軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 15

延長だ。

そっと息を吸ってゆっくりと吐く。

普段通りやれば良い。

何度も呼吸を整える。

「私の名前はセシリーン」

大丈夫。ちゃんと声は出る。

あとは少しだけ、ほんの少しだけこの声にリズムを宿し流せば良い。

謡うのではなく、ただ言葉を羅列する感じで今は良い。

会話をするように……

「あ~。ら~。……っぐ!」

喉が詰まった。舌が痺れてキュッと呼吸を防いだ。

慌てて自分の喉に手をやるが、息を吐いていたことが裏目に出た。

意識が朦朧として思考がゆっくりと……遂に呼吸が停止した。

「セシリーン?」

目を擦りダラっとした感じで歩いて来たリグはそれを見て首を傾げる。

いつも中枢に居る歌姫が珍しく横になっていた。普段寝る時もいつでも誰かの枕になれるようにと足を伸ばしているはずが、全体的に身を丸めて……死相を浮かべていた。

「何で死んでるの?」

慌てることなく近づいてまず相手の死因を確認する。

原形を留めているから殴殺や魔法の類ではない。傷は無い。出血も無い。

「難解な」

とりあえず一度仰向けにして……死因が分かった。

完全に窒息死だ。症状が見て取れた。

「器用だな」

口に手を入れて舌を引っ張り出す。

自ら噛み切ったわけでもないのに舌が喉の奥に張り付いていた。

普通舌は切れることで収縮して喉を塞ぐのだが……こんなこともあるのだろう。

気道を確保してあとは放置だ。窒息死なら比較的速やかに回復する。

残りはいつも通り相手の足を動かし良い角度で枕にすれば完成だ。

「お休み」

コロンと横になってリグは目を閉じた。

「にゃん?」

入り口から僅かに顔を出し猫が中の様子を見る。2人居た。1人は歌姫でもう1人は大きい子だ。

辺りを警戒しながら猫は中へと進み……歌姫の両足が枕になっていることに気づいてしょんぼりする。

「なぁ~」

悲しげに鳴くが2人とも起きない。

だったらと横たわっている歌姫の胴体を枕にする。足より位置が高くなってしまうが何度か調整して……挫折した。やはり無理があった。

「なぁん」

歌姫の胴に預けていた体を起こし、ファシーは床に座る。

寝るのは難しい。枕の位置が高い。ならばと手を伸ばしポンポンと確認する。胸が丁度良い高さだ。

スリスリと体を寄せて歌姫の胸に寄りかかり甘えだす。フワフワの胸が柔らかくて凄く心が落ち着く。

「にゃ~」

頬を預けてスリスリとすると本当に懐かしい感触に気持ちが和む。

確か猫は母親の胸を押して乳を出すと聞いた。ふとそれを思い出しファシーは胸を押す。

グイグイと押し続けていると……服の中から乳房が出た。違った意味で確かに出た。

「にゃん?」

首を傾げて猫は胸を見る。

自分のよりもはるかに大きい。形も良い。

イラっとして手を伸ばしグイグイと胸を押す。

「っはぁ!」

突然声を上げて歌姫が起きた。

「なに? どうしたの?」

「まく、ら」

「……ファシーか」

慌てた状態から落ち着きを取り戻し、セシリーンは自分の足を見た。

リグが抱き着いて寝ていた。こうなるとリグは本当に起きない。

「今日はもう良いの?」

体を起こしセシリーンは両手を広げて猫を呼び込む。

なぜ自分の上半身があられもない姿なのかは考えない。ファシーになら見られても我慢できる。

スッとすり寄り甘える猫を歌姫は優しく抱いた。

「魔女はどうだった?」

「ま、だ」

「でしょうね」

暇さえあれば液体化した魔女の様子を見に行くファシーは、本当に自分の衣服の耳や尻尾を動かしたいのだろう。

ただそれは自分の為ではなく、彼が喜んでくれるからだと……理由はそれだけだ。

「動くようになると良いわね」

「は、い」

顔を上げ珍しく目を見せ、ファシーにセシリーンは笑いかける。

相手が盲目だからと知ってのファシーらしくない行為とも言えた。

外に出て色々と経験し、何より本性を晒すことで心の安定を得たファシーは、こうして甘えている時だけは本当に子どものようで愛らしい。

相手の年齢をセシリーンはあまり気にしないようにしている。

「セシ、リーン」

「なに?」

「どうして、寝て、たの?」

「……」

眠った記憶はない。ただ珍しく中枢に自分以外誰も居なくなったのだ。

だから少しは練習をと……結果、息を詰まらせて気絶でもしてしまったらしい。本当に情けなくなる。

