軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第88話:友人たちの進捗

かつて苦い敗走を経験した統合ダンジョン第三十六層でのリベンジを果たしてから、およそ二ヶ月の月日が流れていた。

季節はめぐり、容赦なくアスファルトを焼いていた夏の陽光は影を潜め、朝晩には肌寒さを感じる十月の初頭。カイトたちを取り巻く環境は、あの夜の戦いを境に劇的な変化を遂げていた。

三十六層で確立した、ティロフィの【挑発の咆哮】と【恐圧の咆哮】によるヘイトコントロール、そして銀騎士となったイストの【瞬動】と【百連斬】による神速の各個撃破。このハメ技に近い完璧なコンボは、その後の三十九層までの攻略においても凶悪なまでの効率を発揮した。

影に潜むシャドウガレムも、高速移動するルナウルフも、超音波を放つオブシディアン・バットも、そして実体を持たない厄介な霊体であるロック・ファントムすらも、カイトの的確な指示と二体の圧倒的なスペックの前には路傍の石に過ぎなかった。

結果として、三十六層から三十九層までの攻略は、驚くほどスムーズに完了していた。カイトの目の前には、いつでも四十層のエリアボスへと挑めるゲートが文字通り開かれていたのだ。

だが、現在のカイトは四十層の地を踏んでいない。

理由は単純、龍崎教官から「待った」がかかったからだ。

『カイト、三十九層までの突破をしたそうだな。正直、お前の実力を鑑みればこれを伝えるのは少し酷かもしれんが……一つ、頼みがある。三年生としての最後の合同攻略演習で、希望するメンバーを集めて四十層の攻略を予定している。学校側のメンツとしても、また他の生徒への刺激としても、そこはお前を 頭番(かしら) にした大々的な攻略にしたい。それまで、四十層への進入は一時的にストップしてくれないか』

職員室でそう告げられたカイトは、特に不満を抱くこともなく「分かりました」と了承した。

もともと、目立ちすぎるのはカイトの本意ではない。しかし、学校側や龍崎教官には日頃から様々な便宜を図ってもらっている恩がある。それに、無理に単独先行して目を付けられるよりは、大人しく待つ方が合理的だという判断もあった。

その代わりとして、教官からは「四十層の突入さえしなければ、午後の演習時間は自由行動とし、単独ダンジョン等の統合ダンジョン以外の攻略に当ててくれてかまわない」という破格の特権を提示された。

そのため、ここ最近のカイトは統合ダンジョンの攻略を一時中断し、専ら単独ダンジョンである『竜の巣』の二十四層へと籠もっていた。二十一層の炎竜たちが群れを成す二十四層は、銀騎士イストと黒白竜ティロフィの経験値を稼ぐには最高の狩場であり、カイト自身のジョブレベルも着実に上昇を続けていた。

そんな、充実しつつもどこか平穏な日々が続いていた、十月のある月曜日。

いつものように登校し、ホームルームが始まる前の時間のことだった。カイトの席の周りに、見慣れた三人の影が近づいてきた。

「よお、カイト。ちょっと、今日の昼休みに時間貰えないか? 四人で飯食いながら、少し話したいことがあるんだよ」

少し緊張したような、だがどこか誇らしげな笑みを浮かべて話しかけてきたのは佐藤だった。その背後には、同じように視線を送ってくる鈴木と田中の姿もある。

「うん、もちろんいいよ。特に予定もないし、いつもの屋上で食べようか」

カイトが快く了承すると、三人は一様にホッとしたような表情を見せた。

チャイムが鳴り、昼休みが始まると同時に、四人は購買でパンや飲み物を買い込み、一部の生徒から人気なスポットとなっている校舎の屋上へと移動した。いくつか設置されていたベンチに腰掛け、それぞれが弁当やパンを広げたところで、佐藤が待ちきれないといった様子で身を乗り出してきた。

