軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

私らしくないわね

「先生……アイルローゼ先生! ああ……ああっ!」

「……」

ミローテが屋敷まで行って連れて来たソフィーアを見て、師であるアイルローゼが思ったのは『連れて来ないでよ』だった。

泣き叫び半狂乱でただ事で無い状態の少女を前にして、自分は無力だと理解していたからだ。

替わりにフレアが駆け寄って泣き続ける彼女を優しく抱き締める。

背中を擦り『泣いて下さい』と言っている様子は場慣れしているようにも見えた。

事実王妃の屋敷で孤児たちの相手を務めているフレアは、一種のパニック状態に陥り泣きじゃくる子供の相手など数えきれないほどやって来ている。

学んだことは泣き止ませようとしないこと。人は泣くように出来ているのだから気が済むまで泣かした方が良い。だからこそ泣く場所を提供して泣き疲れるまで泣かせるのだ。

「先生。ご家族からこれを」

「……」

流石にこんな状態のソフィーアを連れて来たことに後ろめたい気持ちのあるミローテだが、彼女にも言い分があった。その理由が家族から渡された手紙だ。

彼女の家族は泣いている我が子の相手をしていられない状況に陥っていたのだ。

受け取った手紙を開いて一瞥した魔女は……いたたまれない気持ちになって目を閉じた。

「最近帝国の手によってアルーツ王国が併合されて占領されたのは知ってるわね?」

「はい」

泣き疲れソファーで眠るソフィーアの様子はミローテに任せ、アイルローゼはたぶんこの手の話に詳しいであろう弟子と向かい合っていた。

何せ彼女はこの国の中枢……王妃の屋敷に半ば暮らしている。詳しくない訳が無いのだ。

「帝国の一部がブシャールに攻めて来たのは?」

「話だけですが聞いてます」

「そう。なら彼女の許嫁がそのブシャールに居て、討ち死にしたのは?」

「……初めて聞きました」

男性の名前を呼びながら泣いている様子から何かあったのだろうとフレアは察していた。

だがそれは言いたくは無いが、覚悟しておかなければいけないことだ。

愛する人が戦場に出るのは止められない。だからこそフレアは魔法を学んでいるのだ。彼を護る為に。

と、アイルローゼは手紙をフレアに向けて放り投げる。

受け取った少女は師の許しを得て開いた。

許嫁の同僚から送られて来た手紙には、事細かな詳細が書かれていた。

たぶんこれは家族に宛てた物でソフィーアに向けた物では無かったのだと内容から理解出来る。

そうで無ければ惨たらしく遺体を切り刻まれた事柄など書く必要も無い。

「それを見せられて……貴女なら耐えられる?」

「……無理です」

「つまりそう言うことよ。彼女はもう無理かもしれないわ」

疲れた視線を壁に向け……アイルローゼは壁越しに寝かされている少女のことを想った。

あのように泣きじゃくる様子から許嫁のことを嫌ってなど居なかったのだろう。

目の前の少女のように兄妹のように育ち、結婚することが当然のことと思い過ごして来た。だが現実を目の当たりにして彼女は心を壊したのだ。

心の衰退は魔法を使う者にとって弱体化を意味する。

知らず知らずに自身の心が魔力に対して制限をかけて全力を出さないようにする。

「先生」

「なに?」

「……彼が言ってました。たぶんこれから帝国が攻めて来るだろうって」

「でしょうね。それに北東では共和国が台頭して来ていて……近いうちに攻めて来るかも知れないわ」

「……」

ギュッと唇を噛んで俯く少女にアイルローゼは優しげな目を向けた。

「心配?」

「はい」

「何が?」

「……彼のことがです」

フッと笑い……アイルローゼはフレアを見た。

たぶん目の前の少女は、恋愛に関しては自分より先輩だと理解した。

「護りたい?」

「はい」

「命を懸けても?」

「この命で救えるなら」

「良いわ。その迷いの無い返事……悪くない」

軽く頷いてアイルローゼは自分自身の胸の内で深く深く問うた。

『争いを無くすには?』

そんなことは決まっている。古来より繰り返された方法だ。

「フレア」

「……はい」

「ミローテと2人でソフィーアをお屋敷に届けなさい。もし彼女が『帰りたくない』と言うのであれば、寮の方に部屋を手配して」

命じて魔女は弟子たちを研究室から追いやった。

ゆっくりと歩いて壁を叩く。開かれた隠し扉の向こうに封じられている本を手にした。

「私らしくないわね。こんな理由でこんな物の研究をするだなんて」

だが『する』と決めた。

理由など簡単だ。可愛い弟子が泣かされた……それだけだ。

自身で禁書としていた本を開き、手書きの研究資料に目を通す。

子供の頃に一度だけ考え研究した魔法……分解と崩壊。

この研究の行きつく先は希望では無く絶望だ。

それは個人を壊すのではなく世界を破壊する意味での絶望だ。

不可能魔法に挑む医者のように、王族の娘のように、自身もまた魔法の深淵を覗き込むのだ。

対象が世界なだけにこっちの方がよほど始末に負えないが。

「治療も再生も……結局は終着点の無い魔法。だから始祖はそれらの研究が出来ないように魔法に制限を設けた。望めば望むだけ終わりの無い研究なんて絶望でしかないのだから」

クスリと笑いアイルローゼは自身の研究に改めてペン先を当てた。

「でもこの魔法はただ絶望を生み出す為の禁忌以外何物でも無い……終末魔法」

きっと自分は名を残す魔女となるだろう。

最低で最悪の魔法を作った者として……歴史に名を残す。

それでも良い。それで戦争を終えられるのなら汚名などいくらでも被る。

「私が終末魔法を作りこの戦いを終わらせる。ユニバンスを攻めれば国が亡ぶと知って攻めて来る馬鹿は居なくなるはず……それに賭けるしかない」

あたかもそれは核兵器を持つことで他国から攻め込まれなくすると発想に等しい。

だがアイルローゼが独り善がりな独裁者たちと違うのは、その研究成果を国王に報告したことにある。

これ以降彼女は……終末魔法の研究を誰にも気づかれないように進めた。完成するその日まで。

(c) 2019 甲斐八雲