軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第78話:挫折

三十五層の中ボス、グランディシャークを撃破した翌日。学園の演習時間が始まると同時に、カイトは迷うことなく統合ダンジョンへと足を進めていた。

昨日の勝利は、カイトに確かな自信を与えていた。イストとティロフィのレベルも上がり、連携も円熟味を増している。今の自分たちなら、四十層の大台すら見えてくるはずだ――そんな、微かな「驕り」があったことを、彼は後に深く反省することになる。

転送門を抜け、三十六層のゲートを開いた瞬間、カイトの感覚を襲ったのは「深淵の夜」だった。

「……やっぱりここは暗いな」

これまでの岩嶺フィールドとは一変し、そこには青白い満月のような光が中天に固定された、永遠の夜が広がっていた。巨石の群れは長く不気味な影を大地に落とし、その影はあまりに濃く、まるで深海のように光を拒絶している。

入り口のゲートからしばらく歩いたところでイストが言葉を発する。

「主、お気をつけください。空気の動きが不自然です。影の中に……何かが溶け込んでいます」

イストが白の剣を抜き放ち、カイトの側面に立つ。ティロフィもまた、低い唸り声を上げながら、夜の闇を射抜くようにその鋭い瞳を細めた。

カイトが警戒を強め、一歩を踏み出したその時だった。

シュッ、と空気を切り裂く微かな音。

それは正面の巨石ではなく、カイト自身の足元に伸びる「自分の影」から現れた。

「くっ――!?」

影の中から染み出すようにして立ち上がったのは、漆黒の黒曜石で構成された異形の巨人――シャドウガレムだ。二・五メートルを超える巨躯でありながら、その動きは恐ろしいほどに無音。さらに、鏡面のように磨き上げられた黒い体躯は月光を奇妙に歪ませ、実体があるのかさえ疑わしくさせる。

シャドウガレムの拳が、カイトの喉笛を目掛けて一直線に放たれる。

「【流剣】!」

間一髪、イストが割り込み、剣の腹でその一撃を逸らした。だが、金属音が響くはずの感触は重く鈍い。シャドウガレムは姿勢を崩すどころか、瞬時に反対の腕をカイトの胸元へ突き出した。

「させるか! ティロフィ、火力を集中しろ!」

「グルアァッ!」

ティロフィが喉を焼くような勢いで【灰の咆哮】を放とうとした、その瞬間。

キィィィィィン! と、空間を切り裂くような高周波がカイトの鼓膜を突き刺した。

「ぐ、あぁっ……!? ……っ!今の音は!」

上空から飛来したのは、三メートルに及ぶ黒曜石の翼を持つ大蝙蝠、オブシディアン・バットだった。翼を打ち鳴らして放たれた「超音波の衝撃波」が、カイトの平衡感覚を激しく狂わせる。視界が歪み、地面が波打つ。

その混乱を、狡猾な捕食者が逃すはずもなかった。

「――ワォォォォォン!!」

月光を浴びて銀色に輝く体毛を持つ狼、ルナウルフが、十頭近い群れとなって影の隙間から躍り出た。彼らはシャドウガレムを盾にするように巧みに配置し、カイトの死角を完璧に突いてくる。

「っ、囲まれた!? 」

ルナウルフの一頭が、残像を残すほどの高速移動でカイトの背後を取った。その顎が首元に迫る。

「主!」

イストが強引に反転し、【連閃】で狼を切り払うが、別の二頭がその隙を突いてイストの脚部へ噛みつく。岩のように硬いルナウルフの牙が、白の鎧を軋ませた。

「ティロフィ、ブレスは中止だ! 尾で薙ぎ払え! 仲間を巻き込むな!」

カイトの指示を受け、ティロフィは【竜鞭】を使用しながら大きく体を旋回させた。だが、ルナウルフたちはその動きを予見していたかのように、一斉に影の中へと飛び込み、攻撃を回避。直後、斜め前方にある巨石の頂上に陣取ったシャドウガレムが、自身の鏡面体を月光に晒した。

「――ッ! 」

カイトがそれを認識するよりも早く、強烈な反射光が網膜を焼いた。

「ぐあああっ!」

視界が完全に白に染まる。最悪のタイミングでの目潰し。平衡感覚を失い、視覚まで奪われた絶望的な状況。

背後から迫る複数の足音。ルナウルフたちが、確実に仕留めるために一斉に跳躍した気配が伝わってきた。

「……させ、ない……! 」

気配だけを頼りに、カイトは二体に指示を出す。

「イスト、【破剣】で敵を散らせ! ティロフィ、上だ、ブレスでバットを落とせ!」

カイトの指示に、二体は極限の反応で応えた。

イストが放った【破剣】の斬撃が、空中でルナウルフの群れを薙ぎ払い、ティロフィの【灰の咆哮】が、上空で旋回していたオブシディアン・バットを一撃で灰へと変える。

辛うじて、包囲網を突破した。

視界が戻り始めたカイトの目に映ったのは、さらに闇の奥から這い出してくるロック・ファントムの青白い光弾と、新たなルナウルフの群れだった。

「……ハァ、ハァ……。まずいな、思ったよりも敵の接敵率が高い……。」

カイトの心臓は早鐘を打っていた。

これまでの層では、個々のパワーが上がっても、戦術の根底は「力押し」で通じた。だが、ここではモンスターたちが互いの特性を理解し、環境を利用して、組織的に動いてくる。

夜の視界不良、音による平衡感覚の破壊、そして影を操る擬態能力。

この一戦でゲーム時代よりも難易度が高いと感じている。このまま進めば、間違いなく「事故」が起きる。

「……引き返すぞ。イスト、ティロフィ。一度撤退だ!」

「主、まだ戦えます! 私は……!」

イストが食い下がろうとするが、カイトは力強く首を振った。

「ダメだ。これは、俺の準備不足だ。装備も、索敵のスキルも、この『夜』に対応できていない。……ここで無茶をするのは、俺たちが目指す場所への近道じゃない」

その言葉に、イストは悔しげに剣を収め、ティロフィはカイトを守るように後退の進路を作った。

そのままゲートへと戻り、転送門を抜けた先。総合ギルドまで戻ってきたカイトは認識を改める。

「三十六層……。ここまでは順調に来た、だけど、なんでこんなにもゲームとは難易度が違う?」

想定を遥かに超える難易度。これからの動きを、根底から見直す必要があった。

カイトは唇を噛み締め、考える。この階層を突破するための、新たな力。それを用意しなければ、次への扉は開かないことを、彼は痛感していた。

『現在のジョブ:調教師(Lv.29)』

『使役モンスター:イスト(Lv.34)、ティロフィ(Lv.33)』