軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

人以外は居たのか?

「少しは臭いが取れたみたいだな」

「お戻りですか」

「ああ」

近衛団長の執務室中に溢れかえっていた男臭さと鎧の油の臭いは、留守中の換気で幾分かマシになっていた。ただ室温の低下は凄まじく、事務担当の双子が肩を震わせペンを走らせている。

軽く腕を擦り出迎えたコンスーロは、腰かけた主と机を挟んで反対側に立った。

「陛下からは何と?」

「謹慎は解かれたが……しばらく真面目に事務仕事をやれとのことだ」

「つまり外出し、余計な騒動を起こすなと言うことですか」

「……主人に対して遠慮を知らない奴だな?」

頭を掻いたハーフレンは副官にそう告げる。

彼は喰えない笑みを浮かべ軽く肩を竦めてみせた。

「この齢になって1つ学んだことがあります」

「何だ?」

「はい。馬鹿はした者勝ちだと言うことです」

「言ってろ。全く」

自身がやったことを思えば何の反論も出来ない。

ハーフレンはチラリと机の上を見つめ、今日は随分と仕事がない事実に気づく。

「いつもより少ないか?」

「いいえ。多分弟君の元に届けられているのでしょう。明日になれば今日の分と一緒に」

「つまり現実を忘れるなら今日だけと言うことだな」

早々に仕事をする気を無くし、ハーフレンは椅子を蹴って立ち上がった。

「何処へ?」

帰り支度を始める主にコンスーロはため息交じりで問うた。

「……少し馬で王都を見て回ってから考える」

「ご理解して頂いていると思いますが」

「分かっている。これ以上の我が儘は許されないことぐらいな」

「ならお気をつけて」

「おう」

言って冬用の外套を纏った王子を見送り、コンスーロは息を吐くと執務室に据え付けられている棚から『本日分』の書類の山を取り出した。

「2人共。無理をせず仕事の区切りが良い所で帰りなさい」

「ですが」

「良いのですよ。今日ぐらいこの爺が無理をすれば」

笑って主か使っている机に書類の山を置いた彼は、蹴り飛ばされた椅子を元の位置に戻して座る。

「それに私には帰ってもやることはありませんから……今日は日が沈むまでここで過ごしましょう」

「分かりました」

頷き返した双子の姉パルは、自身の仕事を出来るだけ早く片付けると……妹と2人で彼の仕事を手伝い。どうにか日没が過ぎてだいぶ経ってから帰宅することが出来たのだった。

特に何も考えずに城を出たハーフレンは、馬に乗って城下をゆっくりと進んでいた。

と、一瞬馬の背のバランスが崩れたがすぐに戻る。

「勝手に出歩くな馬鹿」

「ミシュか。馬に乗りたくなっただけだ」

「悪くは無いが、どこぞの馬鹿はあの洞窟で女に乗っていたと上司から聞いたぞ?」

背後に生じた小柄な重さを感じつつ、『見られたか』と頭を掻きながらハーフレンは苦笑した。

「半々だな。アイツも俺に乗ってたしな」

「どんな惚気だ! 私は絶賛乗れないし乗られてないわっ!」

ひと通り相手が人類の大多数を敵に回すような文句が言い終るのをハーフレンは待つ。

今にして思えば彼女の腹の子は本当に無事なのか心配になるほど激しくし過ぎた。あれだけのことがあったから歯止めが効かなかったのが原因だが。

ただ弟が言うには『心音が聞こえるから生きてるっぽいよ』と……どんなカラクリで得た情報か聞きたくなったが。

「で、報告か?」

「ですよ。人は居なかったよ。だ~れもね」

『人は居なかった』と先に言った以上は、何かしらの意味を持っての言葉だろう。

ハーフレンは長年の付き合いから完璧に近い質問をした。

「人以外は居たのか?」

「死体さんが結構な数かな~。家畜やドラゴンもね」

ハーフレンの背中を壁替わりに寄りかかり座るミシュは、何となく空を見た。

