軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19

その夜、離宮を訪ねてきた陛下は、ソファーに座るなり、これでもかというくらいむっつりした態度で腕を組んだ。

しかも普段は必ず私の隣に座るのに、今日は斜めの位置にある一人がけの椅子を迷わず選んだ。

私がローガンさんと出歩いたことを明らかに怒っている。

ほぼ強制的に連れていかれたとはいえ、結果的に陛下との約束を破ってしまったことに変わりはない。

申し訳なく思いながら、陛下の向かいで縮こまる。

「それで? エミ、どういうことか説明してくれ」

「……蝶々ちゃんから報告受けているんじゃないの?」

「魔道具は、エミたちが兵舎に着いた直後からの情報を消されていた。ローガンの仕業なのはわかっている。俺が異変に気づいたのは、魔道具が強制的に人間の姿に変えられたことが伝わってきたからだ」

だからそれまでの私たちの行動を陛下は知らないのだと言った。

私は、ドリンクを飲んで回復した兵士さんたちが喜んでいる姿をローガンさんが見せてくれたこと、魔法で姿を消してもらっていたので、誰にも見られていないことを説明した。

「ローガンの執務室に移動してからは?」

「……」

「エミ?」

あの戦場で感じた恐怖がせり上がってきて、慌てて自分の口を手で覆う。

「大丈夫か?」

心配そうな陛下の声に、なんとか息をついてやり過ごす。

それまでムスッとしていた陛下が表情を変え、前のめりになった。

怒りなんて忘れて、様子のおかしい私の身を案じてくれる。

それがわかったから、私もちゃんと、自分が見てきたことと向き合わないといけないと思った。

「国境で、何があったかを教えてもらったの」

できるだけ動じてないふりを装ってそれだけ伝えると、陛下が目を見開いた。

「……! ローガンの奴! ふざけたことを……!」

唸るような声で怒りを露にした陛下は、けれどすぐハッと息を呑んで、無意識に握りしめていた拳を下ろした。

「そんな話を聞かせるなんて、ローガンをしっかり監視しておかなかった俺のミスだ。ごめん」

「陛下のせいなんかじゃないよ……! それに、私大丈夫だから……!」

「大丈夫そうになんて見えない」

「でも、ほんとに! そう、ほらあの、少し話を聞いただけだし。ね?」

話を聞いたと言っただけで声を震わせるほど激高した陛下に、まさか戦場でのことを疑似体験させられたなんて言えるわけがない。

「……あとね、私、知れてよかったと思ってる。たしかに驚いたし、ショックだったけれど、国境で起きたことや魔獣のことって、今この国が抱えている問題なんでしょう? それを王妃が知らないって、まずいんじゃないかな」

「そんなことない。魔獣の問題は俺がすべて把握しているし、可能な限りの対応はしている」

「王妃の立場でそれはさすがに許されないんじゃ……」

「俺が誰にも文句なんて言わせない」

「……」

うーん。ただでさえ私が公務に参加できないせいで、陛下が色々言われているみたいなのに。

そのうえ国の危機に対して無関心な王妃とそれを庇う国王なんてことになったら、大問題な気がする。

「エミに苦労を掛ける気はない。この離宮で、外の世界のことなんて気にせず、のんびり暮らして欲しいんだ。だから、この国が抱える問題をエミが知る必要なんてなかったのに」

知る必要なんてなかった、か……。

陛下は私のことを考えてくれているのだと思う。

そうだとわかっているのに、どうして役立たずだと言われた時のような寂しさを覚えるのだろう。

「あ、ねえ! 話変わるけど、魔道具の子たちが人間になれるなんてびっくりしちゃった。蝶々ちゃんに名前はあるの? すごくかわいいよね」

強引に話題を変え、無理矢理笑いかけてみる。

「今の話、エミは納得してないんじゃないのか?」

うう、突っ込んでくるなあ。

もちろんモヤモヤしたものは残っている。

ただ、私と陛下は考え方が真逆みたいだし、今意見をぶつけ合ったって平行線にしかならない気がする。

こういうときは一度時間を置いて、双方の意見を冷静に吟味できるようになってから話をするべきだ。

とりあえず「これ以上言いたいことはないよ」と言って、口角を上げる。

今度はさっきより自然に笑えたはずだ。

「……エミは全然本音でぶつかってきてくれないんだな」

陛下は身を引いた私の対応が気に入らなかったらしく、再び深い息を吐いてから、首を横に振った。

「国境であったことについて、エミがこれ以上話したくないならそれはもういい。魔道具は……まったく。あいつらの性能は、見た目に選んだ動物の能力に影響されるんだ。視界に入ってもエミが不快に思わないよう蝶にしたんだけど、判断ミスだったよ。あんな半人前にはエミを任せておけない」

「あの子は何も悪くないよ!?」

「そんなことないだろ。作り手の要求に答えられないような道具だぞ。役立たずにもほどがある」

「ちょっと待って。そういう言い方ってないんじゃない!?」

思わず大きい声を出すと、陛下は驚いたように瞬きをした。

ああ、もう、私ったら何をしてるんだろう。

意見の食い違いで空気が悪くなりそうだったから、強引に話題を変えたのに、その直後にこれだ。

だけど、さっきとは違って、私が言葉を飲み込んでしまったら、陛下は蝶々ちゃんをリストラしそうな雰囲気だった。

「あの、さ……怒ってる、よな? どうしてか理由を聞いてもいい?」

どうやら陛下は本当に理由がわからないらしく、途方に暮れたような顔で尋ねてきた。

「怒っているっていうより、どうしてっていう気持ちかな」

「うん」

「私にとって、蝶々ちゃんは道具なんかじゃないから、陛下の言い方に納得がいかなかったの。だってあの子たちは、会話もできるし、笑いかけてくれたんだよ。それって、心があるってことじゃないの? いくら魔法で作られているからって、単なる道具として扱うのは悲しいよ」