「実はよ、カイト。わざわざ時間を貰ったのは、お前に一番に報告したかったからなんだ」

佐藤はゴクリと喉を鳴らし、拳を握りしめて満面の笑みを浮かべた。

「俺たち、ついに中級職をカンストしたぜ!」

「……えっ? もう?」

カイトは、手に持っていたサンドイッチを口に運ぶ手を止め、目を丸くした。その驚きは演技でも何でもない、本心からのものだった。

中級職のレベルをカンストさせるのは、この世界では並大抵のことではない。一般の冒険者であれば数年はかかるのが普通だ。

「想定より、ずっと早いね。おめでとう、三人とも」

「へへ、ありがとな! まあ、俺ら三人で固定パーティを組んでずっと回してたし、今まで学んできた攻略自体のノウハウがあったからな。どこでどのモンスターを狩れば効率がいいか、安全マージンをどう取るかってのを徹底したんだ。結構、効率的に進められたって自負してるぜ!」

佐藤が胸を張ると、隣の田中も小さく頷き、鈴木は少し照れくさそうに微笑んだ。お互いの弱点を補い合いながら、死線を潜り抜けてきた者たちだけが持つ、確かな自信がそこにはあった。

「それでさ、相談っていうのがここからなんだけどよ」

佐藤は少し真面目な顔つきになり、カイトを見つめた。

「中級職がカンストしたってことは、次はいよいよ次の初級職への転職を見据えなきゃいけない。だけど、複合上級職の前提職ってのがいまいち俺らはわかってなくてな……正直、選択肢が多すぎて迷ってんだ。俺たちは次に、どの初級職を鍛えればいいと思う? カイトの意見を聞かせて欲しいんだ」

現代のダンジョンシステムにおいて、複合上級職の詳細はまだ明かされていない。一歩間違えれば、自身が望まない職に就くこともあるだろう。彼らが先駆者であるカイトを頼るのも、当然の成り行きだった。

カイトは小さく顎を引いた。彼らのステータスやこれまでの戦い方は、ある程度把握している。だが、システム的な最適解を押し付ける前に、確認しておかなければならない最重要の事項があった。

「アドバイスをするのは構わないけど……その前に、一つだけ聞かせてほしい。みんなは、将来的に『どうなりたい』の? どんな戦い方をしたいか、その理想を聞かせてほしいんだ」

カイトの問いかけに、三人は一瞬視線を交わし、やがてそれぞれの決意を語り始めた。

真っ先に口を開いたのは、普段は控えめな鈴木だった。彼女の瞳には、かつてないほどの強い光が宿っていた。

「私は……自分も、前線で戦えるだけの力が欲しいの。ただ後ろから回復魔法を唱えるだけじゃなくて、自衛の術を身につけたい。……三十層の時みたいに、窮地に陥ったとき、みんなの足を引っ張るのだけは、もう絶対に嫌だから」

あの時の無力感、自身の命を他の人に預けるしかなかった恐怖が、彼女を突き動かす原動力になっているようだった。

次に答えたのは、魔法職として後方火力を担ってきた田中だった。彼女は長い髪を揺らしながら、鋭い視線を虚空に向ける。

「私はとにかく、圧倒的な火力が欲しいわね。敵がこちらの陣形に突っ込んでくる前に、あるいは仲間が襲われる前に、遠距離からでも近距離からでも、確実に仕留め切るだけの決定力が欲しいの。 搦手(からめて) よりも、純粋な破壊力が私の理想よ」

最後に、パーティの盾として最前線に立ち続けてきた佐藤が、太い腕を組んでガハハと笑った。

「俺は、やっぱり前衛だからな。みんなの前に立って、どんな凶悪なモンスターが来ようとも、一歩も後ろに通さない。仲間を完璧に守り抜く、文字通りの『絶対的な壁』になりたいんだ」

