軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【発売前日SS】大切な人へ贈るもの

これはほんの少しだけ先の未来のお話。

刺繍は高貴な女性の嗜みと言われるくらい教養の一部となっている。

刺繍はその国の歴史や文化を反映しており、技法、モチーフ、色使いなど異なり、愛情や祈りを込めるといった意味で家族や婚約者といった大切な人に贈るもの。

知識や品位、趣味で刺繍をするのが貴族女性である。

それとは逆に平民の女性は、衣服の修繕や補強、または王侯貴族専用のお店で生活の糧として刺繍をしていたりする。

『基本のステッチを練習しながら形になるもの。そうね、丸や線で表現出来る小さな花にしましょうか』

この国では草花や動物をモチーフにした、暖かな色味のある刺繍が好まれているが、一度目の人生で暮らしていた国では、金糸や銀糸を使った華やかな刺繍が好まれ、極めて細かい技法が求められた。

どんなに幼くても高度な技術を要求され、初めの頃は縫い目がガタガタだったり、波打っていたりと、ハンカチひとつ刺繍するだけで一月以上はかかっていた。

――と、そんなことを思い出しながら針を刺す。

『時間がかかってもよいので、丁寧に』

丁寧にただの丸を刺繍していたのだけれど、何か物足りなく、小花の量を増やして茎と葉っぱまで付けた結果。

『これは、スズランね』

銀糸の糸だけで刺繍したスズラン。茎の部分には紫の糸でリボンを付けた。

『刺繍はどこで?』

『母からです』

『そう……』

嘘ではない。雑巾を縫うのに針の使い方は教わっているのだから。

『これなら問題ないわね。次からは好きなものを刺繍してもよいわ』

『好きなもの……』

そうして選んだのは、母がよく刺繍していた小鳥。

この国の国章は鳥なので、作品のモチーフとしては悪くない。

どうせなら立体的な小鳥で、枝や花も……とそんなことを考えていたらどんどん華やかなものになっていき――。

『とんでもないわね』

刺繍したものと私を見比べ、どこか呆れた顔をされてしまうほどやらかした。

でも『誰に贈っても問題ないわ』というお墨付き。

なので私は、三度の人生で初めて自分の意思で、愛情や祈りを込めた贈り物をすることにした。

**

「はい、リオルガ」

そうと決まれば、お母さん兼専属護衛騎士であるリオルガに贈るのは当然のこと。

午後のお茶の最中にリオルガの下に行き、ハンカチを差し出した。

「これは……ハンカチですか?」

「うん。広げてみて」

「あ、刺繍が……」

「特別にとんでもなく豪華にしておいたからね」

ハンカチの隅に小さく刺繍するのが一般的だが、私は真ん中にでかでかと刺繍をした。

でもだからといって手を抜いたわけではなく、小鳥と小花をふんだんに、木の実とリスも添え、金糸や銀糸を使って華やかに仕上げてみた。

「素晴らしいですね……これを私に?」

「リオルガの為に刺繍したものだから」

「ありがとうございます」

小鳥をそっと指で撫で、とても嬉しそうに微笑んだリオルガに満足げに頷くと、隣から冷気が……。

「兄上に、刺繍をしたハンカチを?家族でも婚約者でもないのに?」

お兄ちゃん大好きっこであるシリルがただ黙って見ているわけもなく、私が刺繍したハンカチをジッと睨みながら非難を口にしてきた。

「大切な人にだって贈るものだよ?リオルガは、私の保護者枠だし」

「兄上の家族は私です。リスティア様はあくまで護衛対象ですよ」

「そうですね」

「そうです」

これは暫く拗ねるぞ……と苦笑しつつ、必死に私を威嚇するシリルの間にハンカチを置く。

「はい。どうぞ」

「……」

「リオルガとお揃いにしておいたから、これで機嫌を直してね」

「……」

折りたたまれたハンカチと私を交互に見て目を瞬くシリルに、「どうぞ」と再度促せば、シリルは恐る恐るハンカチを広げた。

「……お揃い」

「シリルは、友達枠かな?」

「弟にもありがとうございます。それにしても、凄いですね……ここまで正確に同じものが刺繍できるものなのですね」

感心しているリオルガにニッと笑い、黙ったままハンカチを凝視しているシリルを窺う。

「シリル?」

「あ、りがとうございます」

「っえ、うん」

「嬉しいです」

そうお礼を口にしながらはにかむシリルは天使そのもので、大好きなお兄ちゃんに「お揃いです」と報告している姿はとてつもなく可愛らしい。

「いつもそうならいいのに」

「なにか?」

「いえ、なんでも」

秒で元に戻ったシリルに肩を竦め、初めての贈り物を成功させたその日の夜。

もうベッドに入ってうとうとしていた私の下にイシュラ王が現れ――。

「刺繍を施した贈り物は、愛情や祈りを込めて家族へ渡すものだ」

突然そんなことを口にした。

「……そうですね」

「そうだ」

こんなやり取りを昼間したような気がする……と目を擦ると、顔の上にふわっと何かがのった。

「やる」

それだけ言って、私の返事も待たずに部屋を出て行ったイシュラ王。

「何だったんだ」

顔にのせられた布のような物を掴んで広げ、飛び起きた。

「これ……」

布ではなくハンカチ。それには少しだけいびつな小鳥の刺繍が。

「誰が……え、まさか、え」

嘘、まさか、と何度も繰り返しながら、笑みが漏れる。

「っふふ、まんまる」

小鳥のお腹を指で押して「ふはっ!」と笑う。

「私も刺繍したんだけどなあ……」

イシュラ王にもちゃんと刺繍をしたハンカチを用意してある。

貰ったハンカチを広げてふふっと笑い、それを抱き締めて目を閉じた。