軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10 じゃがいもの冷製スープ

私は小さい頃から料理がとても好きで、毎日、キッチンに立つ母の隣で、料理のやり方を教わってきた。

おかげで都内の大学に通うため家を出てから、学生生活を送る四年間は楽しく自炊をして過ごせた。

でも入社してから二年間、料理をした回数は数えるほど。

本当に久しぶりだから、ちょっぴり緊張した。

そのうえ、邪魔にならないよう少し離れた場所に立ったおじいさんが、ものすごく興味深そうに、私の一挙一動を目で追っている。

おじいさんの期待にちゃんと応えられるか心配だ。

でも、せっかくの機会だ。

こってり系の味付け以外も知ってもらいたい。

じゃがいもの冷製スープは、時間のある日曜日の朝、母がたびたび出してくれた好物でもある。

おじいさんに説明したとおり、レシピや段取りはちゃんと記憶に刻み込まれている。

大丈夫。

落ち着いて、丁寧に。そして真心を込めて料理すれば、あの懐かしいスープを再現できるはずだ。

私はふうっと息を吸うと、姿勢を正して、じゃがいもに手を伸ばした。

まずは皮を剥いたじゃがいもと玉ねぎを薄切りにする。

バターをひとかけら譲ってもらってから、壁にかかっていた鉄のフライパンを借りた。

これから空のフライパンを熱してあたためる。

火のついた炉の上にフライパンを翳して調理するなんて、初めての経験だ。

火加減は、火との距離で調整するらしい。

これはコツを掴むまで時間がかかりそうだ。

慎重に、慎重に、と心の中で呪文のように唱える。

よし、こんなところかな。

フライパンの上に手をかざして、熱気が届くのを確認してから、もらったバターをポトッと落とした。

小さな泡をたてながら、瞬時にバターが溶けていく。

ふわっと漂う香ばしい匂い。

ここ最近、料理に使われた大量のバターには、拒絶反応が起きてしまっていたけれど、やっぱり熱せられたバターの匂いには食欲をそそられる。

料理ってこういうところが好きだ。

おいしそうな匂いを楽しみながら、少しずつ完成に向かっていく感じが。

心が活力を取り戻していく。

ここ数日やることがなくて暇すぎたというのもあり、気づけば鼻歌を歌っていた。

バターがとろとろに溶けたら、じゃがいもと玉ねぎを投入し、炒めていく。

じゃがいものスープは白い見た目も大事だ。

玉ねぎを焦がしてしまうと茶色く濁ってしまうから、火加減には注意しなくてはいけない。

また火とフライパンの距離を推し量りながら、弱火で慎重に炒めていく。

隣からぽそっと「バターの量が少ないのでは……」という独り言が聞こえてきた。

顔を上げれば、いつの間にか料理長もおじいさんの隣に並んで、私の動向を観察していた。

この世界の料理は、大量のバターを使っていそうだもんな。

直接尋ねられたわけではないものの、一応「この料理はバター少なめで平気なんです」と返しておいた。

もちろん私にとっては、今回の量、決して少ないわけではない。

じっくり時間をかけて炒め続けていると、たまねぎが透明になり、しんなりしてきた。

ここで塩胡椒を振り、味つけをする。

現実世界ではさらにコンソメスープの素を入れていたけれど、この世界に存在するわけがない。

さすがに今、ブイヨンから用意している時間はないので、シンプルな味で挑むことにした。

新たまねぎから、甘い味が滲んでくれるだろうし、塩胡椒でも多分十分おいしく食べれるはずだ。

もし今後も料理をする機会があれば、用意してみたい。

さて、味付けが終わったら、小鍋に水を入れて、じゃがいもと玉ねぎを移し、弱火でことこと煮込んでいく。

だんだん料理の感覚が戻ってきた。

しっかり気を張ったまま、ワクワクする感覚を楽しむぐらいの余裕が生まれる。

おたまでアクを取りつつ見守っていると、じゃがいもが柔らかくなってきた。

自在鉤にかけて温めていた鍋を火から下ろそうとしたら、料理長が手を貸してくれた。

「妃殿下。道具の扱いにはお気を付けください」

「わっ。ありがとうございます……」

寡黙な雰囲気に圧倒されつつ、素直にお礼を伝える。

そんな箱入り娘扱いしなくてもと思った直後、箱入り娘どころか、今の私は王妃様なのだったと思い出す。

改めて考えると、厨房で料理するような王妃ってあり得るのかな。

うーん、でもあり得なかろうが、かなり飢えていた私としては、これ以上大人しく我慢をしていられるような状況じゃなかったしな。

もしかしたら私のこの行動のせいで、エミリアちゃんが今後変人王妃扱いされるかもしれない。

エミリアちゃん、ごめん……。

できるだけこの体にいる間、別の方法で好感度を稼ぎ直せるよう努力するよ。

