軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6.婚約破棄された私たち6

その言葉に、ベルナード様を除く全員が息を飲んだ。

クローデル侯爵家は、このラッシュド王国で最も歴史がある貴族のひとつだ。

先代が早逝し、十六歳のベルナード様が跡を継いだのが二年前。

領主としての経験も知識もほとんどない状態で爵位を継いだため、ベルナード様の代になってから領地経営がうまくいっていないという噂を聞いたことがある。

でもその名の持つ格式は、我がレステンクール伯爵よりずっと高い。

ラッシュド王国は島国で、建国以来バイキングの脅威にさらされていた。

強奪、暴力の限りを尽くすバイキングから国を守ったのが、当時のクローデル侯爵率いる海軍だった。

その勝利の暁として手に入れたのが、バイキングが大事にしていたアイオライトのネックレスだ。

アイオライトは多色性の性質をもち、光の当たり具合によって紫がかった青色、淡い青色、灰色がかった黄色に見える。

その変化が神秘的で、バイキングが羅針盤代わりに使っていたと言い伝えられていた。

アイオライト自体はそれほど高価な宝石ではないが、クローデル侯爵家が持つアイオライトは直径が五センチにも及び、希少価値が高い。

それを私のために手放すなんて、とんでもない暴挙だ。

「ベルナード様、そのネックレスはクローデル侯爵家の家宝。昨日会ったばかりの私のために手放してはいけません」

「構わない。俺には必要ないし、それでラシュレが手に入るのなら安いものだ」

昂然とした佇まいは、卒業パーティで婚約破棄を言い渡された人と同一人物とは思えない。

ベルナード様はおもむろに跪くと、私の右手を取った。

「俺にとってはアイオライトよりラシュレのほうが大事だ」

私を大事にする――それは宿でも言ってくれた言葉だ。

ベルナード様は家宝を手放してまで、私が曰く付きの男に嫁ぐのを防ごうとしてくれている。

恋愛感情が私たちの間にないのは理解している。

それでも、私を尊重してくれるベルナード様が嬉しくて、目の奥が熱くなった。

「あなた、いいではありませんか」

真っ先に同意したのは叔母だった。思えば彼女はお金の話しかしていない。

「そうだな。クローデル侯爵家に伝わるネックレスが手に入るのなら、ラシュレをやってもいいだろう」

「お父様! そのネックレス、私にくださいますよね!」

俄に活気づく三人に乾いた笑いが漏れる。

この人たちにとって、私は養女とは名ばかりのどうでもよい存在なのだ。

フィリップ様はと視線を向ければ、苦虫を嚙み潰したような顔で睨んできた。

あれだけ否定したにも関わらず、私を自分の所有物のように思っていたようだ。

「そんな女に、それほどの価値があるとは思えないがな」

「美しい宝石も、無知な者が見れば石ころと変わらないのでしょう」

「お前っ、婚約破棄されたくせに生意気だぞ!」

フィリップ様が声を荒立てるが、はしゃぐ叔父家族の歓声にかき消されてしまう。

ベルナード様もそれ以上は言うつもりがないらしく、しれっと視線をローテーブルの上へ移した。

「そこにあるのは婚約破棄の書類ですね。ちょうどいいので今、手続きをしましょう。後日、使用人に俺とラシュレの婚約の書類を持って来させますので、レステンクール伯爵のサインをお願いします。その提出が終わったあとに、宝石を届けます」

「分かった。それでいいだろう」

叔父はいそいそと書類に当主のサインと伯爵家の印を押すと、私にペンを渡してきた。

サインを終えたところで、ベルナード様が帰ろうと促してくる。

「では、俺たちはこれで失礼します。それから、ラシュレは本日より我がクローデル侯爵家に住んでもらいます」

「ちょっと待て。そんなこと勝手に決められては困る」

叔父が焦ったように私の腕を掴もうとする。でも、その手から庇うようにベルナード様が私を引き寄せた。

「どうして困るのですか?」

「いや、それは……。ラシュレに任せていた仕事もあるし」

「まさか、ラシュレにレステンクール伯爵家の仕事をさせていた、なんてことはないですよね。たしか昨年末、レステンクール伯爵は王妃陛下から領地経営の手腕を褒められ、褒美をもらっています。それがもしラシュレの手柄なのであれば、王妃陛下を騙したことになりますが」

「そ、そんなわけないだろう。あれは儂の手腕だ」

叔父が唾を飛ばさんばかりに狼狽する。

レステンクール伯爵領は小麦の産地だ。

それに加え、数年前から私の勧めでワインの原料となる葡萄の栽培もおこない、昨年やっと納得できるワインができた。

毎年年末に、王妃陛下は領主の妻を招いてお茶会を開く。

そのさいに、それぞれの領地の特産品を持参するのが慣例となっていた。

そこでワインが王妃陛下のお眼鏡に適い、褒美の品を賜ったのだ。

別名、品評会とも言われるそのお茶会で話題になった食べ物や飲み物は、翌年貴族の間で話題となり注文が殺到する。

当然、ワインにも多くの注文がきた。それとともに賛辞が当主である叔父に向けられた。

誰も私の手腕だと知らないし、叔父は口が裂けても言わないだろう。

それなのに、ベルナード様の口調はまるで私の功績だと知っているようだった。

「そうですよね。もしあのワインがラシュレの発案であるなら、ワインの注文をした貴族全員から、養女の成果を横取りした伯爵だと非難を浴びてしまう」

「も、もちろんだ。そんな小娘に領地経営ができるはずがないだろう」

「それなら、今すぐラシュレが私の元へ来ても差し障りはないはずだ」

言質を取ったとばかりにベルナード様は微笑むと、私に手を差し出す。

私はその手を取ろうとして、だけれど一度ひっこめた。そうして叔父たちに向かって、カーテシーをする。

「今までお世話になりました。ごきげんよう」

私がいなくなったあと、領地経営をどうするつもりだろう。

タチアナはフィリップ様の容姿を気にいっているが、あの傲慢な性格を知っているのだろうか。

一方で、フィリップ様はタチアナの我儘にどれだけ付き合えるのかしら。甚だ疑問だ。

でもそれらすべて、私には関係がない。

「行きましょう、ベルナード様」

手を差し出せば、強い力で握り返してくれた。

「ラシュレ、あなたを大事にすると、改めてここで誓います」

「はい、私も全力でベルナード様をお支えします」

この恩は一生かかっても返せない。

だから、ベルナード様に愛する人ができるまで傍にいて、私ができることは何でもしようと心に誓う。

こうして私は、新たな居場所を手に入れたのだった。