作品タイトル不明
私だって……本当は……
「分かった。明日やる」
「だからやらなくて良いからね?」
「……はい」
握っていた拳を渋々解き放って、ノイエがペトッと僕の方に凭れ掛かって来る。
本当に可愛い生物です。そして僕のお嫁さんです。ありがとう神様っ!
「でも流石にちょっと言い過ぎたのかな~」
「?」
「フレアさんには婚約者さんが居るんだから、そのことを無視して『たられば』なことを言うのは失礼だよね」
「……はい」
今絶対にとりあえずで頷いたな?
でも本日は痛い思いをした分ノイエに甘えると決めていたから良いんです。
今はノイエが存分に甘えるが良い。だが帰宅したら今宵は僕が存分に甘えてやる。
「アルグ様」
「ん?」
ノイエの潤んだ瞳にドキッとする。
「……何でもない」
思わせぶりな感じで振っておいて……ノイエさん。いつの間にそんな高等技術を!
気持ち愛馬のお腹を軽く蹴って速度を上げるように促してみる。
決めた。明日はズル休みしても良いから今夜はノイエに甘えまくろう。
提出する書類を確認し、それ以外の雑務をこなしてフレアは女性騎士専用の寮へと戻る。
鍵を開け部屋の中に入りまずはため息一つ。毎日同じような仕事の積み重ねとは言え、今日も今日とて色々と問題は発生する。一応ルッテに仕事を振り分け覚えさせているが、彼女は元々隊長であるノイエの監視役だ。そう思うと今年の年末に執り行われるであろう儀式で、新しい祝福持ちが発見されることを期待するしかない。
(見つかっても戦場で使える『祝福』じゃないと軍では勧誘出来ないんだったわね)
疲労からか思考が停滞していると気付き、軽く自分の頬を叩いて目を覚ます。
夕飯に軽くワインを飲んだのが良くなかったのかもしれない。何と無くワインの香りが今も……
「何で居るのよ」
「飲む?」
部屋に据え置きされているテーブルの上につまみを並べ、小さくて薄い同僚がワインを楽しんでいた。
「どっから入ったのよ」
「え~? 普通にそこのドアから」
「鍵は?」
「ん~。これでちょちょっと」
腰から謎の金属線を持ち出しミシュがそんなことを言い出す。
流石は元王国一の便利屋だ。追跡者であり、暗殺者であり、諜報員。何でもこなす彼女は"ユニバンスの猟犬"と恐れられた存在だ。
怒るのも馬鹿らしくなって、フレアは彼女と向かい合うように座る。
空のカップを相手に差し出しワインを注いで貰ってつまみであるチーズを口にする。
「それで何よ?」
「いや~。1人の夜が寂しくて誰か良い相手でも居ないかと」
「影に抱かせて沈めるわよ」
「冗談の通じない痴女だな~。欲求、不満してる?」
無意識に左手を背中に回しフレアはそれに気づいた。
自分専用の術式は仕事が終わった時に外して荷物と一緒に小さな玄関に鞄と共に置かれていた。
「ふっふっふっ……今なら勝てる!」
「……術式があっても貴女相手なら五分五分でしょうね」
素直に認める。
どんなに馬鹿で残念なミシュでも、あの事件の時に師であるアイルローゼに単身突撃して無力化させたのだから。
「それで本当に何しに来たのよ?」
「ん? たまに飲みたくなった……とか」
「あっそう」
正直に言う気が無いらしい相手に付き合うのも疲れるので、フレアはちびちびとワインとチーズを楽しむ。
「……こんな風に2人で飲むのって、確かルッテが来て以来かしら?」
「だね」
「……あの隊長を預かった時なんて毎晩のようにだったけど」
2人して苦笑染みた笑みを浮かべる。
上司であったハーフレンに連れられやってきた少女は、色んな意味で真っ白な少女だった。
自分では何も出来ない……ただドラゴンの知識と殺戮にのみ特化した存在。上司から『まっ頑張れよ』と丸投げされ、それ以降未婚の2人が毎晩のように話し合い彼女の教育方針で揉めに揉めた。
「結局フレアの意見を尊重して、隊長を清純派にしたのは正解だったけど……」
「貴女の意見を取り入れて野性味溢れる存在にしてたら、貴族たちから何て言われていたか」
「そっちの路線も楽しいと思ったんだけどな~」
楽しいつまらないで大陸屈指のドラゴンスレイヤーを弄ぶなと言いたくなる。
それから2人は最近の愚痴を言い合い……何より苦労して育てたのにさっさと結婚してラブラブな" 隊長(むすめ) "への愚痴は止まらなかった。最終的にはルッテの胸に対する不満で終わる。
ワインとチーズを粗方片付けたので自然とお開きとなる。
軽くテーブルを掃除して部屋を出て行こうとするミシュが、振り返り何とも言えない表情で口を開いた。
「アルグスタ様がハーフレンに『フレアさんを正室にすれば良かったのに』とか言って思いっきり殴られたんだって。スィーク師匠経由の話。
お蔭であの化け物から全力で逃げて回っていたのに呼び出されて……今度あの怪物と遊ぶことになったんだから、今夜のワインとチーズはそっち持ちで良い?」
懐から何やら紙を取り出しヒラヒラと振って寄こす。
フレアは無表情でそれを受け取ると、何も言わず自分の懐にねじ込んだ。
「まっ私は"そっち"に関しては口出しできる程じゃないしね。勝手にどうぞ」
軽い足取りで部屋を出て行き、そして外から鍵まで掛ける器用さを見せミシュは去った。
1人部屋に残ったフレアは……その目から涙をボロボロと溢れさせ、崩れるように床に座り込む。
「私だって……本当は……」
決して言えない言葉の続きを懸命に飲み込み、体を前屈みに崩して全身で想いが溢れ出るのを阻止する。
翌日フレアは体調不良で欠勤し、ミシュが『飲ませ過ぎたか』と笑って彼女の仕事の大半を引き受けたのだった。
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