作品タイトル不明
第100話:オーク決戦・後
静寂が、二十層の玉座の間を支配していた。
オークナイトにオークジェネラル、そして後衛を支えていたマジシャンやフラッガーのすべてが光の粒子となって霧散し、戦場に残されたのは、ただ一匹。
一段高い玉座に鎮座する、あの『オークキング』のみとなった。
「……ブモォォ」
配下をすべて失ってもなお、王の威厳が揺らぐことはない。
五メートルを超える巨体に凶悪な鎧を纏ったオークキングが、ようやく重い腰を上げて玉座から立ち上がった。その手には、自身の身長ほどもある巨大な錫杖が握られている。
王の瞳がカイトたちを真っ直ぐに見据えた瞬間、空間の温度が一段下がったかのような凄まじいプレッシャーが押し寄せてきた。
プロの一線級の冒険者パーティーがレイドを組んで、総力戦で挑んでようやく勝てるという最深部のボス。その本領が、今まさに発揮されようとしていた。
オークキングは、まずは小手調べとばかりに、手にした錫杖を軽く突き立てた。
刹那、凄まじい大地の魔力が噴出する。
ドガガガガガッ!!
広間の床を構成していた巨石が砕け散り、いくつもの巨大な岩の礫となって猛烈な速度でティロフィへと襲いかかった。同時に、カイトとイストの足元の地面が爆発するように盛り上がり、鋭利な岩のスパイクが何本も突き上がってくる。
「ティロフィ、回避! イスト、下がって!」
「グルァッ!」
「ハッ!」
カイトの鋭い指示に、二体は即座に反応した。ティロフィは【飛翔】の翼で巨体を滑らせて岩の礫を紙一重でかわし、イストは【瞬動】の圧倒的な速度で後方へと跳躍してアーススパイクの牙を完璧に避けてみせる。
しかし、王の波状攻撃は止まらない。オークキングがさらに錫杖を大きく振るうと、砕けた無数の砂岩が寄り集まり、まるで巨大な龍のような形を成した大量の流砂へと変化した。その流砂の龍が、咆哮を上げるようにしてティロフィへと牙を剥く。
「させるか……! ティロフィ、【灰の咆哮】――ッ!」
その指示を聞いてすぐ、ティロフィの喉元が赤黒く染まり、その顎からすべてを焼き尽くす灰のブレスが放たれた。超高熱のブレスと、大質量で押し寄せる流砂の龍が正面から激突する。
ズドォォォンッ!! と爆鳴が響き渡り、熱波によってドロドロに溶けた溶岩と砂塵が周囲に飛び散り、相殺された。
それと同時に、今度はイストの足元へ向かって、岩でできた獰猛なイノシシが十体も生み出され、地響きを立てて突進を開始した。五重バフを失ってもなお、キング単体の魔法威力はこれまでのモンスターとは一線を画している。
「……この程度!」
正面から迫る十体の岩の突進に対し、イストは怯むことなく白銀の直剣を横一線に構えた。剣身に強大な魔力が集束し、眩い光を放ち始める。
「【破剣】――ッ!!」
イストが鋭く剣を振り抜くと、扇状に広がる巨大な斬撃の波動が放たれた。
ズバァァァンッ!! と空間を切り裂く音が響き、突進してきていた十体の岩のイノシシは、その圧倒的な範囲攻撃の前に一瞬で一刀両断され、ただの瓦礫へと還っていった。
小手調べの魔法をすべて完璧に対処され、じれったく思ったのだろう。オークキングの冷酷な瞳に初めて、明確な苛立ちの色が混ざった。
王は一歩下がり、手にした錫杖を両手で天高く掲げると、これまでよりも明らかに長く、重厚な詠唱を開始した。
「イスト、ティロフィ! 詠唱を止めるんだ、叩き込め!」
カイトの指示で、二体が一斉にオークキングへと肉薄する。しかし、王の身体の周囲に突如として半透明の頑強な土属性の結界が展開された。