「……なるほど。そんなふうに考えたことはなかったな。でもエミが嫌だって言うなら、改める。――魔道具に心がある、か。そんなふうに言う人間、今まで出会ったことないな」

「……変だって思う?」

この世界にはこの世界のルールがあるはずなのに、そんなの無視して自分の気持ちを優先させてしまう私は、結構やばいやつなんじゃないか。

そう思って私が問いかけると、陛下は表情を崩してふにゃっと笑った。

「なんでそんな不安そうな顔するんだ? 俺はそういうところを好きになったのに」

「……っ」

このタイミングでどうしてそんな底なしにかわいい顔して笑うのっ……。その不意打ちはずるい……。

「それにエミが思ってることを伝えてくれたのがうれしかった。なあ、エミ。全部こうやって伝えてくれていいんだよ。俺に腹が立ったら、それもそのままぶつけていい。我慢して、飲み込まれると、エミを遠くに感じてしんどい」

「陛下……」

「とりあえず、蝶のことは俺が無神経だった。ごめん。今後もエミの傍に置く魔道具は、あの蝶でいいのか?」

「うん。あの子がいい」

「追加で猛獣型の魔道具に護衛させるっていう方法もあるよ」

「猛獣!? いやいや、あの子だけで大丈夫! 私、蝶々大好きだから!」

「ふうん」

エミは蝶が好きなのか、と独り言のように陛下が呟く。

そんな彼の横顔は、部屋に入ってきたときと比べてだいぶ穏やかになっている。

「陛下、私もごめんね」

「え?」

「今日の昼間のこと。怒らせちゃったよね」

「……なんで俺が怒ったって思う?」

「それは、私が勝手に離宮を離れたから……?」

「……エミは俺の気持ちを全然わかってない」

彼は盛大な溜息を吐いて、両手で顔を覆ってしまった。

「あ、あの、陛下?」

「エミのことが大事だって、何度も繰り返し言ってるのになんで全然届かないんだろ……。言葉だけじゃ足りないってこと?」

指の隙間から、熱っぽい視線を向けられて、心臓がどきりと鳴った。

「悪いと思っているなら、――来て」

「……っ」

椅子に座ったまま、陛下が私に向かって手を伸ばす。

いつも陛下から来てくれるから、自分自身で傍に近づいていくことがとても恥ずかしい。ソファーから立ち上がった私は、ぎこちなく陛下の前に立ち、差し出された手を取った。

ちょっと気まずくて、目線があげられない。

「何そのかわいい顔」

「えっ」

「照れて俯くとか。あっさり許しそうで腹が立つ……」

「ええっ!?」

「そんな簡単に許したくない。めちゃくちゃ心配かけたことだけじゃなく、ローガンにべったりすぎることにも怒ってるし」

「そ、そうなの……? って、べったりなんてことは全然ないよ!?」

「本当はやっと仕事がひと段落ついて、今日の夜はエミと楽しく過ごすはずだったのに、ローガンのせいで台無しだ」

「大変だったお仕事片付いたんだ! ご苦労様!」

「……だからその笑顔。そうやって毒気抜くのずるい。もう、いい。やめる。無駄に抗っても俺がエミに夢中なのは変わらないし、五日も会えなかったのに不貞腐れてる場合じゃない」

「あ、そうそれ。最近、陛下を見ないからすごく忙しくなっちゃったのかなあって心配してたんだよ」

「心配じゃなくて、そこは会いたかったって言って欲しいところなんだけど……。はぁ……。エミも同じぐらい俺のことばかりになればいいのに。そうしてやりたい」

繋がれていた手をくんっと引かれ、陛下の両足の間に立つ格好になった。

下から私を見上げている陛下がゆっくりと手を伸ばしてくる。

きっと陛下は、さっき二人の間に流れた気まずいすれ違いを埋めたくて、触れ合いを求めているのだろう。

「……ま、待った! やっぱりこれは恥ずかしい……!」

「逃げないで」

「……!」

頼りなげな年下の男の子の顔で、そんなふうに言われたら、拒めるわけがなかった。

なんだかんだ言って、私は陛下に弱いのだ……。

私がじっとしていると、遠慮がちに彼の手が私の顎に触れてきた。

子猫をあやすように撫でられ、くすぐったさに身を竦める。

彼の人差し指はそのままそっと私の下唇に触れてきた。

真綿のような柔らかさでゆっくり辿られ、ぞくりとなる。

「唇冷たいな……」

陛下は困ったように眉を下げてから、手を離した。

「あまり調子がよくないのか?」

「え? そんなことないと思うけど……」

「自覚がないだけじゃなくて? そもそもエミは最近働き過ぎだし。国境の話をしてるときなんて、真っ青だった。大事を取って明日は休め」

「えっ、でも……」

「休むこと!」

「う、うーん」

別にどこも悪くないはずだし、それに働き過ぎなんてこともない。

陛下と違って私はちゃんと睡眠を取っている。

でもさすがに今日はこれ以上、自分の意見を通すわけにはいかない。

仕方なく私がわかったというと、陛下はようやく納得してくれたのだった。