作品タイトル不明
よくある家名だ
「紅茶で良いかしら?」
「……はい」
メイドの手を借りず注いでくれた紅茶をフレアは口に運ぶ。
本来なら自分がやらなければいけないのだが、『お姉さんに任せなさい』といつもの目で見られ言われたら逆らえない。借りて来た猫のような状態で椅子に座っていた。
「私が怖い?」
「えっ?」
「知ってるわよ。貴女が私のことを怖がっているって」
「……」
机に頬杖をつき手に顎を乗せてグローディアはフレアを見つめる。
全体的にまだ成長過程の女の子だ。ただ自分の元に届いている報告書では才能の高さが伺える。だからこそ"彼女"の研究室に送られたのだ。
「感受性の高い魔法使いは大成するそうよ。良かったわね?」
「……」
「そんなに怖がられると流石に傷つくんだけど?」
「ごめんなさい」
「良いわよ」
苦笑してグローディアはカップに蜂蜜を垂らす。
「周りから研究に取りつかれた女とか、根暗とか、引きこもりとか色々と言われてるのは知ってるしね」
「……初めて聞きました」
「……」
墓穴を掘ったグローディアは、コホンと咳払いをして今一度相手を見る。
新年を迎えて確か9歳となったはずだ。だがどこかおかしい。齢の割には確りしている。
「フレアって9歳よね?」
「はい」
「……飛ばした?」
「……」
沈黙が答えだった。
こればかりは相手が悪いのではないのでグローディアとしては彼女を責められない。責める理由も無い。飛ばしと呼ばれる詐称行為は、王族や貴族でも当たり前に使われる。特に娘は若くて成熟している方が好まれると言う理由から良く行われるのだ。
この世界では新年に全員が1つ歳をとる。
生まれたばかりの子供は、生まれた日より後に来る新年から齢を加算し始める。この時にちょっとした偽称行為が行われることを世間的に『飛ばし』と言う。
つまり四月に産まれた子供は次の新年で『1歳』となる。だがそこで加算せず翌年に持ち込んだら?
年末に産まれた子供には多く行われる行為であるが、貴族たちの間では10月に産まれた子供でも飛ばして1年以上経ってから『1歳』とすることもある。逆に男子は早く一人前になる方が良いので『戻し』と呼ばれる行為も行われる。生まれた日から遡って『1歳』とするのだ。
「で、フレア?貴女はどれぐらい飛ばしたの?」
「……半分ぐらいです」
「大胆ね」
言われてフレアは顔を真っ赤にした。
全ては子を想う母親の優しさなのだ。
『女は少しでも若い方が良いの』と言って母親のフロイデは我が子の齢をあっさりと飛ばす。
何の迷いも無く生後半年過ぎた我が子の齢を誤魔化したのだ。
「普通なら10歳ってことか。人によってはあの日も始まるし……納得したわ」
「……」
増々顔を赤くして、フレアは小さくなっていく。
そんな少女を見つめて、『仕返しはこれぐらいで良いかな』っとグローディアは笑った。
「その秘密を黙っててあげるから……1つ私のお願いを聞いてくれるかしら?」
「お願い?」
「ええ。これを貴女の先生に見せて欲しいのよ」
準備しておいた手紙を取り出し、グローディアはそれをフレアの前に置く。
恐る恐る受け取った手紙をフレアは見つめた。
王族の印で封蝋された手紙だ。恐れ多い存在に自然と唾を飲み込む。
「それを届けて欲しいの。内容は私が考えた魔法式よ」
「……分かりました」
師であるアイルローゼの元には毎日のように数多くの問い合わせが送られてくる。
どれもが今ある魔法式に毛ほどの付け出しをした作品ばかりで、飽き易い彼女は最近ではミローテに判定させて残った物しか見ない。
唯一例外は押し入って来るキルイーツと言う人物ぐらいだ。彼との語らいを何処か楽しんでいるアイルローゼは表情が和らいで見える。ただ何故か最後は本の角で殴りつけているが。
自分が持って行く王族の印付きならばきっと見てはくれるだろう。
内容次第では発狂しそうな書き取り問題を押し付けられそうで怖いが。
と、紅茶を飲んでいたグローディアの手が止まった。
まだ手紙を見つめ、何やら内心で葛藤している様子の相手を思いやる気持ちぐらい彼女は持っている。
「私のお古で良ければ……今度魔法書を貴女にあげるわ」
「……本当ですか?」
「ええ。だからその手紙お願いね」
「はい。でも先生は……自由な方なので、返事は期待しない方が良いと思います」
「ああ、それを悩んでいたのね。早まったかしら」
「はい?」
「何でも無いわ」
多くあげ過ぎる形となる報酬は後日別の形で回収すると決め、グローディアは軽くウインクしてフレアが手にする手紙を見つめた。
「アイルローゼが噂通りの天才で趣味の人なら……たぶんその手紙の内容に興味を抱くはずよ」
「……」
「だから大丈夫。貴女は気にしないでそれを渡してくれれば良いわ」
「分かりました」
言葉の意味など深く考えずにフレアはそれを受けた。
仮に内容を知っていたのならば……彼女はどんな反応を示していただろうか?
だがその手紙はフレアを通じて稀代の天才の手に渡ることとなる。
「何処触ってるんだよ~。この変態が~」
「腹だな。触っていると言うか抱えているな」
「離せよ~。空腹で動けないわたしに何する気だよ~」
「あ~。ほらあれだ。空腹で弱っている犬とかって拾って餌をあげたくなるだろう?」
「ってわたしは犬かっ! さてはこんな可愛い美少女を淫らな雌犬にっ!」
「相手ぐらい選ぶぞ? まあ拾ったから飯ぐらいは喰わせてやる」
「……お腹いっぱい?」
「好きなだけ」
「……このまま抱えることを許してあげよう!」
「偉そうだなお前?」
「あん? このミシュエラ・フォン・エバーヘッケは貴族様の娘だぞこらっ!」
「そうか。俺はハーフレン・フォン・ユニバンスって者だ。貴族では無いがな」
「……そんな家名の有名人を知ってるんだけど?」
「気のせいだろう? よくある家名だ」
ある意味この2人は通常運転だった。
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