし折ると有名だ。

「……嫌になるな」

元婚約者の仕業だと理解し、何より彼女をそうしてしまった自身の愚かさに呆れ果てる。

主の様子にコンスーロは静かに口を開いた。

「止めさせましょうか?」

「無駄だ。あれがそれをしている時は無駄に止めるな。お前が恨まれるぞ?」

「分かりました」

礼をし退出する副官を見送り、ハーフレンは深く椅子に座り息を吐いた。

こう言った時は必ずフレアを壊したのは自分だと言う罪悪感で胸が張り裂けそうになる。全ては自分が悪いのに……どこかでそれから逃れようとする甘い自分が居るのだ。

パンパンと両手で頬を張って、ハーフレンは顔を上げた。

《今はルーセフルト家をどうにかするのが先決だ。自分のことは後回しだ》

結局逃げ出していることに彼はまだ気づいていなかった。

国王ウイルモットとの話し合いを終え、一派の会合に出席し引き締めを図り……まるで逃げ帰るかのようにタインツらの馬車はユニバンス王都を出た。

南部に向かう商人や旅人はその隊列の後に並ぶ。ドラゴンと言う脅威から少しでも逃れるために隊列の後ろに並ぶのだ。

朝に門を出て進んだ隊列は、夕刻となり歩みを止めて野営の準備を始める。

その中に少女を連れた家族連れが混ざっていても誰も怪しむ者など居ない。その少女が『猟犬』と呼ばれる21の女性であってもだ。

皆が寝静まった中、月明りに照らされる野営地でそれは動いた。

ゆっくりと立ち上がり、手早く着替えを済ませて歩き出す。

警護をしている兵も『少女が用足しにでも行くのだろう』と気を許してしまうほどの違和感のないいつもの景色だった。

ただその少女が化け物であることを見回りの兵は知らない。

一瞬で距離を詰められ鎧の隙間から短剣の先をねじ込んで来る。

的確に急所を刺して相手を絶命させ……猟犬は真っすぐタインツの居る天幕へと向かう。

「釣れた」

飛んで来た黒い武器から逃れ……彼女は笑う。

殺意を振り撒き人を殺して獲物を釣る。正直タインツの首を狙う方が楽だ。それを上は理解していてあえて用心棒の首を求める。

「場所を変えようか?」

「……」

「それともタインツの首を狙いながらでも良いけど?」

重ねられた提案に、ムルイトは歩き出し天幕から離れる。

それを見てミシュも続く。

十分に距離を取り、そして2人は向かい合った。

「ルーセフルトの用心棒……ムルイトだよね?」

「お前が猟犬か?」

「正解」

軽く答えてミシュは短剣を抜く。随分と長く一緒に仕事をして来た相棒だ。

「貴方はエルダーの護衛だと聞いてたんだけどね? どうしてここに?」

「エルダー? 誰だそれは?」

訝しむ相手の声にミシュは一瞬目を細めた。

相手の様子から演技には見えない。そうなると……もっと厄介なことになりそうだ。

「別に知らないならそれで良い」

相手が知らないなら後で調べれば良いだけのことだ。

今するべき仕事は相手の命を奪うこと。

ミシュは軽く腰を落として構えた。ムルイトもスッと腰を落として構える。

奇しくも2人とも似たような構えになった。

「一つだけ言っておく」

「何だ?」

「私は正面からアンタの命を狙う」

「そうか」

ムルイトは自身の太ももに張りつけている武器を手にした。

日中では無くこんな薄暗い時間にその性能を発揮する武器だ。

「なら俺は正面からお前を狙い投げる」

「そう」

応じてミシュも返事をし、そして待った。

見合ったままで時が流れ……誘うようにミシュが体を軽く振った。

目を見開きムルイトは手にした武器を投げる。

ただ黒い紙を細長く切り抜いただけの物だ。それが音を発せずに真っすぐと飛ぶ。

身を沈ませミシュは一歩前に足を動かし跳んだ。

トトトっと足を滑らせどうにか止まったミシュは振り返る。

相手の喉に置いて来た短剣は見事に突き刺さっていた。

「馬鹿だね。部下が命がけで掴んだ情報を私が無駄にすると思ったの?」

両手で自分の喉に生えた短剣を掴み……ムルイトは上半身を傾けながら振り返る。

「祝福でしょう? たぶん投げる類の力かな? 紙を武器に出来るのは凄いけど、それを知っていれば対処は楽。だってただ飛んで来るだけの飛び道具なんだから」

冷たく言い捨ててミシュは相手に歩み寄る。

両膝を付いて前のめりになっている彼の胸を蹴った。

「返して貰うよ。アンタみたいな三下にくれてやるには惜しい武器だから」

掴んで引き抜き……ムルイトの喉から鮮血が溢れる。

短剣を振るってミシュは鞘に戻す。冷たい目を相手に向け直す。

「師匠に匹敵するとかふざけるな。あの化け物の方が数段凶悪だから」

言い捨て、絶命した死体をその場に残してミシュは姿を消した。

(c) 2020 甲斐八雲