軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ハフ兄様の魔法使いになる

「あら? どちら様でしょうか?」

「初めまして王妃様。自分はハーフレンと申します」

「ハーフレン? んん? 聞いた記憶が……んん?」

傾げる首の角度がだいぶ鋭角になる。

「ご無理なさらないで下さい。これから良くお会いするので覚えて頂ければ幸いです」

「そう? もうちょっとで出そうだったんだけど……」

舌を出して少女のように自分の頭を軽く小突く。

二児の母でありそこそこのお年の女性がするには痛すぎる動作だ。

だが彼女の記憶は日々少しずつ失われているらしい。まるで何かに蝕まれるようにジワジワと。

あの出来事の当初は明確にあった記憶が、日々を過ごすことによって失われて行く。それに気づいたのは毎日のように見舞いに来ていた従姉だった。

会話が噛み合わない……それに気づき調べた結果が記憶の消失だ。

故に王妃の最近の趣味は日記を付けることと、自身が書いて来た日記を読むことだ。

元々趣味として日記を付けていたラインリアではあるが……王妃になってから色々と忙しくなり、彼女は日記を付けることを止めてしまっていた。

結果として、結婚し新婚であることまでは日記で確認出来たが……それ以降は書かれていないのだ。

彼女は本当に忘れていた。

目の前の我が子の存在を。その名前すらも。

「それで……そちらの小さな子は誰でしょうか? んん?」

「フレアです」

「フレアちゃんね」

「はい。フレア・フォン・クロストパージュです」

「クロスト……フロイデの妹さん? フレアなんて子は居たかしら? あれれ?」

頬に指をあてて彼女の首がまた傾いて行く。

そんな様子を息子でハーフレンはいたたまれない気持ちで見つめることしか出来なかった。

二人がメイド長に案内されたのは屋敷の中庭の一画だ。

自然光が差し込む緑豊かな中庭……その一角に彼女はいつも居るのだ。

足を動かして歩くのが苦手になったラインリアは、普段から椅子に腰かけて生活を送っているから。

「王妃様。お客様を立たせたままと言うのはいかがなものでしょう?」

「あらら? ごめんなさいね。どうぞどうぞ」

「もう少し威厳をお持ちください」

「……」

と、手招きする王妃に、まだ現実を受け入れられないハーフレンが歩み寄る。

顔を近づけて来た彼女は彼の耳元で囁いた。

「スィークって本当に煩いのよ」

「ゴホンっ」

「……でも良いメイドよ。うん本当に」

取って付けた言葉を発し、ラインリアは不快な汗が浮かぶ顔を手で仰いだ。

やれやれと呆れた様子を見せるメイド長は、二人を椅子に座らせると飲み物を仕度し、何かあれば駆け寄れる距離に立った。

「フレア……フレア……ああ! 確かそんな名前の書類にサインしたわね!」

「ええ。良く思い出しました王妃様」

「凄いでしょ! これでも私の記憶力は凄いんだから!」

本当に愉快そうに手を叩いて喜ぶラインリアの様子に……従姉の手紙が途絶えた理由を察した。

見てて辛くなったのだろう。そして自分の存在を忘れられて耐えられなくなっただろう。

フレアの母親であるフロイデから聞いた話では、従姉であるグローディアは自身の母親に疎まれていた節があった。

魔法の才能を受け継いだ"男子"であれば、ハーフレンの兄であるシュニット以上の評価を得られるかもしれない。そうすれば王位継承権がどんなに上位であっても臣下からの強い要望で王位が替わる可能性もあったからだ。

だが彼女は娘として生まれた。次に産まれた子も娘で、その次は男子であったが魔法の才は無かった。

母親であるマルクベルも齢を取り妊娠出産が難しくなっているらしい。

それだったら余計な野心を持たなければと思うが、グローディアと言う成功例があるだけに諦められないのだろう。

だから母親の愛情に飢えていた少女は、叔母であるラインリアに懐いた。

ラインリアを『母親』のように慕い、ハーフレンも彼女を『姉』と呼んで慕った。

全てはあの時のせいで狂ったのだ。

「……フレアちゃんは魔法が使えるのよね?」

「はい」

「お姉ちゃんが推薦したんだから、しっかり学んで凄い魔法使いになるのよ」

ハーフレンが自身の思いに沈んでいる間に、妹が母親に掴まり人形となっていた。

フレアも相手が誰かを理解しているのかいないのか……だいぶ曖昧だが、それでも素直に抱かれて頬擦りされているから助かる。

「フレアは……すごい魔法使いになりたくない」

「あら? ならどんな魔法使いになりたいの?」

「……ハフ兄様の魔法使いになる」

「あらあら~」

何故か興奮気味な母親の視線を受けてハーフレンは苦笑した。

「君ってばこんな幼い子をもう手懐けているの? ダメよ~。子供は純粋なんだから直ぐに染まっちゃうのよ? 私も毎晩愛されてすっかり彼の」

「王妃様。その口を塞いでください」

「……ちぇ」

メイド長の注意に王妃は渋々従う。

だがその興味はフレアに向いたままで彼女を離そうとしない。

まるで我が子を慈しむ母親のように……そんな二人を見つめるハーフレンの視線にラインリアは気付き柔らかく笑う。

「私って記憶に無いのだけれど、事故に遭ったらしいの」

フレアを愛でながらラインリアは口を開いた。

「ここの中身が無くって子供を作れないそうよ。でも二人産んでいるって周りが言うのだけど……全く自覚も記憶も無くてね。でもお腹の傷を見ると『あっ本当だ』って納得するの」

幼い少女のお腹に手を当てて彼女は寂しく笑う。

「私はもう子供を作れない。それに毎日少しずつ記憶も失っていく。

いずれ全て忘れて……私は人じゃ無くなるの。正直怖くて仕方ないわ」

フレアの頬を撫でて慈しむその姿は彼女が母親だと物語っている。

だが記憶は無く、残っている物も消えて行くのみなのだ。

「なら……いっぱい笑えば良いと思います」

無邪気だからか……幼いフレアはそう告げた。

「怖いなら笑えば良いんです。いっぱい子供を集めてここで遊ぶんです。きっと楽しいです」

「……良いわねそれ。うん最高ね」

「はい」

フレアの頬にキスをしてラインリアはメイド長を見た。

「スィーク」

「はい」

「あの人にそう伝えて。私はもう産めないけど……これからはここでたくさんの子供を育てるって」

「……はい」

恭しく頷くメイド長の睨みをフレアの代わりに受けたハーフレンは、母親を見て内心笑っていた。

彼女の本質はやはり母親なのだ。

あの日……自分を庇い護ってくれた優しい優しい母親なのだと。

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