軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第102話:推薦とそれぞれの想い

「――お前たち、学生大会に出てくれないか」

夏特有のねっとりとした熱気が窓の向こうで揺れる、七月の日のことだ。

放課後、教官によって急に会議室へと呼び出されたカイトたちを待っていたのは、そんな予想だにしない打診だった。

長机を挟んで、そこには三つのグループが集まっていた。

まずは結城カイト、ただ一人。

そして、かつてカイトの最初のパーティーメンバーであり、現在は自分たちの足で歩みを進めている佐藤勇馬、田中美紀、鈴木しおりの『佐藤パーティー』の三人。

さらに、九条院、清水、松田、大久保の四人が所属する『九条院パーティー』。

この学校において、今もっとも異彩を放ち、そして凄まじい速度で成長を遂げている面々が一堂に会した会議室は、教官の一言によって一時的に静まり返った。

「学生大会、ですか?」

最初に沈黙を破ったのはカイトだった。

毎年、中学生でプロの卵であるアマチュアの学生冒険者たちがその技量を競い合い、世間的にも大きな注目を集める一大イベント。テレビでの生中継も行われるほどの規模であることは知っていたが、まさかカイトは自身がそれにかかわるとは思っていなかった。

「ああ。通称『アマチュア学生大会』だ。毎年、この時期になると本戦や予選に向けた準備が始まるんだが……。なぜお前たちを呼んだのか、その理由は分かっているか?」

教官は腕を組み、集まった生徒たちを一人ずつ見据えながら言葉を続けた。

「うちの学校ではな、学生大会が開催されてから毎年、その時点で学校内トップクラスの実力を有している三年次のパーティーをいくつか推薦する決まりになっている。ここにいる全員、実力的にはその基準を遥かに超えて頭一つ抜けているから、推薦枠としては至極当然の選出だ。だが――今年、お前たちにこれをお勧めするのには、単に『学校でトップクラスだから』という理由以外に、もう一つ大きな理由がある」

教官は一度言葉を切り、机の上に一枚の資料を置いた。そこには、ある単語が大きく記されていた。

「――『複合上級職』に関してだ」

その言葉に、カイトを除く全員の身体が微かに強張った。

「結城は言うまでもないが、ここにいる佐藤たちのパーティーは今年の二月。そして九条院たちのパーティーは、追うようにして四月に、パーティーメンバー全員が複合上級職へと転職を果たしている。これは学校側としても前代未聞の快挙なんだが……実を言うと、今回の推薦は、学校の意志だけではなく『都営ギルド』から直々のお願いでも進められているんだ」

「ギルドからの、お願い……?」

九条院パーティーの清水が、不思議そうに首を傾げた。教官は深く頷く。

「そうだ。結城、お前が去年、世界で初めて複合上級職――『調教師』の存在と、そのベースとなる転職条件を大々的に発表したな。世間は大いに沸いた。だがな……いざ蓋を開けてみれば、今までの職やレベルを一度リセットしてまで、即座に複合上級職を目指せる人材というのは、実際にはごく少数しかいなかったんだ」

教官の言うことは、極めて現実的な事実だった。

どれだけ強力な職業だと分かっていても、これまで積み上げてきた上級職のレベルやスキルを捨てて初期レベルからやり直すというのは、専業の冒険者であっても、これからの未来がある学生であっても、あまりにもリスクが高すぎる。そのため、世間の関心は高くとも、実際に転職へ踏み切る者は中々いないのが現状だった。

「そんな中だ。ギルドは、この学校に『すでに全員が複合上級職に転職し、実戦レベルまで育て上げている生徒たちがいる』という情報を聞きつけた。だからこそ、ギルド側としては、この大会という最高の舞台でお前たちに複合上級職の圧倒的な力と可能性を披露してもらい、世間の冒険者たちの背中を押す起爆剤になってほしい……そう頼み込んできたわけだ」

そこまで説明し終えると、教官は長机に両手を突き、生徒たちを見つめた。

「事情は以上だ。もちろん、強制ではない。お前たちのこれからの攻略計画もあるだろうからな。だが、どうか前向きに検討してほしい。……何か意見はあるか?」

静まり返る会議室。それぞれの胸中に、異なる思いが去来する。

その沈黙の中で、最初に大きく息を吸い込み、ニカッと笑って口を開いたのは佐藤だった。

「いいんじゃねぇか? 教官、俺は乗ったぜ!」

「勇馬くん……!」

鈴木が驚いたように声を上げるが、佐藤の目は真っ直ぐに前を向いていた。

「カイトにたくさん協力してもらって、アドバイスも貰って、俺たちは必死にこの”職”の力を手に入れたんだ。慣れねぇ戦い方に文句言いながらもよ、泥臭く鍛え上げてきた自信はある。その複合上級職の力、みんなに知らしめることができるってんなら、俺は喜んで暴れてやるぜ!」

