作品タイトル不明
ちっが~う!
プリプリと怒ったクレアが、イネル君に抱き付いて頭を締め上げている。
薄い胸を顔に押し付けられている彼が若干嬉しそうだから助けてはやらんがな。
「もっと早く助けてくれれば、イネルがこんな怪我しなくて済んだでしょう!」
「だな。でもそのお蔭で君たちは婚約出来た訳ですが?」
「……」
グイグイとその薄い胸を押し付けられてもイネル君は痛いだけだろうに?
あれで喜びを得るとは……安すぎるぞイネル君。胸は適度な大きさが一番だ。
「まあ痛い思いをした分は、それ相応に後でお詫びしましょう。
ちなみにヒューグラム家はクレアとの結納に関する資金不足で我が家に借金を申し込んで来ましたが……はいクレア君。どのような態度が正しいでしょうか?」
「む~っ!」
怒ってイネル君に抱き付きを継続したまま彼女は不満を飲み込んだ。
「アルグスタ様」
「ほい?」
「借金って……どれほどですか?」
クレアの薄い胸越しにイネル君が蒼い顔して見つめて来る。
「それね。今頃その金額を次期国王陛下と話しているはずです。
たぶん結納以外にも、領地運営で必要な当面の資金も上乗せするようにお兄様から言われて焦ってるんじゃないかな?」
「……」
クレアは感情的になり過ぎているけどイネル君の方はまだ冷静だ。
薄いおぱいの感触でその腫れた顔は嬉しさで固定したままだけど。
一度椅子に座り直して改めて2人を見る。
「国王陛下……僕の父親の方だけど、前からヒューグラム家の待遇に頭を悩ませていたんだ。
その『忠臣』と言う称号のお蔭で厚遇すると他の貴族が良い顔をしないし、何より永遠に上級貴族なのも面白く無いらしい。だから今まで小さな領地しか与えられなかったけど、今回東の大貴族様であるクロストパージュ家と婚姻関係となるから、お嫁さんの実家から小麦などを送れるようになる。
借金で得た資金を使って農地の改良も進めば生活は多少安定する。
はい色々と問題解決です」
大人って汚いと言うか、建前がある都合……こんな回りくどい手しか使えないんだけどね。
「でもそうなったらヒューグラム家は借金を」
「抱えるね」
その部分は誤魔化さずに伝えないとね。今後のヒューグラム家を背負うのはイネル君なんだし。
「ただ貸し付け条件としてベッドの上で抱き合っている2人が担保として僕の預かりになります。これからはどんな辛い仕事でも文句を言わずに働きなさい」
「何よそれっ!」
「これが大人の汚い世界なのだよ」
クククと悪役チックに笑うと、クレアが本当に悔しそうな顔をする。
「君たちが頑張って働いている間は無利子で貸し続けます。子供でも出来る頃には領地の改良も進み収入は増えているだろうから、そこから少しずつ返してくれれば良いからさ」
「「……」」
「痛い思いをした甲斐はあったでしょ?」
面白くなさそうにクレアが拗ねているが、イネル君はこっちの気持ちを察したのか頭を下げようとして抱き付いている相手を押す形になる。
コロンと転がったクレアの下着は黄色でした。
「だからそう言うのはもっと大人になってからね?」
「ちっが~う!」
スカートを押さえて顔を真っ赤にしてクレアが吠えた。
「我を知っているのか? 否……王妃と同類だと?」
ローブを裂かれた男はメイドを睨みつつも背後に居る存在にも気を向ける。
強い風でも吹いたら倒れてしまいそうな王妃は、その顔に笑みを宿し2人の様子を見つめている。
「どうやら確認しなければいけないことが増えたらしいな」
「ええ。それはこちらとて同じで御座います」
本気スイッチの入ったメイド長が動く。
圧倒的な速度は、瞬間移動にすら見せる。それが彼女の持つ能力だ。
魔法でも術式でも祝福でもない。ただ自分の身を鍛え上げて養った身体能力の結晶だ。
容赦の無い剣先は迷うことなく相手の急所を穿って来る。だがその攻撃を受ける男はニヤリと笑い……メイドが繰り出す剣を真っ向から握り止めた。
「こんな刃物がドラゴンの皮膚を破くことなど」
「はい。出来ません。ですからその隙を待っていました」
踏み込んで放たれた掌底。
スィークの渾身の右が相手の腹を穿ち、その衝撃が全身を走り回る。
ゴボッと塊の血を溢した男は一歩二歩と後退する。
「刃を通さない皮膚でも衝撃は抜けるのです。流石にドラゴン相手にこんな技は使えませんが……相手が人ほどの大きさなら躊躇せずに使えます」
「貴様っ!」
「ええ。わたくしはこれでもメイド長。敬意を持っていただけると幸いです」
薄く笑うメイドに戦慄し、男はそのまま後退を続けると体勢を変え王妃に向かう。
せめて自分と同じらしい存在を……そう思っての行動であった。
「あら?」
掴みかかって来る男の手を王妃はひらりと避ける。だが彼の手がラインリアのヴェールを掴んだ。
「本当に" 竜人(どうぞく) "か」
「失礼ですよ? 女性の顔に手を上げるだなんて」
少し怒って王妃は頬を膨らませる。
咄嗟に助けに向かったメイド長は、全力で回避姿勢に移行した。
ドゴンと大地が揺れ動き……男が地面に突き刺さるようにめり込んでいた。
「この体に触れて良いのは家族だけですからね」
『めっ』と悪戯をした少年に注意するかのように振る舞う王妃。
自分が周りから恐れられていると自覚しているメイド長ですら……その様子を見て『化け物』と王妃のことをそう思っていた。
「……ふざけるなっ! 何だその力はっ!」
余りの衝撃で両腕の骨を砕かれた男が、地面の底で起き上がり王妃に向かい吠える。
だが相手との実力差は段違いにかけ離れている。それにあのメイドも強い。
「仕方ない。我が本当の力を見よっ!」
両腕を振り上げ彼は吠えた。
衣服が内側から盛り上がる肉で弾けその姿を見る見る変えていく。
人の形からドラゴンへ……だがそれは最後まで見れなかった。
「気持ち悪いです」
その苦情だけで男は再度全身に衝撃を受け、消滅してしまった。
余りのことにメイド長が主を見る。
余りのことで王妃は全力で吹けない口笛を吹いた。
「王妃様?」
「……だってあのブヨっとした感じが、うにょ~っと動くのを見るのが生理的に無理だったんですもの!」
「だからって貴女の呪いを解く鍵を握る者を……木っ端微塵にしなくても」
「それは……ごめんなさい」
素直に謝る主に、メイド長はやれやれと肩を竦めた。
「まあ良いです。お屋敷に急いで戻ります」
「どうして?」
「お忘れですか? この国には最強の存在が居ることを」
スタスタと主に近寄りメイド長は相手を抱き上げる。お姫様抱っこの形だ。
「ノイエが来る前に逃げます」
「は~い」
フッと姿を消したメイド長から遅れることしばらく、ドラゴンを殴り飛ばして急行して来たノイエは……陥没した地面がある丘陵に立った。
「もうゆるし……ひひ……」
背負う荷物がドラゴンの牙とかすってから笑い出すようになったので、ちょっぴり危険を感じて少し丁寧に向かってきたせいで普段より遅い到着だ。
だが何も誰も居ない場所を見渡し……首を傾げると、ノイエはまた新しい獲物を求めて移動した。
(c) 2018 甲斐八雲