軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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(や、ばっ——)

そう思った瞬間には、僕は右に飛んでいた。ゴウッ、とすさまじい風圧とともに巨大で、気味が悪いほどに長いなにかが横を通り過ぎていく。僕は風に吹き飛ばされて転がった。まるで真横を新幹線が通り過ぎたかのようだ。

長い。

長い長い長い長い。

まだ続くのかよ! 終わりが見えないその身体は、蛇だ。

すでに顔ははるか遠くにあり、体表はびっしりと青を含んだ暗褐色の鱗。身体の大きさはちょうど電車と同じ太さ。

そしてなんとも言えない焦げ臭さがあたりに漂う。

( 環の蛇(ウロボロス) ……!)

自分で自分の尾を食う、いにしえより地球の各地で伝わってきた存在。

その環から「死」と「再生」を想像させる。

だがこの蛇は、今も身体がどんどん出てきている。身体が小さくなるような気配がまったくない。

「でやあああああ!」

起き上がった僕は、黒く揺らめく炎のような門へと向かうと手にした古びたナイフを叩きつけた。その刀身から青色の光がほとばしり、僕の手には細かい振動とともに刀身にヒビが入っていく感触が伝わってくる。

(もってくれぇぇぇぇ!)

エルさんはこれを使えば調停者を倒せると言っていた。僕にはまだまだわからないことばかりだけれど、このウロボロスは、調停者は、この世界のもの ではない(・・・・) 存在なのだろう。闇のドームを壊すのもスィリーズ伯爵が持ってきた石を使わなければならなかった。ふつうの武器では干渉できないような、仕組みがあるのだ。

ナイフを持つ手が熱くなってくる。火をつかんでいるような感じさえする。今日、僕の右手は酷使しすぎだ。

だけどそれは長くは続かなかった。ある瞬間で、いきなり黒い炎が収縮するとウロボロスの胴体を締め上げたのだ。

『——ッギィェエエエエエ』

絶叫が遠くから聞こえてくる。

ウソだろ……もうあんなに遠くまで行ったのか。あっちって、第3聖区なんて余裕で通り越して第4街区か、下手したら第5街区まで行ってるぞ。

ぎちぎちぎちと胴体を締め上げる黒い炎は、やがてバスケットゴールほどの大きさにまでなると一気に縮んで蛇の胴体をぶち切った。

「うがぁっ」

黒い体液が噴射され、僕は飛びのいたものの身体の半分にはびっしり掛かってしまう。生臭い。気持ち悪い。

びたんびたんとのたうっている蛇の胴体は、そのサイズでやられてしまうと周囲の庭を掘り起こし、地響きを伴う。

「な、何事だ!」

血相を変えてアルテュール様がやってくる。

「ええと、あの——なんていうか」

「モンスターがこんなところに!?」

「そう、それ! モンスターです! とりあえず誰も近づかせないでください!」

「そもそもこれじゃあ近づけないだろう!」

「確かに!」

僕は走り出す。

「どこに行く!?」

「頭を叩きに!」

蛇の胴体はまだ生きている。遠目に見ると、身体は貴族の屋敷の塀を乗り越え、隣の建物にしなだれかかり、さらにははるか向こうにまで続いている。こんなのが暴れたら大惨事だ。

なんとしてでも早く、制圧しなければならない。

あのクソ調停者、こんな置き土産しやがって……!

「お嬢様、『全員守れ』の対象は、ほんとに全員なんですかねえ!?」

こんなにデカくなってしまっては、さすがにこれ以上の犠牲が出ても僕にはどうしようもないんじゃないかと思う。

でも、それでも、お嬢様は——僕にきっと期待するだろう。

僕なら、護衛のレイジなら、死力を尽くすんでしょうと。

「これ、もう呪縛だよな……!」

僕は刀身が焦げて、今にも折れそうなナイフを胸ポケットにしまって全速力で駈ける。数々の筋力強化系天賦に、今回は【補助魔法】も追加だ。継続して【回復魔法】もかけ続けないと僕の肉体はばらばらになりそうだ。

蛇の頭へと至るショートカットは、当然蛇の胴体をたどること。僕は胴体の上を走って走って走って、「3の壁」を越えて「4の壁」を越えて「5の壁」を越えた。中には半壊している家もあったけれど、それを助ける余裕は今、ない。

「くっ……やっぱり……」

第5街区は庶民の街だ。

貴族街に比べればずっと耐久度の落ちる建物だし、しかも密集している。

ウロボロスの頭は、人出の多い大通りのど真ん中に落ち、身体は数十という家々を踏み潰していた。

そこここで泣き叫ぶ声が聞こえ、悲鳴とともに逃げ惑う人たちがいる。

大混乱だ。

『ギイイイエエエエエエエ』

そこで初めてウロボロスの顔をはっきり見た。

鎌首をもたげた頭は、そこらの家々よりもずっと高いところにある。

鱗と同じ色の皮に覆われ、赤の目が6つ。ぎざぎざとした角が4本生えている。口は大きく無数の鋭い歯が生えており、しゅるると長い舌を出していた。

「ひっ」

腰を抜かした女性と、抱きかかえた子どもがいる。ウロボロスは明らかに彼女たちをターゲットにしていた。

「——これ以上は、やらせない!」

僕はウロボロスの胴体を走り、跳躍、その勢いで身体を一回転させる。

学習済みの【蹴術】は身体に染みつくほど訓練した。

「うおおおおおッ!」

ローリングソバットがウロボロスの後頭部に直撃する。むちゃくちゃ、硬い。足には骨が砕けるような感覚が伝わってくるけれど、それを即座に【回復魔法】で治癒。

ウロボロスは突如として走った衝撃に、前のめりに倒れる。通りに出ていた果物の屋台と串焼きの屋台を2つつぶした。

「立てる? 早く逃げて」

「ひっ」

狙われていた女性と子どものところに近寄ると、怯えられた。ああ……まあ、確かに僕の服は結構ボロボロだし、血も流したし、なによりウロボロスの体液が身体半分覆ってるしね。

