軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9.モブ令嬢から見た王族

実のところ、私も王太子と負けず劣らずの間抜け面をさらしていたと思うが、シルヴェーヌ様が自然な動作で膝を折ったのを見て、はっとしてすぐに膝を折って頭を下げた。

この国の、貴人に対する最上の礼だ。

周囲も次々に、その場に膝を付く。

「よいよい、今日は非公式だ。皆、礼を解け」

思いのほか優しい声にうながされて、皆ゆっくりと立ち上がった。

顔を上げると、慈愛の笑みを浮かべた、気品ある美しい女性が映った。

(えーと、王太子が18歳、王様が今41歳だっけ? そう考えると大体60歳位かな?)

微かに皺も見えるが、それがとても良い感じの年輪を感じさせる。こんな風に歳を取りたいと思わせる方だった。

だが……孫を見る目は鋭く、その名を呼ぶ声はとても冷たく、重い。

「マクシミリアン」

「は、はいっ!」

「シルヴェーヌとの婚約を解消したのか?」

「なぜそれを! 違うんです、お祖母様! あいつが勝手に……」

「黙れ」

お年を召しているとは思えないほどの、張りのある声だった。

「お前は以前、私に言ったな。シルヴェーヌと共になら、王になるためのどんな努力も出来ると」

「そ、それは……幼かったので!」

「幼かったので、美しい令嬢に一目惚れしたあげく、あの子じゃないとダメだと散々泣き喚いたんだったな」

王太后殿下は容赦なく、婚約当時の孫の醜態を暴露した。

(婚約が10歳だから、9歳くらいの時だよね……そんなに幼くなくない?)

「その結果、陛下が孫可愛さに、他の相手と婚約話が進んでいた娘をお前の嫁にくれと、グリーグ公爵家に頼み込んだのだ」

おっと! それはエレインも知らない話だった。

(シルヴェーヌ様、そんな相手がいたんだ?)

どこの公爵令息だろ……?

「お前は、他の誰よりも幸せにしなければならない相手を、婚約者にしたのだ。私はその時、お前に問うた。その覚悟はあるのかと」

当時の記憶が蘇って来たのか、王太子殿下は顔色を青くして汗を流している。

「幼いながらもお前は、『自分はまだいたらぬところがありますが、シルヴェーヌのためなら努力できます』と言ったのだ」

へー意外と感心なことを言ったんだね、王子様。だけど……

「その時、私はお前を誇りに思い、信じた――その結果がこれか!?」

ですよねー!

「ここ一年、お前の 芳(かんば) しくない噂が、既に引退した私の所まで届いていた。調べれば、シルヴェーヌと共に積み重ねよと与えた課題を放り出し、他の女に夢中になって責務もおろそかにしている始末とは、本当に嘆かわしい事よ……」

「お祖母様! ぼ……私は責務をおろそかに何てしていません! その証拠に、どこからも非難や催促などは、一切入っておりません!」

そうだろう?! と言うように王太子は己の側近、私の元婚約者のロドニー様に視線を向けると、ロドニー様は壊れた人形のようにブンブン首を縦に振った。

「愚か者」

祖母が孫の弁解を一刀両断にした。

「王太子の仕事もその婚約者に割り当てられた仕事も、全てシルヴェーヌが完璧にこなしておったから、政務には滞りがなかったのだ」

「そんな事は私は知りません! シルヴェーヌが余計な真似を……!」

皇太后さまは口の端を上げ、『くっ』と笑った。

「知らないと、そうか。そうであろうな。王太子用の執務室に現れもしないお前が、そこに積み上がる仕事を知るよしもないよなぁ」

「執務室へは行ってました! ま、毎日ではありませんでしたが、机の上はいつも数枚の書類があって私はそれにサインを入れていました!」

「……それをおかしく思えないお前が、私には心底嘆かわしいよ」

王太后殿下は、端整な顔を哀し気に歪ませた。

まだ学生である王太子殿下に振られる仕事の量は、当たり前だが王陛下や妃殿下が行っている仕事より、だいぶ少なめだろう。

それでも、婚約者だったシルヴェーヌ様にさえ、いずれ王太子妃となる者への訓練として日々与えらる仕事がたくさんあるという話なのに、それより責任の重い、既に立太式を終えている王太子の仕事が

『数枚の書類にサイン』

をするだけで終わる道理はない。

(本来なら放課後は、 毎(・) 日(・) 執務室へ『勤務』しなければならない彼(とその側近)は、いったいどこで、何をしていたんでしょうねー……)

ちなみにこの学園の放課後は、各々が専門教科の自習や鍛錬をすることが主で、クラブや生徒会等は存在しない。

王太子殿下の仕事を阻むものは何もない……筈なのだが。

「『王太子』の責務が滞った当初、城の官吏も……シルヴェーヌもお前に諫言した筈だ。それをお前はまともに相手をせず、たまに訪れては二、三枚の紙に名前を書いて仕事をした気になっていた訳だ」

「そんなバカな……」

愕然とした王太子殿下は、だがすぐに強気に言い返す。

「いや、もしそれが本当なら、勝手に片づけないで私の仕事をそのまま置いておいてくれれば良かったのです! 机の上がいっぱいなら、私も気づいて必ず い(・) つ(・) か(・) は(・) 片付けたでしょうに!」

王太后殿下はふうっと息を吐くと、胸に差していた扇子をすっと取り、口元を隠すように広げた。

「王族の仕事を何と心得る?」

威厳のある、抑えた声が会場に響き、身動きするのも憚られる静寂に包まれた。

仮にも、『王太子』という地位にある者の無責任な発言に、どれだけの感情を昂ぶらせたのだろうか。

扇子を握る手が、白く強張っているのが見て取れた。

「……お前はどこまで愚かに な(・) っ(・) た(・) のだ。まだ分からないのか? 机の上に積み上げた書類には何が書いてあると思う? お前が滞らせた仕事で困るのは誰だ? 官吏やシルヴェーヌではないぞ!」

どんな小さな事柄でも、王族の仕事は全て、国の運営、 臣民の生活(ライフライン) に直結している。

王太子が目を逸らしている間にも、人々の歩みは止まらない。

(インフラに関わる遅れって、複雑な工程があるから、たった1日でも後々に響くのよね)

だからこそ、シルヴェーヌ様が適切に処理していたんだろう。

遅れても、それほど困らないような書類だけ残して。

さすがに己の立場を振り返ったのか(単に気圧されただけじゃないといいけど……)、王太子は口を開きかけたが、そこから言葉は出なかった。

あきらめたようにため息をつき、王太后殿下は扇子を閉じた。

「もうよい……シルヴェーヌ!」

名を呼ばれたシルヴェーヌ様は、一歩前に出て頭を下げた。

「はい」

「長年のそなたの献身に報いよう。陛下とグリーグ公爵で話は付いているらしいが、私からも慰謝料は払わせてもらう」

シルヴェーヌ様は、一層深く頭を下げた。

「殿下のお心遣いに感謝を。なれど、私にそのようなお気遣いは無用にございます」

「もらってくれ。孫娘と思っていたそなたへの形見分けだ。本当に……テレーズにあの世で合わせる顔がない」

王太后殿下の妹君が、シルヴェーヌ様のお祖母様のはずだから、テレーズ様というのはその方のお名前かと思われる。

いつの間にか、王太后殿下に近づいていた近衛騎士の一人が、恭しく宝石箱のようなものを捧げ持っていた。