作品タイトル不明
わんわん
「ムルイトが弱かった?」
「はい」
いつも通りに報告書を持って来たコンスーロから束を受け取り、一番下に置かれている紙を手にする。相変わらず行数の少ない報告書だった。
相手があの馬鹿だから仕方ないが、はっきりと見えるのは紙の中央に書かれている文字だった。
『弱かったんですけど~』
暗殺者としたらどうなんだろうと思わせる言葉だが、彼女の狩りの相手はあのスィークに匹敵するとも呼ばれる傭兵のはずだ。
「噂が先行して実は弱かった?」
「ご冗談を。彼の戦歴は有名です」
「だよな」
戦時中は帝国方面で勇名を馳せた人物だ。彼は祝福を持っている。
「ミシュの見立てでは投擲系の類か」
「はい。彼の弓は何処までも遠くに飛ぶと言われ恐れられていましたから」
「それは俺も聞いたことがある。だから帝国軍は重武装し進軍の足が遅くなったともな」
「はい。そう自分も聞いてます」
コンスーロの言葉にハーフレンは読み終えた馬鹿からの報告書を皿に置いて焼いた。
「……あの馬鹿が師匠ほど強くなったとか?」
「ご冗談を」
「だよな」
確かにミシュは強いが、あの化け物とやり合って勝てるとは思えない。
メイド長は規格外の化け物だ。それは誰もが認める事実だ。
「あれに勝てるのはノイエぐらいだろう?」
「ええ。ですがノイエを相手でもしばらくは粘りそうですが」
「言うな。背筋が寒くなる」
あり得そうだから冗談に聞こえない。
ハーフレンはグシグシと頭を掻いて副官を見た。
「一応調べておけ」
「そう言われると思いもう言ってあります」
「あん?」
「ですから『ルーセフルト家のことを最も調べている人物に聞くように』と」
「……まあ良い。頃合いとも言えるか」
椅子の背もたれに背を預け、ハーフレンはどんな楽しいことが起こるか不安になった。
「私は帰って来た~!」
馬から飛び降り全力で叫ぶ馬鹿に向ける視線は冷たい。
誰が自分の欲望のままに行動して謹慎になった者を優しく出迎えるだろうか?
「おうおう。冷たい奴らだね~。本当に」
ブスッと頬を膨らませつつ、その鼻をヒクヒクと動かし歩き出す。
漂って来る香ばしい匂いに釣られて行けば、新人が鍋の中身をお玉でグルグルと掻き混ぜていた。
「お寄こし~」
「ふなぁ~」
跳びかかって来た存在に気づき悲鳴を上げるルッテ。
ただ彼女の視線は、自分の前に居る人物が上から下へと押し潰されるように地面に向かい墜落していく様子をまざまざと見ることとなるのだった。
「ぐのののの~」
「戻ってたのね……ミシュ?」
「フレアかっ! ぐうぉ~! 潰れるからっ!」
背中を何かに押され地面に這いつくばるミシュに冷ややかな視線を向け、フレアは近くのただ丸太を置いただけの椅子に腰かけた。
「この忙しい時に勝手に謹慎になって」
「謹慎処分にしたのはあの馬鹿王子であって、痛い痛い」
背中の圧力が増えて、ミシュは自分の肺から空気以外のモノが出そうになる。
「死んじゃうって」
「一度死になさい」
「ごめんなさいって」
「……はぁ」
ため息を吐いて魔法を解いてフレアは肩を落とす。
自分はどうしてこうも厄介事ばかり抱えるのだろうと、一瞬自分の人生を見つめ直してしまった。
「さあその肉入りスープを寄こせ~」
「ふわわ~」
復活したミシュがルッテに跳びかかり、お玉を奪い皿の準備を始めた。
「で、謹慎中どこに居たのよ? 部屋に居なかったでしょう?」
「ん~」
「報告書ぐらい出してから休んでよ。全く」
「ん~」
口に咥えた骨を上下に動かし、ミシュはぼんやりと空を見上げる。
どうやら隣に居る相手は、あの地下室の住人らしい。知りたくも無かったが。
「馬鹿王子からの依頼で仕事してた」
「仕事?」
「そっ」
ペッと骨を吐き捨てミシュは立ち上がる。
周りには人が居ないから、声量を気を付ければ問題無いはずだ。
「ムルイトの暗殺依頼」
「……」
スッと細まった同僚の様子を見て、ミシュは軽く鼻で笑った。
どうやら相手は本物の『影の中の微笑』らしい。
「それは『猟犬』に依頼したはずよ?」
「わんわん」
「……そう」
理解しフレアは警戒を解いた。
彼がこんな問題児をこの場に置いたのは、自分以外にも対抗策を講じていたということだ。
間違えていないが……ならせめて伝えて欲しかった。たとえ無理でもそう思った。
「事実を伝えた理由は?」
「ムルイトの暗殺を終えた」
「そう」
「でもね……噂以上に弱かった」
「弱い?」
「吃驚するほどね」
丸太の椅子に腰かけ直しミシュはぼんやりと空を見る。
今日も隊長のノイエは元気だ。元気に説明しようのない動きを見せてドラゴンを捕まえて千切っている。ドラゴンの血が華のように舞って綺麗に見えるのがせめてもの救いか。
「何か報告は?」
「……私はノイエ小隊の副隊長なのに」
「で?」
顔を向けて促すと、フレアは顎に手をやり少し思案した。
「ここ最近の南部の動きがおかしいのは聞いてる?」
「おかしい?」
「ええ。前はあれほど警戒していたのに、その警戒が緩んでいるのよ」
「……宰相の切り崩しが成功しているんじゃないの?」
「そうかもしれない。でも何か違和感を感じる」
「あっそう」
ミシュはグラグラと体を前後に動かし決めた。
「馬鹿王子には内密で手練れをワヒルツヒに送り込む。ムルイトの一件をどう扱うか気になるし」
「そう」
何よりミシュとしてはムルイトの言葉が気になって仕方がない。
彼はエルダーを知らなかったのだ。彼専属の護衛であるはずだったのに。
フレアはゆっくりと立ち上がり、相手に背を向けたままで口を開く。
「ならエルダーの所在を確認して」
「ルーセフルトの天才様を?」
「ええ。あれが何か企んでいる気がするの……ただの勘だけど」
「分かった」
ミシュの勘も同じようなことを告げていた。
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