「感じ的には、私たちが来る前に逃げ出したって様子だった。結構な数の書類は押収できたからコンスーロのオッサンはしばらく掛かりっきりだろうね」

「仕方あるまい。それがアイツの仕事だ」

あっさりと副官に厄介なことを回すことが本人不在で決定した。

「私はもうドラゴン退治が本職なんだけどね」

「言ってろ」

呆れつつハーフレンは軽く馬の腹を蹴って歩みを速めた。

余程特殊な能力を持つ者でなければ2人の会話を聞くことなど出来ないと判断しての行動だ。

「簡単な報告だけ聞かせろ」

「ほい。多分数は20人くらいかな? 当人たちを調べられなかったからその実力は未知数。ただ一緒に行った魔法使いのイーリナは、転がっている死体を見て『人体の構造に詳しい人に一度見て貰った方が良いかもしれない』と言ってた。一応怪しい死体は保存して輸送中」

「そうか」

ハーフレンはまた 医者(かれ) に仕事を頼むことが少なからず引っかかった。彼の本業は医者であり、人の命を救うことだからだ。それなのに検死のような仕事ばかり頼んでいる。

「で、あの施設……情報元はアルグスタ様?」

「違う。密告だよ。手紙が置かれていた」

隠すようなことでも無いのでハーフレンは正直に告げる。

自身が留守と言うか、謹慎の為に近寄れなかった執務室の机の上に置かれていた手紙。

それを発見したコンスーロが目を通し、急いで少数精鋭による襲撃部隊が組織された。陣頭指揮を執ったのは現役最強の暗殺者……つまりミシュだ。

「それで密告通り、その施設は?」

「造りとかは隊長が居た場所に似てたね。ただどちらかと言うと、今回の方が始末に負えない感じがしたけどね」

「そうか」

ノイエの居た場所も大概だったが、それ以上となると……最悪かもしれない。

「詳しい報告は本隊の帰りを待って聞いて頂戴。ただ……巧妙に隠蔽されてたけど、誰かが私たちの前に忍び込んで資料を漁った形跡があったよ」

「帝国や共和国なら厄介だな。それも今後の調査待ちか」

「だね」

うんと唸ってミシュは背伸びをした。

「流石の私も疲れたから、風呂入って寝るわ」

「分かった。ご苦労」

「へいへい」

背中に感じていた体温が消えたのを感じ、ハーフレンは馬の足をゆっくりにした。

「さて……何処に行くか」

行く宛の無い彼は、しばらくそのまま馬で王都内を見て回ることとなった。

流石にこの扱いはどうかとフレアは思った。

麻袋の中、外からふざけた夫婦の耳を疑うような会話を聞きながらだ。

自分が色々と失敗をして色んな人に迷惑をかけた自覚はある。今生きているのも上司であった彼のお陰だと理解している。それでも身重の自分をロープで拘束して荷物のように運ぶのは……文句の1つも言って良いはずだ。何よりあの夫婦はちゃんと言わないと理解してくれない。

どうやら移動が終わったのか、フレアは自分の足が地面に付いていることを感覚で把握した。

麻袋が取られ、猿ぐつわが取られた時点で口を開く。

「アルグスタ様! いくら何でもっ」

「元気そうですねフレア」

目隠しが外されフレアはそれを見た。決して逆らってはいけない化け物をだ。

黒い喪服のようなドレスを身に纏ったスィークと言う存在を見て、フレアは黙って縛られた状態のままで両膝を地面について相手に深々と頭を下げた。

「私はどうなっても良いので、お腹の子は……」

「何を勘違いしているのか知りませんが、その心意気はちょうど良かったです」

「はい?」

この場での処刑は無さそうだと知り、フレアは恐る恐る顔を上げた。

スィークと言う名の人外が、薄く薄く笑っている。

「早速貴女には色々と恩を返して貰いましょうか。その体で」

やはり今日が命日なのかもしれないと、フレアは心底思った。

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