軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5.婚約破棄された私たち5

そのあとのベルナード様の行動は早かった。

私たちが乗って来た馬車は宿の裏にある馬車停めにあり、御者も控えていたので、宿を出て三十分後にはレステンクール伯爵邸へ着いた。

門を潜り、私が住んでいる別邸の前を通りすぎて、本邸の前で馬車を停めてもらう。

別邸に住んでいるとはいえ、叔父の仕事を手伝うために本邸には毎日のように来ている。

だけれど、まさか私が馬車から降りてくると思っていなかったのだろう、庭先にいたメイドが驚き邸の中に入っていった。

案内を待たず邸に入ると、まっすぐにサロンへと向かう。

昼食を終えたこの時間、叔父家族はそこでお茶をしているはずだ。

ノックをし、返事を聞かずに開ければ、叔父が私を見て立ち上がった。

「今までどこにいたんだ!」

「ラシュレ、私とフィリップ様の婚約がショックだったのは分かるけれど、夜会からいきなり姿を消すのはどうかと思うわ。てっきり先に帰ったと思っていたのに、どこにいたの?」

叔父と叔母が並んで座り、その前にはタチアナだけでなくフィリップ様もいた。

タチアナがまだ何か言おうとするのを叔母が制し、ローテーブルの上にある書類を指差す。

「それより早くここにサインをしなさい」

おそらく婚約破棄の書類だろう。

扉の前で立ち止まっていた私が部屋へ足を踏み入れると、続くようにしてベルナード様も入室する。

突然現れた彼に、皆が揃って怪訝な顔をした。

「ラシュレ、その男は誰だ?」

同級生であるフィリップ様もベルナード様に見覚えがないらしく、私の背後を指差し聞いてくる。

「ベルナード・クローデル様です。昨晩は彼と一緒にいました」

私の答えに、フィリップ様が立ちあがった。

「はぁ? お前は何を考えているんだ! 俺のことが好きなくせに他の男と一緒にいたというのか? そうか、分かった自暴自棄になってそれで……」

「違います。というか、どうして私がフィリップ様を好きなことが前提なのか理解に苦しみます」

「だってお前は、いつでも俺の言う通りにしてきただろう。俺を愛するから、嫌われたくないから俺の命令はなんでも聞いていた」

「我儘や横暴な態度を繰り返し、挙句の果てに私を蔑ろにする男のどこに、愛される要素があるのでしょうか?」

愛されているという自信がどこからくるのか、教えて欲しいものだ。

今まで言い返したことがない私の反論に、フィリップ様は口をぱくぱくとさせる。

そんなフィリップ様の隣で、タチアナが嘲るように笑いだした。

「ふふふ、あなた、ラシュレと同じように卒業パーティで婚約破棄されたベルナード様よね。なんてお似合いの組み合わせなのかしら。捨てられた者同士がお互いの傷を舐め合ったというわけね」

どうやら、宿にいた商人はこの邸に来ていないらしく、私たちが結婚すると言う話は耳に入っていないようだ。

タチアナは嘲笑しながら歩み寄ってくると、後ろで手を組み品定めするかのようにベルナード様を覗き込む。

「ふーん、婚約破棄されるだけあって、冴えない男ね。ラシュレにぴったりだわ。それで、ベルナード様、あなたはどうしてここに来たの」

「タチアナ、失礼よ」

「あら、こんな醜い男に敬意を払う必要はないわ」

人の価値を美醜で判断するタチアナらしい言葉に、私のこめかみがピクリと動く。

私はその手の言葉に慣れているけれど、会ってすぐのベルナード様に言っていいはずがない。

それに病的にやつれてはいるけれど、ベルナード様は顔の造りが美しい。

言い返そうと踏み出した私を、ベルナード様が制する。

そうしてタチアナの横を素通りすると、叔父の前で頭を下げた。

「初めまして、ベルナード・クローデルと申します。失礼を承知で今日は参りました。ラシュレさんと結婚する許可をいただけませんでしょうか?」

「……お前、自分が何をしたか分かっているのか?」

「はい。殴られる覚悟で来ました」

ベルナード様は下げていた頭を上げ、背筋を伸ばす。

いままで猫背で気づかなかったけれど、すらっとした長身は百八十センチ以上ありそうだ。

細身とはいえ、それだけ上背のある男性に見降ろされ、叔父が一瞬たじろぐ。

しかしすぐに威勢を取り戻し、睨みつけた。

「大事な姪になんてことをしてくれたんだ」

「大事? テーブルにあるのは婚約破棄の書類ですよね。昨晩の今日でやけに準備がいい。それにこれは……」

ベルナード様は机の上に積み重ねられている薄い冊子を手に取り開くと、あからさまにため息を吐いた。そうして、私にも見えるように冊子を広げる。

「ラシュレの新たな婚約者候補でしょうか。たしか彼は五十歳で、今までに結婚した五人の妻は、早逝しています。こちらは……口に出すのも憚るような趣味を持つ男爵だ」

冊子は釣書だったようで、左に姿絵、右に年齢や爵位が書かれていた。

ベルナード様はさらにもう一冊広げ目を通すと、私に手渡す。

こちらは八十歳の高齢男性だった

釣書の男性たちは、私の予想通り碌な人ではなかった。到底、まともな結婚生活は送れないだろう。

ただ、まさか今日の時点で釣書が用意されているとは思わなかった。

「どんな相手を娘の婿に選ぶか、部外者のお前には関係ないだろう。それより、大事な娘を傷物にした責任をどうとるつもりだ」

初めて娘と言われるのがこのタイミングだなんて、笑ってしまう。

叔父に詰め寄られても、ベルナード様に動じる様子はない。

少し荒れた、でも形のよい唇で笑みを作ると、はっきりとした口調で述べた。

「ですから、結婚の許可をお願いしているのです」

「この釣書の男性は、ラシュレと結婚するにあたり多額の支度金を用意してくれると仰っていますわ。あなたは何をしてくださるというのですか」

それまで黙っていた叔母が、話に割って入ってくる。

やはり私は、悪趣味な男に売られる予定だったらしい。

そうなると、私と結婚するには対価が必要になってくる。

とてもではないけれど、昨日会ったばかりのベルナード様にそんなことをお願いできない。

そもそも、叔父たちはいつこの釣書を用意したのだろう。

もしタチアナと一緒に帰っていたら、邸に着くなり婚約破棄の書類にサインをさせられ、今頃は釣書の男の元へ送られていたかもしれない。

そう考えると、ベルナード様と夜会を抜け出したのは正解だったと言えるだろう。

ただ、あまりに叔父たちの準備が良すぎて、今の時点で望まぬ結婚を回避する手段がない。

目の前が真っ暗になり、ふらりと身体が揺れる。

すると、ぎゅっと手を握られた。見上げると、前髪の向こうある青い瞳がまっすぐに私を見つめ、唇がゆっくりと弧を描いていく。

「では、対価としてクローデル侯爵家に代々伝わるアイオライトのネックレスをお渡しいたしましょう」