三者三様、しかしどれもが自分たちの経験に基づいた、切実で力強い答えだった。

カイトは彼らの言葉を一つずつ咀嚼し、脳内でゲーム時代の職業ツリーを検索する。彼らの望みを叶えつつ、将来的に最上位の職へと至るためのルート。

数秒の沈黙の後、カイトはゆっくりと口を開いた。

「みんなの気持ち、しっかりと分かったよ。それじゃあ、俺からの提案を伝えるね」

カイトはまず、佐藤を見た。

「佐藤は、まず初級職の『 盾士(じゅんし) 』を鍛えよう。これは将来、鉄壁の上級職を目指すための必須条件だ」

「なるほど、盾士か! よし、わかった!」

次に、カイトは田中と鈴木の二人を交互に見つめた。

「そして、田中さんと鈴木さん。……二人は、初級職の『盗賊』を鍛えてみてほしい」

「「えっ? 盗賊?」」

二人の声が綺麗に重なった。魔法職の田中と、回復職の鈴木。お世辞にも「盗賊」という物理・隠密系の職とは縁遠いように思える選択だ。

「うん。不思議に思うかもしれないけど、理由があるんだ。二人が、今鍛え終わった中級職と盗賊の次、暗殺者を組み合わせた複合上級職。きっと、二人とも気に入ると思う、信じてほしい」

「……わかりました、ほかでもないカイトくんの言うことですから、信じます!」

「そもそも私たちからアドバイスを貰いに来てるわけだしね、もちろん信じるわよ。」

各々返答する二人を見て、カイトは少しだけ表情を引き締めて言葉を続けた。

「ただ、今までと全く違う畑の職を始めるわけだから、一時的にパーティのバランスはすごく悪くなっちゃうと思う。火力や回復量が間違いなく落ちるはずだから、そこは割り切って、しっかりと格下の階層に落とすか、装備と回復アイテムをこれでもかってくらい潤沢に整えてから行ってね」

「おう、分かった! 命に関わることだし、そこはケチらずに最上の装備を揃えるよ。アドバイス、マジでありがとな! カイトに聞いて大正解だったぜ!」

佐藤が嬉しそうにコーラを飲み干すと、田中も妖艶に微笑んだ。

「もちろん、あなたの的確なアドバイスに従うわ。一時的な弱体化なんて、その先の爆発的な火力のためだと思えば安いものだしね」

「カイトくん、ありがとう。絶対教えてくれたこと、無駄にしないって約束するね!」

鈴木が笑顔でそう伝えると、カイトは更に話をつづけた。

「うん、みんなわかってくれてありがとう。それと、この後演習の時少し時間を貰えるかな?できれば誰もいない空き教室で大事な話をしたいんだけど」

「話?全然かまわないけど今じゃダメなのか?」

「馬鹿ね、カイトが誰もいない時って言ってるでしょ。ここには私たち以外にもお昼食べに来てる生徒が多いんだからダメに決まってるじゃない」

「カイトくんの願いなら、喜んで!お話楽しみにしてるね!」

佐藤と田中がいつものように掛け合い、鈴木が少し上目遣いで、好奇心と嬉しさが混ざった瞳でカイトを見つめる。

そう、カイトが彼らに「今日の演習時間、人がいない空き教室で話がしたい」と言ったのには、別の、そしてさらに重要な理由があった。

「うん。みんなが中級職をカンストさせたこのタイミングだからこそ、話しておきたい、渡しておきたいものがあるんだ。……だから、放課後よろしくね」

「おう! 楽しみにしてるぜ!」

「カイトくんの話、ワクワクしちゃうね」

その後は、いつものように他愛のない雑談――最近の学校の様子や、他のクラスのダンジョン進捗などに花を咲かせながら、四人は賑やかにお昼ご飯を食べ終えた。

鳴り響く予鈴の音を聞きながら、カイトは密かに胸の内で、自身の【宝物庫】に眠るアイテムを確認していた。

信頼できる友人たちの成長。それはカイトにとっても、この世界を楽しむための、大事な一歩となるはずだ。

『現在のジョブ:調教師(Lv.55)』

『使役モンスター:イスト(Lv.15・銀騎士)、ティロフィ(Lv.14・黒白竜)』