(あー……ラルクが助けてくれたとき、僕も怯えて逃げちゃったんだよなー……)

4年前のほろ苦い記憶を思い出したけれど、4年も経つと後悔は残っているものの、なんだか懐かしささえ感じた。

女性が子どもを連れて逃げたのを横目で見つつ、僕は声を上げる。

「皆さん、できる限り遠くへ逃げてください!! このバケモノは第2聖区からここまで胴体があるんです! ちょっとやそっと離れるだけだとすぐに追いつかれます!」

僕の脅しは利いたのか、人々がワァッと声を上げて逃げていく。

「で……まあ、僕にロックオンするよね」

ウロボロスはゆっくりと、顔を持ち上げ、僕を見下ろす。

完璧に僕を敵だと認識したらしい。

(……どうする)

僕は考える。これほど大きな敵を相手に有効な攻撃手段はなにかあるか? 武器が欲しいけど取りに行くような余裕は——。

「え」

ひゅんひゅんと回転して僕の手元に飛んできたのは1本のショートソードだ。投げてきた方角を見ると、建物の陰でゼリィさんが小さく手を振っている。

くう〜〜、やるじゃん、ゼリィさん! これで賭け事にさえ手を出さなければ最高なんだけど! あと部屋の掃除もちゃんとして! お風呂にも入ってください! お酒も飲み過ぎないで! ああ、ダメだ、悪口しか出てこなくなっちゃう!

(ゼリィさんには警戒をお願いしてたからな)

今日の天賦珠玉授与式で なにか(・・・) が起きるかもしれないから、なにが起きても対応できるようにねと無茶振りしておいたんだ。で、こんな騒ぎが起きたから僕の武器を持ってきてくれたんだろう。

この剣は今まで訓練や実戦で使用してきたもので、僕の手になじむ。

(あとは……どこまでやれるか、だっ!)

僕が剣を手にした直後、ウロボロスは顔を突っ込ませてくる。早っ。あのバカデカイ図体で、気づけば目と鼻の先に迫ってるとかアリかよ!

横に転がって攻撃を避けつつ、立ち上がりざまショートソードで斬りつける。

浅い。

あと相変わらず硬い。

「っ!?」

顔が通り過ぎたので油断していた。胴体がうねって僕の身体に衝突する。

ふわりと宙に浮く感覚のあと、地面に叩きつけられて転がった。

「いっつう……」

ぎりぎりで後ろに跳んでいたのでショックを軽減できたけど、ダメージは残る。

これは厄介だ。今までこんなサイズの蛇と戦ったことがないから、どんな動きが来るか予想もできない。

かといって時間を掛ければ、蛇が周囲の建物を破壊するだろう——なにせ寝返りを打つだけで家の1つや2つ、簡単に破壊できる大きさなのだから。

なるべく、短期決戦。

(だけどどうする——僕ひとりでできるのか? 大体この武器で本気で斬りつけたら折れるぞ。でも手加減していたら致命傷を与えられない……)

となれば、折れる覚悟で一撃を見舞うしかない。

(チャンスは1回、多くて2回)

ピリッ、とした緊張感に身を包まれる。

(どうする……なんとかして隙を作りたいけど、魔力の残量が心許ない。僕ひとりじゃフェイントを掛けても難しい……なにか、なにか手はないか?)

そのとき、だ。

足音が聞こえたんだ。

僕の耳は【聴覚強化】によって小さな音もかなり拾える。さらには【森羅万象】のせいで、一度覚えたことは忘れられない。

近づいてくる3人の足音は、僕が知っているものだった——いや、正確には少しだけ記憶と違った。それはそうだろう、歩いている場所、靴が違えば音だって変わる。

それに、なにより。

4年(・・) も経ってしまっては。

「……巨大なモンスターが出たと聞いて来てみれば、まさかこんな形での再会とはな」

ずしりとしたメイスに、その巨体を隠すほどの大盾を持った その冒険者(・・・・・) は、「硬銀の大盾」だなんて二つ名まで持っているダンテスさんだ。

「やっぱりこの街で会えるような気がしていたんです。神は導いてくれますから」

すっかり大人の女性になりつつあって、さらには——ま、まさか、また胸が大きくなってしまわれたのでは……と思わずその胸元を凝視したくなる修道女姿のその人は、ノンさんだ。

「……レイジくん、だべな?」

そして、3人目は。

「はい、僕です」

4年経ってもちっとも変わらない。彼女の背は伸びていないから僕が追い越してしまって——可愛らしい顔をくしゃくしゃにして、泣き出しそうなのを必死に我慢しているその人は。

「言いたいこと、話したいこと、いっぱいあるんだからな!」

「はい」

「だけど、今はこいつを倒すんだべな?」

「はい。協力、お願いします」

ミミノさんは。

「レイジくんがそう言うなら、もー、しょうがないなあ!」

4年振りにあってもやっぱりミミノさんだった。

僕はもう、ウロボロスには負ける気がしなかった。