軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第79話:向き合う時

三十六層からの撤退を余儀なくされたその日の夜。カイトは自室で、天井を見つめながら独り、思考の海に沈んでいた。

窓の外では春の夜風が木々を揺らし、微かなざわめきを運んでくる。統合ダンジョンのあの「永遠の夜」とは違う、どこか安らぎを感じさせる現実の夜。だが、カイトの胸中にある焦燥感は、一向に晴れる気配がなかった。

「……気づいてはいたんだ。ずっと、どこかで」

カイトはゆっくりと身体を起こし、机の上の端末に手を伸ばした。画面に映し出されるのは、前世で遊び尽くしたはずのゲームのデータではなく、この世界の最新のダンジョン情報だ。

この世界が現実となったあの日から、彼は常に違和感を抱えていた。

例えば、今は【眷属の庭園】で過ごしているであろうティロフィやイストのことだ。ゲームの中では単なるステータスの塊であり、決まった行動に従うだけのデータに過ぎなかった彼らは、今や明確な意志と感情を持っている。

食事を共にすれば「美味しい」と喜び、強敵を前にすれば闘志を燃やす。それは、データなどという言葉では決して片付けられない「生」そのものだった。

周囲の人間関係もそうだ。ゲームであれば、自分が関与しないNPCが勝手に強くなることはない。レベルやスキルは固定され、主人公がパーティに加えることで初めて成長の恩恵に預かれる存在だった。

だが、この世界で出会った友人たちは、カイトが見ていない場所で血の滲むような訓練を重ね、自らの足で歩み、日々成長している。

さらには、職業の体系さえも異なっていた。ゲームでは当たり前に存在した複合上級職のいくつかは、この世界ではいまだ「未発見」の扱いを受けている。

「知識が通用しすぎていたから、目を逸らしていただけなんだな……」

今までの攻略が順調だったのは、前世の知識が正しかったからではない。知識という名の「補助輪」を使いながら、カイト自身の努力と、イストたちの献身的な強さが噛み合っていたに過ぎない。

だが、三十六層で突きつけられたのは、その補助輪が通用しない「現実の厳律」だった。

カイトは端末を操作し、統合ダンジョンの深層に関する冒険者ギルドのフォーラムを読み漁った。

そこで一つの記述に目が止まる。

『三十六層から三十九層:攻略難度・高』

書き込みによれば、この階層は夜間固定という視界の悪さに加え、ドロップ品の質と難易度のバランスが悪いため、常駐して狩りを行う冒険者が極端に少ないのだという。

そして、この世界のダンジョンには「モンスターのリポップ上限」という概念が存在する。狩られる数が少なければ、階層内のモンスター密度は限界まで膨れ上がる。

「つまり、あそこは常に『満員御礼』の状態だったわけか」

ゲームでは描画制限や処理の都合上、一度に出現する敵の数は決まっていた。しかし現実のダンジョンにはそんな制限はない。上限数まで詰め込まれた夜行性のモンスターたちが、組織的な連携をもって侵入者を迎撃する。そこを突破するには、前世の知識以上の「備え」が不可欠だった。

フォーラムの熟練冒険者たちは口を揃えてこう言っていた。

『三十六層以降を少人数で抜けるなら、索敵特化の盗賊上位職が必須だ。影に潜むシャドウガレムを見抜けないパーティは、ただの餌食でしかない』

カイトは深く溜息をつき、自身のパーティ構成を脳内で組み直す。

前衛の騎士、イスト。中距離から広域を制圧する竜、ティロフィ。そして、指揮を執る調教師の自分。

火力、防御力、機動力においては、同レベル帯のパーティを遥かに凌駕している自負はある。だが、この三人の誰一人として「索敵」に特化したスキルを持っていない。

「今までは俺の『危機感知』や前世の知識で対応できていただけだ。だけど、あの闇と擬態の前では、それも通用しない……」

何かしらのテコ入れが必要だ。

新しく索敵用のモンスターをテイムするか? それとも、イストたちに索敵を補助するような特殊な魔道具を装備させるか?

そして、カイトにはもう一つ、確信に近い予定があった。

「俺のレベルが三十になれば、新しいスキル……【挑発の咆哮】を習得できるはずだ」

【挑発の咆哮】。それは周囲の敵のヘイトを強制的に指定した召喚獣へ向けさせるスキルだ。これがあれば、暗闇からの不意打ちを無理やり引きずり出し、先手を打たれるリスクを減らせる。

「そして……ティロフィだ」

現在のティロフィは『灰塵竜』。レベルアップの推移から見て、次の段階への「進化」は近い。ティロフィがさらなる上位種へと至れば、その圧倒的な力で、夜の闇を照らす光になり得るのではないか。

カイトは窓を開け、夜の冷気を部屋に取り込んだ。

頬を打つ風が、熱を帯びた思考を少しだけ冷やしてくれる。

「ゲームと違うのは当たり前だ。生きているんだから。……だったら、俺も生きている人間として、知識に頼るんじゃなく、知恵を絞らなきゃいけないんだな」

知識はあくまで予測に過ぎない。

目の前の現実に適応し、イストとティロフィと共に更なる高みへ登る。そのためには、自分自身が「調教師」として一皮剥ける必要があるのだ。

カイトは再び端末に向かい、夜間戦闘における光魔法の干渉度や、索敵を補助する魔道具の市場価格を調べ始めた。

夜が更け、時計の針が丑三つ時を回っても、カイトの瞳から灯火が消えることはなかった。

明日からは、ただ自分の知識に基づいたルートをなぞるだけではない。

自身の頭で『考え』、『身に着ける』。

敗北をただの負けで終わらせるつもりは、毛頭なかった。

『現在のジョブ:調教師(Lv.29)』

『使役モンスター:イスト(Lv.34)、ティロフィ(Lv.33)』