軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ただの拝借よ

ユニバンス王国・王都魔法学院

先日から何度も生徒たちから報告を受けた寮母は、何回目か思い出せないくらいに傾げた首を元に戻した。

女子風呂の近くで男女の話し声が聞こえるらしい。次いで子供の泣き声だ。

男女の話し声は……場所を選ばない馬鹿者たちの犯行だろうと目星をつけている。けれど問題は子供の泣き声だ。

もしかしたら野良猫が子供を産んだのかもしれない。子猫の声が子供の泣き声に聞こえる時があると言う。

どちらにしても、何度確認しても両方の姿を確認できない。

悪さをした学生に捜索を任せても見つからない。猫が居そうな隙間を捜索させても見つからない。

「幽霊ってことはないだろうしね」

あえて声に出して否定する。

この場所はあの日生徒同士が殺し合った女子寮からは遠い。

本来なら古くなり使い勝手が悪いからと取り壊されるはずだったが、寮の何個かが使用不可能になり、簡単な手直しで使用が継続されることとなった。

作りが古いだけで、この建物の中で殺人が起きたという過去は無い。

「ああ。確かあの魔女の隠れ家って言う噂もあったね……」

少し前に姿を現したユニバンスが誇る魔女が、何かしらの実験で使用していたのがこの寮となっている古い建物だ。

彼女は時折この場所に1人で来ては、こっそりと実験をしていたという。

何の実験かは知られていないが、終末魔法と呼ばれる禁忌にまで手を出したほどの天才だ。普通の実験ではないかもしれない。

考えたくも無いが人体実験などをしていて……嫌なことを想像し、寮母は自分の腕を摩った。

「変なことが起きなければ良いけど……」

1人呟いて寮母は通常の業務へと戻る。

けれど彼女の予感はある意味で正解していた。

現在寮と化しているこの場所に……あの魔女が舞い戻っていたのだ。

可愛い弟子の2人と馬鹿な弟子を1人と、もしかしたら将来弟子になるかもしれない存在を引き連れて。

魔法学院内・女子寮地下

天井に配置された魔道具により、室内に明かりが灯されている。

白昼光だ。この場所で生活していても苦は無さそうだ。

明かりの魔道具を作ったアイルローゼしか知らないが、この照明は魔法学院のとある地下施設にも使われていた。

あの場所は住人に難があったので、照明が在っても無くても問題無かったとも思うが。

「エクレア。もう大丈夫ですからね」

「あ~」

「はいはい」

厳しく躾けることをすっかり忘れ、フレアは全力で我が子を抱きしめていた。

何故ならこの国で有数の強者から我が子を守り抜いたのだ。嬉しさと誇らしさと色々とで今は我が子を甘やかしていたい。

負けたノイエはリベンジに燃えていた。

夫を捕まえて今一度抱きしめ方から学び直している。

「おっぱい」

「だからノイエ。ノイエの胸からは、あむっ」

「出る。出るはず」

夫の口を塞いでノイエは必死に授乳を学ぶ。

結局何も出ないが……当たり前である。

その様子を眺めていたアイルローゼは軽く息を吐いた。

講師兼学生をしていた頃に取り壊し予定だったこの場所の地下に“勝手”に部屋を作った。

一応作ったには理由がある。前線などにこうした部屋を作ることで、将軍などの地位ある者たちを暗殺から守るために……と言う理由を建前にとりあえず作ってみた。

2個目が作られることは無かった。一度作って飽きた。

各種色々な魔道具を使用しているので、本当に大変だし何より土系の魔法で穴を掘れば良いのだ。前線で快適さを求める方が間違っている。

その事実に気づいて『費用に見合う効果なし』と結論出して国に報告した。

で、作った魔道具は全てこっちに運び込み、勝手に地下室を作った。

この上に存在する建物にはある魔道具が置かれている。古い固定式の物で、この場所を取り壊す時は立ち会って移動することを学院長から命じられていた。

