軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第30話:不浄の門、泥沼の戦い

土曜日の朝、吉祥寺駅北口。

昼時になれば待ち合わせの若者や買い物客で賑わうであろう駅前広場は、今は静寂に包まれていた。広場の中央、バスロータリーの近くには、歪に空間がねじ曲がったような「門」――単独ダンジョンへのポータルが口を開けている。

カイトはその渦の中へと足を踏み入れた。

「……始めるか」

視界が暗転し、次の瞬間、カイトの鼻腔を突いたのは湿った土と腐敗の混じった臭いだった。

単独ダンジョン『骸骨兵の眠る不浄門』。

そこは、どこまでも続く濃霧に覆われた墓所だった。視界は数メートル先も見えず、無造作に配置された古い石碑や倒れた十字架が、進むべき道を阻むように点在している。

カイトは『宝物庫』から、今や欠かせぬ相棒となった『雷狼の盾』と、安価な樫の杖を取り出した。

左腕にかかるずっしりとした重み。レベル11になったことで、月曜日よりは幾分マシになったが、それでも魔法使いの筋力には過酷な重量だ。だが、人差し指の『追憶の指輪』に意識を集中させると、内側から熱い「理」が流れ込んでくる。

「【ガード・スタンス】」

重心を落とし、盾の縁を視界の端に置く。

霧の奥から、カタカタと乾いた骨の鳴る音が響いた。一体、二体、三体。革の鎧を纏い、石の剣と盾を手にしたスケルトン兵が、虚ろな眼窩に憎悪の光を宿して歩み寄ってくる。

「ギィィイイ!」

先頭の一体が、石の剣を大上段から振り下ろす。

カイトは動かない。剣が盾に触れる直前、手首を僅かに捻って衝撃のベクトルを地面へと逃がした。

ガギィィン!

鈍い衝撃音が響くが、カイトの体勢は微塵も揺るがない。今週一週間、第一階層でゴブリンを相手に繰り返した「防御の反復」が、魔法使いの脆い肉体と盾士の技術のズレを、ミリ単位で修正していた。

「……そこだ」

盾の裏から杖を突き出す。

「【魔力矢】」

至近距離から放たれた青白い弾丸が、スケルトンの額を粉砕する。骨の破片が霧の中に散り、一体が沈む。

すぐさま左から二体目が盾を構えて突進してきた。カイトはそれを正面から受け止めず、盾の面で相手の盾を「叩く」ようにして軌道を逸らす。バランスを崩したスケルトンの胸元が無防備に晒された。

「【炎弾】」

杖の先から放たれた小さな火球が、スケルトンの肋骨の間で爆発した。爆風が霧を一時的に吹き飛ばし、骨の塊を四散させる。

三体目。カイトは相手の出方を待たず、一歩踏み込んで盾で殴りつけた。重い『雷狼の盾』によるシールド・バッシュ。レベル差による筋力の不足を、盾自体の質量と踏み込みの技術で補う。怯んだ隙に、最後の一撃を叩き込む。

戦闘は、驚くほどスムーズだった。

盾士としての「守り」を持ちながら、魔法使いとしての「必殺の牙」を振るう。

それは、この世界の常識ではあり得ない、一人完結型の戦い方だった。

道なりに進み、現れるスケルトン兵を確実に屠りながら、カイトは一層の最深部へと到達した。

『レベルアップ:13』

視界に浮かぶ文字。カイトは深く息を吐き、目前にそびえ立つ巨大な門を見上げた。

これ以上レベルが上がれば、限定報酬の条件から外れる可能性がある。だが、今の自分なら、このまま攻略しきれる。その確信があった。

「……行くぞ」

門を押し開け、二層――ボス部屋へと足を踏み入れる。

そこは、中心に立つ不浄な門を囲むように、円形に霧が晴れた広場だった。

だが、足元からは紫色の禍々しい瘴気が立ち昇っている。吸い込めば肺を焼き、触れれば肉を腐らせる毒の領域。

だが、試練はそれだけではなかった。

門の前には、五体のスケルトン兵が整列し、赤い眼光を放っていた。

カイトは眉間に皺を寄せ、だが大丈夫だという確信をもって歩みを進める。

衆目の一点――五体のスケルトンから向けられる敵意に比例して上がる自動回復が、瘴気で削られる体力を相殺していた。

「……チッ、一斉に来るか」

カイトは盾を構える。

五体のスケルトンが、組織化された動きでカイトを包囲した。

カイトは【炎弾】を放つが、一体を仕留めきる前に、別のスケルトンが盾でそれを防ぐ。さらに、この瘴気の中では、スケルトンたちは受けた傷を即座に修復していく「自動回復」の恩恵を受けていた。

泥沼の戦いが始まった。

カイトが一体を魔力矢で怯ませても、即座に残りの四体が死角から剣を突き出す。

ガガガガッ!

盾を円形に振り回し、全方位からの刺突を弾く。だが、魔法使いのスタミナは急速に削られていく。毒を相殺するための魔力消費も無視できない。

(火力が足りない……! 一撃で砕かなければ、永遠に再生される)

スケルトンたちの剣が、カイトの頬を掠める。

カイトは冷静に、しかし大胆に動いた。

あえて一体の剣を盾で受けず、身体を捻って回避。そのままスケルトンの懐に飛び込み、杖をその頭蓋に直接押し当てた。

「至近距離……最大出力だ!」

魔力を、枯渇を恐れず一点に注ぎ込む。

「【炎弾】!!」

至近距離での爆発。スケルトンの頭部が、再生の隙も与えられず塵へと変わる。

一体撃破。だが、カイトの右肩に別のスケルトンの剣が突き刺さった。

「ぐっ……!」

激痛が走るが、カイトは止まらない。痛みさえも集中力に変え、盾を振り回して残りの三体を吹き飛ばす。

二体目、三体目。

カイトは「防御」を最低限に絞り、その分の魔力をすべて「攻撃」へと転換した。

魔力が底を突きかけ、視界がチカチカと明滅する。

最後の一体。カイトは盾を捨て、両手で杖を握りしめた。

「これで……終わりだ!」

残ったすべての魔力を込めた、渾身の【魔力矢】。

それは青い彗星のような尾を引き、スケルトンの核である胸の魔石を正確に撃ち抜いた。

ガラガラと、最後の一体が崩れ落ちる。

同時に、フィールドを覆っていた瘴気が霧散し、中央の不浄門が眩い光を放ちながら崩壊していった。

『条件達成:魔法使いLv.15以下・ソロ攻略』

『特殊報酬を獲得しました』

カイトの脳内に、さらにシステムウィンドウが表示される。

『スキル: 複製魔法陣(デュプリケート・サークル) 』

カイトの唇が、歓喜に震えた。

今の自分に足りなかったのは、圧倒的な「手数」と「火力」だった。

この魔法陣の上にいる限り、魔法使いの火力は単純計算で二倍になる。

それは、後にカイトが習得するであろう「多重詠唱」や、特化職の奥義と組み合わさった時、このスキルの真価を発揮することになる。

「一歩ずつだ」

カイトは、激しい疲労と傷の痛みに顔を顰め、ポーションを取り出して飲みながらポータルへと歩き出した。

吉祥寺駅の広場に戻ってきた時、カイトを照らしていたのは、清々しい正午の太陽だった。

魔法使いのレベル13。

だが、着実にこの世界の冒険者から逸脱した力を持ち始めていた。

『現在のジョブ:魔法使い』

『現在のレベル:13』