そんなことを考えながら、鍋の中の具を木べらで潰していく。

かたまりがなくなり、常温まで冷めたら、今度はシノワを使って濾す。

この一手間をかけるかかけないかで、舌触りが全然変わるので、妥協はできない。

ソース作りに特化した文化のおかげで、当たり前のようにシノワが存在していたのはありがたい。

さて、こんなものかな。

本当は食べる前に冷やしたい。

冷蔵庫はどう考えてもないだろうから、ボウルか何かに入れて氷水で冷やそうかな。

そう思って周りをきょろきょろすると、料理長がすっと静かに歩み寄ってきた。

「妃殿下、何かお探しですか?」

「えっと、スープを冷やしたくて。氷ってありますか?」

「……冷やすなら冷蔵庫内の瞬間冷蔵機能をお使いになるとよろしいのでは」

「え!? あるんですか!?」

この世界に!?

驚いていると、厨房の隅にある大きな箱の前に連れていかれた。

「もしや冷蔵庫をご覧になったことがあらせられないのですか?」

料理長に言われて適当に話を合わせる。

「そ、そうですねー。厨房には入ったことがないので……これはどういう仕組みなんですか?」

「魔法を用いて、この巨大な箱の中を、常時一定の温度で冷やしているのです」

「魔法!?」

うそ!?

魔法が存在する世界なの!?

「ここに入れて念じると、瞬時に最適な温度に冷やすことができます」

さあどうぞと促された私は、ひくっと頬を引きつらせたまま固まった。

だって魔法の使い方なんてわからない。

この感じだと、多分、誰でも魔法を使えるんだよね……?

どうしよう。

わからないなんて言ったら、中身が別人だってバレちゃうし……。

まごついていると、料理長が言葉を足してくれた。

「これは魔道具の一種なので、作るときすでに魔力が込められております。術者の魔力で冷えているので、ただ箱を開け、中に入れていただければご使用いただけます」

「なるほど……!」

魔法が使えないのがばれずに済んでよかった。

料理長によると、上段の扉が瞬間冷凍、下段の扉が瞬間冷蔵、中段のもっとも大きい扉が冷蔵保存用とわかれているそうだ。

「しかし、どうして冷蔵庫はご存知ないのに、料理がおできになるのですか?」

「えっ!? それはそのー……そう! 個人的なこだわりで、普段、冷やすときは氷派なので……!」

かなり厳しい言い訳だな。

案の定、料理長は訝しげに首をかしげているので、誤魔化すためにも瞬間冷蔵作業に着手した。

えーっと、今はスープを急いで冷やしたいから、下段の瞬間冷蔵を開けて入れればいいんだよね。

扉を開くと、普通の冷蔵庫と同じようにひんやりした冷気が流れてきた。

これで本当に『瞬間冷蔵』できるのかな。

不思議に思いつつ、教わった通りにしてみる。

スープの入ったお鍋を入れて、一度扉を閉めると、すぐ出しても大丈夫だと教えられた。

えっ、もう!?

驚きつつ、扉を開けて鍋に触れると、わ、冷た……!

すごい。本当に冷えている。

魔法めちゃくちゃ便利だ!

「冷やして完成ですかな?」

おじいさんはいつの間にか手に木のスプーンを握っていて、ワクワクした顔で尋ねてきた。

私は少し笑いながら、首を横に振った。

「ごめんなさい、あともうちょっとです。――料理長さん、牛乳をわけてもらえますか?」

料理長はすぐに、冷蔵庫の中から瓶に入った牛乳を取り出してくれた。朝しぼったばかりなのだという。ありがたい。

それを十分冷えた鍋に少しずつ加え、スープを伸ばしていく。

おたまによそって、少し高いところから流した時、わずかにとろみがあるくらいが一番美味しいのだ。

最後にもう一度、塩と胡椒で味を調える。

器によそっていると、料理長が黙ってパセリを置いてくれた。

お礼を言ってからパセリを水洗いして、細かくみじん切りする。

スープの中央にパラパラッと落として飾りつけると、鮮やかな緑がいいアクセントになってくれた。

「できた!」

完成したスープを、作業台に並べる。

「なんと、白くてとても美しいスープですな……!」

目を輝かせたおじいさんが、そう褒めてくれた。

「どんな味がするのか。楽しみで仕方がありません」

こんなふうに待っていてくれる人がいると、料理も作り甲斐がある。

あとは味つけがおじいさんの舌に合うことを願うばかりだ。

作業台の脇をちゃちゃっと片づけて、壁際にあった椅子を二脚借りてきた。

妃殿下、そういうことは私たちが……! と料理長が止めに入ってきたけれど、大丈夫ですと笑顔で返し、さっさと運んでしまった。

小さな椅子ぐらい自分で持てるし。

「さあ、おじいさん。座ってください」

運んだ椅子を引いて、座ってくれるよう促した。

「これはこれは、ありがとう。――では、さっそくいただいてもよろしいですかな?」

「はい! どうぞ、召し上がれ」