軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第83話:モーセ・カイト……?

この階層の空の覇者たる空竜を仕留め、その余韻が冷めやらぬうちに、カイトたちは次なる標的を求めて断崖を下っていた。

目指すは、二十一層に広がる碧き海。そこに潜む三種の一角、『海竜』との邂逅である。

波打ち際まで降りると、潮風はさらに湿り気を帯び、重く肌に纏わりついた。寄せ返す波の音に混じり、時折、深淵から響くような不気味な唸り声が聞こえてくる。

「……あそこだ」

カイトの視線の先、水平線から少し手前の海面に、青い鱗を湛えた長い首が突き出ていた。全長六メートルを超える巨躯。翼の代わりに強靭なヒレを持ち、海中を時速六十キロ以上の速度で縦横無尽に駆け抜ける蒼海の主――『海竜』である。

海竜はカイトたちの存在に気づくと、警戒するように一定の距離を保ったまま、蛇のような頭部をゆらゆらと揺らした。

「ティロフィ、【挑発の咆哮】だ。奴をこちらへ引き寄せろ!」

「グルォォォォォッ!!」

ティロフィが空気を震わせる咆哮を放つ。その不可視の波動が海面を割り、海竜の意識を強制的にカイトたちへと固定した。

怒りに瞳を細めた海竜は、水面を激しく叩き、こちらへ向かって泳ぎ始める。だが、奴は狡猾だった。陸地から数十メートルの、こちらの間合いの外でピタリと足を止めると、口内に魔力を収束させ始めた。

ドォォォォン!!

放たれたのは、超高圧の水圧ブレス。岩をも穿つ一撃がカイトのすぐ横を通り過ぎ、断崖を深く抉る。さらに海竜はヒレを大きく動かし、魔法によって巨大な高波を引き起こした。こちらを海中へと引きずり込み、得意の水中戦に持ち込もうという魂胆だ。

「……チッ、徹底してるな。あそこまで距離を取られると、イストの剣は届かない。かといって、海に飛び込めばティロフィでも分が悪い」

カイトは状況を冷静に分析する。海竜は決して浅瀬には入ってこようとせず、アウトレンジからの魔法とブレスでじりじりとこちらの体力を削るつもりだ。

時間をかければ攻略の糸口は見つかるだろう。だが、カイトの胸中には、三十六層での屈辱からくる「力」への渇望が静かに燃えていた。

「……いいだろう。なら、絡め手はやめだ。ごり押しで行くぞ」

カイトの言葉に、イストが鋭く反応する。

「イスト、今から俺が奴までの道を無理やり作る。君は全力でその道を駆け、一撃を叩き込めば奴はまな板の上の鯉だ、仕留めろ」

「……まな板の上の鯉、ですか?」

「あー、なんだ。相手は何もできなくなるよってこと。……ティロフィは、一撃を終えたイストを即座に回収しろ。海に落ちれば奴の独壇場だ。タイミングを合わせろよ」

「なるほど、承知しました」

「グルァ!」

指示を飛ばしながら、カイトは宝物庫から「それ」を取り出した。

眩い白銀の輝きと、相反するような禍々しい神威を放つ片手剣――『断罪の剣』。

さらに、左手に嵌めた『追憶の指輪』に、あらかじめ用意していた【魔剣開放】を起動する。

「開放――『 断罪の一閃(ジャッジメント・レイ) 』」

瞬間、カイトの周囲の空気が凍りついた。

『断罪の剣』に蓄積された莫大な魔力が【魔剣開放】よって一気に解き放たれ、白銀の光柱が天を突く。カイトの全身を走る魔力の奔流。調教師としての枠を超えた、圧倒的な「破壊」の予兆。

「――食らえ」

振り下ろされた剣から、純白の閃光が放たれた。

それはもはや、剣技と呼べるものではなかった。

一直線に伸びた光の奔流は、海面に触れた瞬間に触れた部分の海水を一瞬で蒸発させ、海底の地表を剥き出しにする「空白の道」を作り出した。

海が、割れたのだ。

それだけではない。断罪の光は、逃げる暇さえ与えられなかった海竜をその身ごと縦に一閃した。

「ガ……ッ!?」

叫びすら上げられず、海竜の巨躯が左右に泣き別れる。

「今だ、イスト!!」

カイトの号令と共に、イストが地表の見える海底へと飛び出した。

重力と慣性を無視した超加速。イストは一瞬で海竜の死骸へと到達し、そこからこぼれ落ちたドロップ品を掴み取った。

同時に、頭上からティロフィが急降下してくる。

「グルォ!」

ティロフィがその脚でイストの肩を掴み、再び海が満ち始める寸前で上空へと引き上げた。

ゴォォォォォォッ!!

数瞬後、消滅していた海水が周囲から一気に流れ込み、巨大な水柱を上げながら海が元の姿に戻る。先ほどまでの道が嘘のように、そこにはただ荒れ狂う波があるだけだった。

岩場へと戻ってきたイストが、ティロフィの脚から軽やかに着地する。

いつもの冷静沈着なものとは異なり、若干の絶句を含んでいた。

「……主、流石です……。まさか、海そのものを両断されるとは」

「……俺も、まさか一撃で終わるとは思ってなかったよ……。」

イストは少し呆然とした様子で、手の中に収めたドロップ品をカイトへと差し出した。

そこには、大きな魔石。

そして、淡い碧色の光を放つ、親指ほどの大きさの宝玉があった。

「……これは」

「はい。主の豪快な一撃のおかげか、ドロップしたようです。……『海竜の宝玉』です」

カイトは思わず目を丸くした。

三種の宝玉。その中でも海中という悪条件から最も苦戦を強いられると予想していた一角を、まさかの一体目、しかも文字通りの一撃で獲得してしまったのだ。

「……ははっ、マジかよ。幸先良すぎだろ」

カイトは碧い宝玉を手に取り、その冷たい感触を確かめる。

運も実力のうちだ。ティロフィの進化という目標が、一気に現実味を帯びて引き寄せられた。

「よし、一つ目確保だ! 二人とも、この調子で残り二つも一気に集めるぞ!」

「はっ!」

「グルゥゥッ!」

主の言葉に、二体も力強く応える。

カイトは『断罪の剣』を宝物庫へ戻し、再び前を見据えた。

三種の宝玉が揃う時、ティロフィがどのような進化を遂げるのか。そしてその力は、自分たちをどこまで高みへと連れて行ってくれるのか。

期待に胸を膨らませながら、カイトたちは夕闇が迫る二十一層の探索を続けた。

海を割った男と、その忠実なる騎士、そして進化を待つ竜。彼らの進軍を阻めるものは、もうこの階層には存在しなかった。

『現在のジョブ:調教師(Lv.33)』

『使役モンスター:イスト(Lv.41)、ティロフィ(Lv.40)』