イストの放った鋭い【一閃】も、ティロフィの魔力を込めた【魔纏・爪】による一撃も、その強固な結界の表面を激しく叩くだけで、弾き飛ばされてしまう。
「くっ、結界か……! 完全に大技の発動に専念しているな」
カイトが歯噛みする間に、オークキングの詠唱が完了した。
その瞬間、上空へと凄まじい、文字通り桁違いの魔力が生み出される。
この第二十層は、城の玉座の間のような内装をしていながらも、見上げれば『天井がない』、夕暮れの空がそのまま見える特殊な階層だった。
その天高く、雲よりもさらに高い遥かなる上空から、異様な圧迫感と共に、巨大な丸い物体が凄まじい速度で落下してきているのが見えた。
「あれは……」
「グルァ……」
落下してくるそれを見上げたイストとティロフィが、信じられないものを見るかのように絶句した。
何故なら、天空から落ちてきている物体は、体長五メートルのティロフィさえも遥かに凌駕する、十メートル台の硬質な岩――本物の『隕石』そのものだったからだ。
「――【偽メテオ】か……」
カイトがポツリと、その魔法の名前を呟いた。
あまりにも理不尽な超高火力広範囲魔法。落ちてくる隕石の質量と速度、まともに喰らえば階層ごと消し飛びかねない威力を秘めていることが容易に理解できた。
ただ、オークキングの属性は土、火属性の混じっている【メテオ】よりかは幾分かマシと言える。
隣に立つ二体の身体が、その圧倒的な破壊の質量を前に一瞬だけ強張る。
「二人だと、流石にあれはどうしようもないかもね」
カイトはそう言うと、怯えるどころか、フッと不敵な笑みを浮かべた。一歩前へと歩み出で、自身の武器へと手をかける。
「大丈夫、見てて」
主人のその言葉に、イストとティロフィはハッとしてカイトの背中を見つめた。そこには、絶対的な安心感と、底知れない強者のオーラが漂っていた。
十、九、八……。
隕石が爆音を立てて大気を引き裂き、みるみるうちに巨大化していく。圧倒的な熱風が広間を狂わせるように吹き荒れる。
そして、落下から約十秒が経過し、隕石がカイトたちの頭上へと完全に肉薄し、すべてを圧殺せんとしたその刹那――。
「――『魔剣開放』」
カイトの静かな呟きと共に、彼の持つ武器から、世界のすべてを塗り替えるかのような絶大な純白の魔力が爆発的に解き放たれた。
カイトはその魔剣を、迫り来る巨大な隕石へと向けて、無造作に振り抜いた。
――瞬間。
戦場からすべての音が消え去った。
一筋の純白の閃光が、天空から迫る十メートル超の隕石の真ん中を真っ直ぐに、滑らかに通り抜けていく。
次の瞬間、轟音と共に、巨大な隕石が中心から綺麗に真二つへと両断された。
真っ二つに割れた隕石の巨塊は、その落下の軌道を大きく歪め、下にいたカイトやイスト、ティロフィのいる中心部を綺麗に避けるようにして、左右の離れた地面へと轟然と落下していった。
両脇で凄まじい爆発と衝撃波が巻き起こり、巨石の柱が何本も砕け散る。しかし、カイトたちの立っている場所だけは、完全に無傷のまま、静寂が保たれていた。
「……流石、主です……!」
「グルァァッ!」
イストは心底からの心酔と尊敬の念を込めて胸を張り、ティロフィもまた、目を輝かせながら興奮したように咆哮を上げた。
調教師でありながら、個人の戦闘力としても規格外の奥の手を持つ主人。その背中は、二体にとって何よりも誇らしいものだった。
一方、玉座の前に立つオークキングは、自身の最大最強の大技である【偽メテオ】が、まさか人間たった一人の手によって正面から完全に叩き斬られるとは思っていなかったのだろう。
手にした錫杖を掲げたまま、目に見えて驚愕し、信じられないものを見たかのように完全にその場で硬直して固まっていた。