「ふん、相変わらず単純なんだから。でも……まぁ、勇馬の言う通りね。私たちがどれだけ強くなれたのか、世間に見せつけてやるのも悪くないわ」

田中も、どこか不敵な笑みを浮かべて髪を払う。鈴木も、二人の言葉に押されるように強く頷いた。

「ええ。私も、みんなと一緒に頑張ってきた成果を試してみたいです」

佐藤パーティーの熱い返事に、教官の表情が少しだけ和らぐ。

そして、それに続くようにして、今度は九条院パーティーのリーダーである九条院が、凛とした声を響かせた。

「ええ、私も佐藤くんたちと同意見です。それに――教官、この大会に出場するということは……結城くんと、公式の場で戦えるかもしれないのでしょう?」

九条院の鋭くもどこか楽しげな視線が、カイトへと向けられる。

「結城くん。あなたにあの時助けてもらって、私たちはあの日から必死に前を向いて進んできました。あなたが示してくれた複合上級職の道を進み、私たちが今、どこまで強くなれたのか。それをあなたに直接知ってもらうには、これ以上ないほどにちょうどいい機会だと私は思うわ。……もちろん、清水たちも、いいわよね?」

「僕は少し怖いけど……結城くんに格好悪いところ見せられないしね!」

清水が元気に拳を握り、松田と大久保もまた、静かに、しかし確固たる闘志を瞳に宿して深く頷いた。

全員の思いが、一つの方向へと向かっていく。

佐藤パーティーも、九条院パーティーも、カイトという大きな存在を目標に、そして彼への感謝と敬意を胸に抱いてここまで走ってきたのだ。その成果を、カイトに見せたい、そしてあわよくば、正面から戦ってみたい。その純粋な冒険者としての欲求が、彼らの心を突き動かしていた。

最後に、すべての視線が結城カイトへと集まる。

カイトは周囲の仲間たちの輝くような表情を見渡し、少しだけ困ったように、けれどどこか嬉しそうに口元を綻ばせた。

「教官。――俺も、参加します」

「結城、お前も出てくれるか!」

「はい。皆がこうして熱い思いを口にして、俺との対戦まで楽しみにしてくれてるんです。ここで俺だけ参加しないわけにはいきませんからね。それに……俺自身も、みんながどれだけ強くなったのか、この目で確かめてみたいですから」

カイトのその言葉に、会議室の空気が一気に明るくなった。佐藤は嬉しそうに卓を叩き、九条院は満足そうに微笑む。

「そうか、全員が承諾してくれるか! いや、本当に助かる。学校側としてもこれほど心強い代表はいないからな」

教官は大きく安堵の息を漏らすと、すぐに表情を仕事のそれへと戻した。

「よし、では大会に出るための正式な手続きの書類を、この後すぐに用意して渡そう。あとな、先ほども言った通り、この学生大会はテレビでも地上波でがっつり放映されるからな。親御さん方の許可も必要になる。書類をしっかり書いて、必ず提出してくれ」

そう言い残すと、教官は「すぐに取ってくる」と書類の準備のために足早に会議室を出て、教官室へと向かっていった。

バタン、とドアが閉まる。

残された会議室の中、張り詰めていた緊張感は完全に霧散し、一転して賑やかな空気へと変わっていた。

「へへ、カイト! お前と戦えるのを今から楽しみにしとくぜ! 予選で当たっても手加減すんなよ!」

佐藤が身を乗り出し、カイトに向かって拳を突き出す。

「はは、手加減なんてしたらイストたちに怒られちゃうよ。でも、予選はバトルロワイヤル形式だって聞いたから、もしかしたら本戦に上がる前に潰し合っちゃうかもしれないね」

「望むところよ。あんたが後ろで指示出してる間に、私が全部焼き払ってあげるわ」

田中が冗談を飛ばすと、カイトは苦笑いを返した。

「結城くん、私たちのことも、楽しみにしていてね。あの時とは一味違うんだから」

九条院もまた、確かな自信を覗かせる。彼女たちのパーティーも、複合上級職となってから尋常ではない効率でダンジョンを攻略している。その実力は、今やプロの底辺を優に超えているはずだ。

「うん、本当に楽しみだよ。みんながどれだけ強くなってるのか、ワクワクする」

教官が書類を持って戻ってくるまでの間、会議室は、これから始まる大舞台へ向けた、若き強者たちの雑談と笑顔の場で満たされるのだった。