「セシ、リーン?」

スッと手を伸ばしてきたファシーが頬を拭ってくれる。

溢れた涙が頬を伝いこぼれてしまったらしい。

「もう私は歌えないみたいなの」

涙を拭いてくれた相手に感謝し、そっと胸と腕で包むようにファシーを抱き寄せる。

こうして毎日のように抱きしめて居ると、ファシーが我が子のように思えてきて、セシリーンは愛しさすら覚えていた。

「もう歌えないの」

謡おうとしただけで気絶してしまう情けない自分に軽く絶望すら抱いてしまう。

鎮魂祭を嫌がっている割には、毎日踊りの練習量を増やしている舞姫とは比べようがない。自分はもう終わってしまった存在にしか思えないのだ。

「平気」

「えっ?」

ファシーは相手の胸に手を突いてセシリーンの顔を正面から見つめる。

「歌える、から」

「でも」

「歌えるよ」

優しい声音が耳を打つ。

セシリーンは自然と涙を流す。

小さな手が頬を包むように挟み、額に柔らかく暖かな感触を得た。

「大丈夫」

暖かな相手の心音を聞き、セシリーンは自分の気持ちが穏やかになるのに気づいた。

「セシリーンは歌える」

「でも……」

「大丈夫」

もう一度額に柔らかな感触を得る。

「アルグスタ様が、望んでるんだよ?」

「……」

優しい割には容赦ない。この猫は本当に他人を傷つけることが上手だ。

抉られるような言葉にセシリーンは自然と自分の体を震わせていた。

「逃げるの?」

「逃げられないわね」

だって彼とノイエの子供に子守唄を聞かせると心に誓ったのだ。

一度や二度の挫折で逃れることなどできない。そんなことをすれば自分はもう存在するだけの役立たずだ。

「ファシーの言葉は重いわね」

「……」

頬から手を離した猫がまた胸にすり寄って来た。

甘えるように頬を擦り付けてくる相手をセシリーンは包み込むように抱く。

「私、は……ずっと、間違え、て、来たから」

囁くような相手の声でもセシリーンの耳は逃さない。

「だから、間違える、のが、怖いって、知ってる」

「そうなのね」

泣きそうな声で甘えるファシーをセシリーンは優しく背を叩く。子供をあやすように。

「私もファシーのように頑張れるかしら?」

「大丈夫」

即答だった。迷うことなくファシーは頷いて来る。

「私に、出来たん、だから」

「あら? ファシーは優秀だから……比べられると辛いわね」

「そんな、こと、ない」

慌てた猫が胸にすり寄り顔を隠している様子だ。

『うふふ』と笑いセシリーンは優しく相手を抱きしめる。

「私は、ダメな、子、だから」

「ファシーは良い子よ?」

「……にゃん」

ウリウリと胸に顔を押し付け猫が拗ねる。

本当に愛らしくて可愛らしい。

「なぁ~」

「あら? またなの?」

「……」

返事は無い。

拗ねて甘えの止まらない猫が開けたままの胸に吸い付いて来た。

赤子のように甘えるファシーを抱きしめ直し、セシリーンは彼女の好きにさせる。

ポンポンと背中を優しく叩き、見えない目で相手が居るであろう方を見る。

「いつかファシーの子供もこうしてあやしてみたいわね」

「……ぃゃん」

言葉の意味を理解したのかファシーはグッと顔を押し付けて来た。

「あ~。満足~」

「あれ?」

声がして顔を動かせば間違いない。

「お帰りなさい。ホリー」

「ん~」

返事は適当だが、ここ最近ではあり得ないほどに彼女の心が穏やかになっていた。

病んでいるというより危ない状況だったのが嘘のようだ。

そっとセシリーンは自分の耳を“外”に向けた。彼が無事か確認したくなったのだ。

「歌姫は……大丈夫。私は理解ある女だから」

「勘違いだと思うけど、ファシーが可愛いから好きに言って良いわよ」

「そうね」

歌姫が猫を胸に吸い付かせているくらいでホリーは何とも思わない。だって自分は外で彼にいっぱい吸い付いて来たのだから。途中で『詐欺だ~!』と言う悲鳴が聞こえたが気のせいだ。

騙してはいない。ただ言葉を選んで彼に伝えただけだ。

「さて。存分に楽しんだし」

「お仕事の時間よね?」

ポンと肩に手を置かれホリーは静かに振り返る。

いつものようにフードで顔を隠した刻印の魔女が居た。

「さっ行こうか?」

「……はい」

ガッチリと肩を掴まれたホリーは、そのまま右目へと移動していった。

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