「ほら、二人とも」
魔剣の力を収めながら、カイトは固まっている王を指差し、悪戯っぽく微笑んだ。
「大技を使った後で、相手は隙だらけだ。今のうちに、一気に攻撃しちゃおうか」
「――御意に!!」
「グルァァァッ!!」
カイトの合図とともに、二体が爆発的な速度で動き出した。
イストは【瞬動】を連続で発動し、残像を残しながら一瞬でオークキングの懐へと潜り込む。大技直後の硬直状態にある王は、防壁を張ることも、錫杖を動かすこともできない。
「【連閃】――ッ!」
限界まで研ぎ澄まされた高速の連続斬撃が、オークキングの頑強な鎧を容赦なく切り裂いていく。バキバキと音を立てて鎧の破片が飛び散り、王の巨体から鮮血が噴き出した。
同時に、上空からは黒形態のティロフィが急降下。
「グルァッ!」
【魔纏・爪】によって漆黒の魔力を爆発させた凶悪な爪撃が、オークキングの太い腕と胴体を容赦なく引き裂き、その大質量で巨体を地面へと叩きつける。
しばらくの間、オークキングは全く抵抗することもできず、無防備なままイストとティロフィの苛烈極まる波状攻撃を一方的に受け続けることとなった。
「ブモォォォォォッ!!!」
だが、流石は一階層を統べる王というべきか。
並のモンスターならとうに消し飛んでいるはずのダメージを受けながらも、オークキングは魔法の硬直から強引に復帰し、怒り狂ったような咆哮を上げた。
瞬時に自身へ強力な【身体強化魔法】を発動し、その巨体がさらに一回り引き締まる。
王は手にした巨大な錫杖を凄まじい速度でブン回し、イストの直剣の突きを強引に弾き飛ばした。
近距離勝負へと移行したオークキングは、その驚異的な身体能力を活かし、達人級の『杖術』と『体術』を繰り出し始める。さらに、足元の地面から突発的に【地割れ】や岩の突起を発生させる魔法を近接戦闘の中に巧みに織り交ぜ、二体を力押しでねじ伏せようと暴れ狂った。
錫杖と白銀の剣、そして強靭な爪が激しく火花を散らす。
しかし――カイトの的確な指示のもとで、限界まで戦術を深め合ってきた二体の完璧な連携の前には、王の執念も一歩及ばなかった。
キングがティロフィへ向けて錫杖を振り下ろした瞬間、イストが【流剣】でその莫大な威力を鮮やかに受け流し、王の体勢を大きく崩れさせる。
「今だ、ティロフィ!」
「グルァァァァッ!!!」
完全にガラ空きになったオークキングの胸元へ向けて、ティロフィが最後の一撃を叩き込んだ。
漆黒の魔力を限界まで纏わせた【魔纏・爪】が、王の分厚い胸元の鎧ごと、その肉体を深く、完全に引き裂いた。
「ブ、ブモ……ォ……」
オークキングの動きが、完全に止まった。
手にした巨大な錫杖がその手から滑り落ち、床に虚しい音を立てて転がる。王はカイトたちを恨めしそうに見つめた後、その巨体を維持できなくなり――。
サラサラと、光の粒子となって完全に霧散していった。
後に残されたのは、これまでに見たこともないほどに巨大で純度の高い『魔石』と、王が愛用していたあの重厚な『錫杖』を人間サイズまで縮めた物だった。
戦場に、完全な静寂が戻ってくる。
カイトはゆっくりと歩み寄り、転がっている戦利品を見つめた後、大きく息を吐き出して、共に戦い抜いた二体へと最高の笑顔を向けた。
「お疲れ様、イスト、ティロフィ。完璧な勝利だ。……これで『オーク族の狩猟草原』、完全攻略だね!」
主人の誇らしげな声に、イストは優美に礼を取り、ティロフィは嬉しそうに翼を大きく羽ばたかせるのだった。
『現在のジョブ:調教師(Lv.61)』
『使役モンスター:イスト(Lv.26・銀騎士)、ティロフィ(Lv.26・黒白竜)』