軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第29話:中級職と前進。

水曜日、午後。

統合ダンジョン第四階層の奥深くで、カイトは『雷狼の盾』を構えながら、ゴブリンやスライム、ジャイアントラットを冷静に捌いていた。

人差し指の『追憶の指輪』が鈍い光を放ち、失われたはずの盾士としての剛腕を、技術という名の補助線で補完している。ガギィィン、と鋭い金属音が洞窟に響き、ゴブリンの短剣を、ジャイアントラットの牙を盾の縁で弾き飛ばす。その刹那、空いた右手の樫の杖が、無造作に突き出された。

「【魔力矢】」

至近距離から放たれた青白い魔力の塊が、攻撃態勢に入っていたスライムを貫く。

盾の重みによる疲労は凄まじいが、月曜日から繰り返してきたこの「近接魔導戦」のスタイルは、確実にカイトの肉体に馴染み始めていた。

『レベルアップ:11』

視界の端に浮かんだログを確認した瞬間、カイトはあえてその歩みを止めた。

目の前には、第五階層へ行くかダンジョンから出るかを選択させるシステムウィンドウが出ていたが、彼は迷うことなく帰還を選択。

(……ここまでだ。これ以上、今は上げてはいけない)

カイトの脳裏には、前世で培った「隠し要素」に関する膨大な知識が展開されていた。

吉祥寺駅北口。かつて彼がプレイしていた、あるいは知識として持っていた『世界』において、そこには極めて特殊な単独ダンジョンが存在する。

――『骸骨兵の眠る不浄門』。

全二層という小規模な構造ながら、そのクリア報酬であるスキル【複製魔法陣】は、魔法使いという職業の根幹を揺るがすほどの戦略的価値を持っている。

だが、その入手には極めてシビアな制限が課せられていた。

『魔法使いLv.15以下』かつ『ソロでの攻略』。

もし今のペースで統合ダンジョンを潜り続ければ、今週末には確実にレベル15を超えてしまうだろう。そうなれば、あの至高のスキルを手に入れる権利を永遠に失うことになる。カイトにとって、この「限定報酬」は何としても手に入れなければならない、今後の生存戦略における大事な核だった。

(レベル11。……攻略でのレベルアップを考えれば、猶予はあとレベル4つ分か)

カイトはそれ以降、演習の時間を効率的なレベリングではなく、徹底した「基礎の反復」に充てることに決めた。

あえて第一階層まで戻り、最弱のゴブリンを相手に、盾を構えながらの詠唱、衝撃を受けた直後の魔力制御、そして盾士時代の『ガード・スタンス』と魔法使いの脆い肉体のズレを埋めるための動作確認。

カイトは、研ぎ澄まされる自身の感覚に、確かな手応えを感じていた。

時は流れ、金曜日のホームルーム。

教室の空気は、朝からどこか浮足立っていた。

教官が壇上に立つと、その鋭い眼光が教室内をゆっくりと見渡した。彼は手元の資料を一度置き、重々しい口調で告げた。

「……発表がある。昨日の演習において、本クラスから初の中級職昇格者が現れた」

教室内が、静まり返った直後に爆発的なざわめきに包まれた。

教官が名を読み上げる。

「佐藤、田中、鈴木、九条院、清水、松田、大久保。……お前たちは昨日、ギルドにて正式に中級職への転職を確認した。よくやった」

わあぁっ、と歓声が上がる。

「すげえ!」「もう中級職かよ!」「さすが九条院、それに佐藤たちも……」

いたるところから尊敬と祝福の言葉が飛び交い、佐藤たちは照れくさそうに、九条院は当然の結果だと言わぬばかりに凛とした表情でそれを受けていた。

九条院のパーティーは、カイトと共に歩んできた佐藤たちは、着実に「上のステージ」へと足を踏み入れたのだ。

その喧騒の渦中で、カイトは一人、静かに窓の外を眺めていた。

ほんの数日前まで、自分もそこにいたはずの場所。

今やクラスメイトとのレベル差は開き、かつての仲間は手の届かない高みへ行ったかのようにさえ感じる。

教官は、祝辞を述べ終えた後、ふと一瞬だけカイトの方に視線をやった。

その目は「お前はどうするんだ」と問うているようでもあり、「今のままでは置いていかれるぞ」と警告しているようでもあった。だが、教官はすぐに視線を外し、再び全体に向かって告げた。

「諸君らの成長速度は予想を超えている。これを受け、学校側は五月末、第二十層の『合同攻略』を実施することを決定した。……それまでに各自、中級職へと昇格を果たし、新しい力を使いこなせるよう、万全の準備で挑めるようにしておけ」

二十層。

そこは初級職ではどうあがいても攻略できないと言われ、中級職としての真価が問われる最初の壁だ。

「五月末か……」と、生徒たちが気を引き締める中、カイトは胸中で自身のスケジュールを再構築していた。

(……二十層の合同攻略まで、あと二週間か、中級に昇格するのは……難しそうだ。だけど)

カイトにとって、佐藤たちの昇格も、合同攻略の決定も、焦りの材料にはならなかった。

むしろ、周囲が自分を「脱落者」として認識してくれている今こそ、誰にも邪魔されずに力を蓄える絶好の機会だ。

五月末の二十層攻略。その時、自分がどの位置に立っているべきか。

そのためには、まずこの週末だ。

(今週末に『不浄門』をクリアする。……【複製魔法陣】さえ手に入れば、俺のレベリング速度は今までの比ではなくなる)

ホームルームが終わり、騒がしくなる教室。

佐藤がカイトの方を振り返り、何かを言いかけ、そして言葉を飲み込んだ。

カイトはそれに気づかないふりをして、荷物をまとめる。

明日。吉祥寺駅前、そこにある単独ダンジョンに潜る。

カイトの瞳には、置いていかれる者の焦りでも、没落した者の悲しみでもない、ただひたすらに先を見据える熱が宿っていた。

「待ってろ、不浄門」

小さく呟かれたその言葉は、中級職昇格を祝う歓声にかき消され、誰の耳にも届かなかった。

『現在のジョブ:魔法使い』

『現在のレベル:11』