作品タイトル不明
助ける方法は1つ
面白かった。
他国の……それも秘匿魔法である術の式を眺めることは、知識欲の強いアイルローゼからすれば最大級のご馳走を提供されたことと同義だ。
だからこそ隅から隅まで弟子が写し取った亡国の知識を見つめ自身の知識の糧とした。
満足した。大満足だ。
椅子に腰かけ自身の研究室で時間を忘れ術の式を見入ったアイルローゼは、ゆっくりと椅子から立ち上がり背伸びをすると……外の様子を見て弟子たちへの本日の課題を紙にしたため部屋を出た。
このまま真っ直ぐ寮の自室に戻って睡眠とはいかない。その前に立ち寄り話をしなければいけない相手が居るのだから。
昇りだした日の光に目を細め、アイルローゼは深く深く息を吐いた。
「居るのでしょう? キルイーツ」
相手の研究室のドアを何度かノックし、待つこと暫し……室内から物音がして薄くドアが開かれた。
「……夢か?」
「その言葉の真意は?」
「どこぞの引きこもりが私の所を訪ねるなど初めてだろう?」
「そうね。でも私だって女子寮で暮らす"学生"よ」
「それが一番うそ臭いがな」
学生の身分でありながら3人の優れた弟子を持つ相手に、キルイーツはやれやれと頭を振ってゆっくりとドアを開いた。
「わざわざ来たと言うことは用があるのだろう?」
「ええ。それよりあの子は?」
「私のベッドを独占して寝ているよ」
「……襲おうとしてたの?」
「するか馬鹿者が。ただ寝るまで手を握っていてくれと言われて安請け合いしたら離してくれなくてな」
「そう。それなら許せる理由だからお茶の1つで我慢するわ」
「何だそれは?」
相手の言葉にクスリとアイルローゼは笑った。
「引きこもりを朝日の下で待たせたのよ? それ相応のお詫びが欲しいわ」
「大した引きこもりだな」
心底呆れた声を出してキルイーツは客である少女を応接室へと案内した。
「綺麗……なのね?」
「お前は私のことを何だと思っているのかね?」
「覗き魔」
「否定はせんがそれと同時に私は医者だよ。人の治療をする場所が汚れているなど……お前が患者だとしたら来るか?」
「今にも死にそうだったら仕方なく。そうじゃ無ければ余所に行くわね」
「そう言うことだ」
白を基本とした綺麗な室内で、アイルローゼは部屋主と向かい合いソファーに座る。
入れられた紅茶は……そこそこの物だった。
「それで何だ? 一応私もこれから授業があるからのんびりは出来んぞ」
「一応貴方も学生だったわね。大半は治療か研究かだけど」
「お前などは最後に出た授業はいつだ?」
「さあ? 入学して20日で先生は私に教えることは無いと言って図書館の鍵を預けて好きにしろと言ったわ」
「……本当に化け物だな」
羨ましいほどの才能を持つ少女にキルイーツは苦い顔を見せる。
「それでその天才が何の用だ?」
「ええ。あの子の刺青を写し取った物を一晩中眺めていたの」
「……それで?」
「良く出来た魔法よ。本当に素晴らしいわ」
言ってアイルローゼはティーカップを持つと軽く口を潤した。
「あの術の式は……魔力が通わないようになると、暴走する仕組みが組み込まれている」
ガタッとソファーを揺らしキルイーツが立ち上がりかけた。
耐えたのはその可能性を薄々考えて居たからか……苦々しい表情でアイルローゼを見つめた。
「何処の部分だ?」
「胸の中心よ。あそこだけ単独で描かれているのに魔力だけは流れるように出来ていた。おかしいと思ってずっと解読していたら……まあそうよね。普通あれほどの魔法なら自壊ぐらい仕込むはずよ」
「だが魔力が通い続ければ問題無いのだろう?」
「ええ」
相手の言葉に返事をし、アイルローゼはまた一口紅茶を飲む。
「あの子が成長せずにあのままの背格好でいれば問題無いわ」
「……入れ墨か」
「そうよ。人は成長するから」
アイルローゼは寂しげに笑った。
「最初に気づくべきだった。普通入れ墨で刻む術式は成人に対してと言うことに。それにはちゃんとした理由があるからなのだと」
彼が決して馬鹿では無いと理解しているアイルローゼだからこそ包み隠さず全てを話す。
何より彼は、この国で最も腕の立つ医者と言っても良い。外法と呼ばれる異世界の技術を用いるが、それでも彼ほど多くの患者を救える存在をアイルローゼは知らない。
「助ける方法は1つね」
「ああ」
沈黙し、最初に口を開いたのはアイルローゼだった。
「刺青を消すことは?」
「不可能だ。あれほどの皮膚を取り除けばリグは助からん。何より途中で魔力の流れが断たれる」
「確かに厄介ね」
また2人は口を閉じる。
「刺青を書き足して魔力を流せないか?」
「成長の度に書き足すの? 出来なくはないけど数年経つと入れ墨を書く場所が無くなるわ」
「確かにな」
専門家同士だからこそ答えは最初から出ていた。
それでも念のために意見を出し合ったが……最初からそれしかないのだ。
「そもそもの質問だけど、出来るの?」
「……可能か不可能かで言えば可能だ。人の皮膚は無くなっても新しく出来る。ただその傷口が化膿などすると厄介だがな。問題は入れ墨を保つことは出来るのか?」
「多少の小細工なら後付けでも出来る。リグに少し入れ墨を増やすことになるけど……それは成長してから足せば良い。後で術の式を書いておくわ」
「そうか」
頷く相手を見て、アイルローゼはティーカップの中身を空けた。
「一番楽なのはあの子を見捨てることだけど?」
その顔に笑みを浮かべて告げて来る相手に、キルイーツは苦笑いを浮かべる。
「面倒臭いからと言って捨てるなら最初から拾わんよ。私が出来る限り手を尽くそう」
「そう。ならあの子に言っておきなさい」
「何をだ?」
立ち上がったアイルローゼは軽く欠伸をしてみせる。
「定期的に私の所に来ること。術の式に歪みが見えたら処置は任せるわ」
「分かった。……手間をかけるな」
「良いわよ別に」
軽く背伸びをして、彼女は告げる。
「面白い術の式を見せて貰ったんだもの……そのお礼はしないとね」
(c) 2019 甲斐八雲