軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

突貫

「村に戻る……?」

そう強張った顔で尋ねるシリルに、聞き間違いでも冗談でもないのだと頷いて見せる。

何か言おうと口を開きかけては閉じ、それを繰り返すシリルをただジッと待つ。

騒ぎが起きた翌日だというのに、律儀にガゼボにやって来たシリル。

今日くらいは顔を出さなくてもよかったのにと苦笑すれば、シリルは私を見て肩を竦めた。

かくいう私も普段と変わらずお茶を楽しんでいたからだ。

美味しい紅茶とお菓子、甘い花の香り、どこかほっと心が休まるこの庭園とはお別れだから。

「いつですか?」

「今夜だよ」

「……今夜。随分と急ですが、昨日のことがあったからですか?」

「そうだね」

「国王陛下は何と?」

「話し合って決めたことだよ」

「……」

そう、ちゃんとイシュラ王と話し合って、母のときと同じように王宮から出ることを決めた。

もしもの場合に備え、夜明け前に一台の馬車を村とは別方向へ向かわせてある。

私は今夜リオルガと共に馬で王宮の裏口から出て、王都から少し離れた街で馬車に乗り換える。その後も立ち寄った街で馬車と馬を換え続けながら移動すれば、来たときの半分の日数で村に戻れるらしい。

既に王宮から出る準備と手配は済ませてある。

眉間に皺を寄せ暫く無言でいたシリルは、軽く頭を振ったあと、温くなった紅茶をあおった。

「っ……そうですか。昨日あのようなことがあったというのに、それなのに戻られると?」

「動くなら今かなって」

「本当に国王陛下がお許しになったのですか?」

「許すも何も、国王陛下が主導していることだし」

「……てっきり、もう村には返さないのかと思っていました」

「一月だけって約束だったよ?」

「それは、そうですが……」

顔を伏せながらもごもごと話すシリルの姿はとても珍しく、いつものツンとしたところが抜けて何とも可愛らしい。リオルガはいつもこんなシリルを見ているのかとニマニマ眺めていれば、私の視線に気付いたシリルにギロッと睨まれてしまった。

「昨日の侍女については聞かれましたか?」

「うん。第二王子殿下の侍女だった人だって」

昨日、統括宮の扉前で騒ぎを起こしたのは、先日処罰されたソレイル付きの侍女だった人。

王宮内に居る侍女はそのほとんどが身元の確かな貴族の令嬢で、王族付きになる侍女となれば上級貴族の令嬢か、王族の縁者がほとんど。

王宮で王族付きの侍女となれば、より良い婚姻相手を選ぶことができる。

けれど、職務怠慢で解雇され王宮を出されたとなれば、良い縁談など望めず家族からも見放されてしまう。

「逆恨みだったとは聞いたけど」

あの元侍女は家から勘当され、自暴自棄になって私を標的にした。

処罰を決めたのは国王陛下で、実際に解雇処分を与えたのは王妃様なのに、何故か矛先は私に。

しかも、王宮から追い出された人が、侍女の服を着てあの場にいるのはとても不自然なこと。

「人心掌握に長けている方ですから、それらしいことを言って聞かせ放ったのでしょう。侍女なんて消耗品程度にしか思っていないでしょうし」

「普通は王宮の警備をすり抜けて統括宮まで来られないよね。絶対に裏で手引きした人がいるって、子供でも分かる」

「警告なのですから、子供でも分かるよう動かなくては伝わりません」

「何も証拠がないから困るよね」

「消耗品など掃いて捨てるほどいて、証拠も残さず、あのようなことを平然と行うような人を相手に王宮を出ようなどと、何を考えていらっしゃるのか。高貴な方の考えは僕には理解出来ません」

「心配してくれたのに、ごめんね」

「……心配?」

「うん」

「僕は、兄が危険な目に遭うことを心配しているだけです」

「それも、ごめんね」

無事に村に戻り、これから生きていく為に、リオルガは必要不可欠なので許してほしい。

「兄が決めたことです」

「それもそうだね……って、睨まないでよ」

「睨んでなどいませんよ?」

何を言っているのだと、ふわっと笑って見せたシリルの目は全く笑っていない。

「だから、お茶会は今日で終わりです」

よく分からないうちに始まったお茶会だけれど、それがなくなると思うと何だか寂しく感じるのは私だけだろうか。

「そうですね」

「……何で笑っているの?」

にっこりと笑うシリルを見て、寂しく思っているのは私だけだったと眼を半眼にする。

「いえ、実は、僕はまだ暫くここに通う予定なので」

「えっと、何の為に?」

「リスティア様がまだ王宮にいると思わせる為に、でしょうか。リスティア様が元居た場所に戻られるようなことがあれば、そのときは無事帰途につけるよう協力するようにと、国王陛下から言われていました」

「そう、なんだ」

「このような機会はそうありませんから、僕はこの美しい庭園で一人お茶を楽しむことにします」

そう言い立ち上がったシリルは。

「どうか、ご無事で」

胸に手を当て深く頭を下げた。

私はその横を通り過ぎ、ガゼボを後にする。

とても小さな声で「ここに居ればいいのに」と言ったシリルの声は、私には届かなかった。

――深夜。

統括宮の裏口から馬で出た私とリオルガは、近くの街で待っていた馬車に早々と乗り込み村に急いだ。

馬車の中には私一人。

リオルガはフードを目深く被った御者と、馬車の前方にある御者席に座っている。

「……」

ここからは小休憩しか取らず、全速で村に向かう。

私に出来ることは何もなく、大人しく運ばれるだけ。

「何か言ってくれてもよかったのに……」

父親であれば抱擁交わすとか、村に戻る娘を安心させる為に言葉をかけるとか、何かこう色々と……とモヤモヤし、恥ずかしくなってぼふっとクッションに埋もれながら目を閉じた。

馬車の窓には黒い布がひかれ何も見えず、ひたすら移動なのでやることもなく、眠くなったら寝るという怠惰な日が続く。朝か夜かも分からず、馬車と馬を乗り換えるときにだけ軽く身体を動かす。

「……ふぐっ」

時折、浅い眠りのときに頭を撫でられ、勝手に緩む頬を隠すようにクッションに顔を埋めたりしながら。

「やっと、着いたー」

行きよりはるかに大変だった馬車の旅が終わった。