自分がこの学院から去ったことで、その魔道具が移動できなくなったのだろう。そうこうしている隙にあの事件が起き……この場所は取り壊すことなく女子寮になっていた。

「もう一度」

「あん?」

「出るから」

「出てから言ってください」

「……」

古い記憶に思いを馳せていたアイルローゼはその声に視線を巡らせた。

夫での鍛錬に飽きたのか、ノイエが復活してエクレアを狙ってにじり寄っていた。

迎え撃つ母親はその表情が狂気に満ちている。抱いている子供に決して見せてはいけないような危ない表情だ。

「あ~。酷い目に遭った」

「自慢のお嫁さんの胸に埋まってたんだから不満無いでしょう?」

「……先生。目が怖いです」

這う這うの体で逃げて来た馬鹿弟子にアイルローゼはきつめの視線を向けてから、しばらく睨んで視線を逸らした。

睨まれ慣れている弟子は、勝手に開いている椅子に腰かける。

「何でノイエはエクレアまで連れて来ちゃうのかな?」

「母親から引き離されたら子供が可哀想でしょう? ノイエはとても優しいのよ」

「あれを見てそれを言いますか?」

「……優しいでしょう? 子供には手を出さないわ」

また争いを起こした2人に目を向けず、アイルローゼはそう言い切った。

「で、先生」

「何よ?」

「この場所って何なんですか?」

「……私の個室よ」

「先生?」

露骨に視線と顔を背けたアイルローゼに弟子である彼がツッコミを入れた。

沈黙の後……耐えきれなくなった様子でアイルローゼは口を開く。

「何もかも忘れて1人で過ごしたくなる時もあったのよ」

「そうですか……それでどうしてお風呂の施設があんなにも充実しているんですか? 天井から降って来るあのお湯の仕組みを教えてください」

「ちっ」

「何故に舌打ち?」

質問する相手に、アイルローゼは机に肘をついて若干やさぐれた。

「女子寮のお風呂が嫌だったのよ」

「はい?」

「だから嫌だったの」

子供のように頬を膨らませアイルローゼは露骨に拗ねる。

「あの場所には……同性愛者が居たし、無駄に胸が大きいのも居たし、男子はお風呂を覗くことに全力になっているし」

「この学院って何を教えている場所なんですか?」

「……魔法と常識よ。常識は教えると言うより叩き込む感じだったけど。何よ?」

「何でもありません」

弟子の『常識が叩き込まれていない人が目の前に』と言いたげな視線にアイルローゼは増々拗ねる。

「お風呂には入りたいけど、入りに行くと厄介だから個人的に入れる場所も作ったのよ」

「もって事は他にも?」

「ええ。封鎖してあるけど工作室がそのまま残っているわ」

「あ~。先生ってそう言う部屋ってあるんだ」

「あん?」

「だってほら研究室とかあったんでしょう?」

「あっちは研究の場所だから。こっちは完全に趣味の部屋よ」

「へ~」

閉じられている扉を見る弟子にアイルローゼはため息を吐く。

「あっちは寝室よ。工作室はあっち」

「いくつ部屋があるんですか?」

「……使っていない部屋を含めると7つぐらいかしら?」

「この上の建物が落ちてきたりしないですよね?」

「大丈夫よ」

多少拗ねていた表情が和らぎ、アイルローゼが椅子に座り直す。

「この上にはある古い魔道具が固定されているの。魔力を注ぐと水をお湯にする魔道具よ」

「ほうほう」

「あれは私が現役の時から罰として学生が魔力を注いでお湯を作ることになっていた。この地下室のお風呂が常に使えるのはその魔道具のおかげよ。使用したお湯は循環して上の魔道具に戻るようになっている」

「至れり尽くせりってやつですね」

「そうね。ついでに言うとこの地下の魔力は全てその魔道具を介して学生の魔力で賄われているわ」

「……魔力の横領?」

「ただの拝借よ」

否定せずアイルローゼは少しだけ笑みを浮かべた。

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