軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「これは……ヒンガ老人の……」

僕のつぶやきを聞いた陛下は、

「ほう、ヒンガ博士を知っているのか」

「……盟約や天賦珠玉研究の第一人者であったと聞いています」

それはクルヴァーン聖王国で、ウサギの特級祭司、エルさんから聞いたことだ。

「うむ。ヒト種族の短い人生でありながら、かなり深い研究をしている。惜しむらくは、十年か、あるいは二十年か……そのころよりパタリと研究をやめてしまったことだろう」

「ヒンガ 博士(・・) はフォルシャ王国の貴族、あるいは高位の方でいらっしゃったようです。かの国の滅亡によって、研究は失われたのではないかと」

「……そうか、フォルシャ王国は、それで……」

「? なにか思い当たることがあるのですか」

「フォルシャ王国は、表向き、このキースグラン連邦内の勢力争いで負けて滅んだと言われているが実際は違う。局地的な流行病に襲われ、人口の大部分が死んだのだ。そして、病が終息したころには国を支えられるだけの人口が残っておらず、ゲッフェルト王が併呑したと聞いた」

「そんな——局地的な流行病などあり得るのですか?」

電車や飛行機で隣の国に行けるような世界ではないのはわかっているけれど、それでも馬車を使っての輸送は頻繁に行われ、人の移動も十分にあるはずだ。

だというのに、たったひとつの国だけを滅ぼすような病気が……?

「あり得ない、であろうな—— ふつう(・・・) ならば」

「ふつう、とはどういう意味でしょうか」

「その病気はフォルシャ王国だけを狙ったものなのだ……この 罪(・) によって」

とん、と国王陛下の痩せ細った指先がヒンガ老人の論文を指差した。

表書きには素っ気なく「天賦珠玉内部構成に関する考察」というタイトルがあるだけなのだけれど、どんな中身なのか。

「……中を見ても?」

「構わぬよ。だが、くれぐれも口外しないように」

僕は、かなりの年月が経ったせいか、色あせた紙の束を手に取った。中を見る——と。

「これは……」

すぐに内容がわかった。

「天賦珠玉の改造、破壊に関する考察……」

「そのとおり。星の数を変化させたり、あるいは、本来 破壊できない(・・・・・・) 天賦珠玉を壊すことを調べ上げた論文だ」

破壊できない? 天賦珠玉って破壊できないのか? 壊そうと思ったことはなかったけれど。

見た目は鉱石のように固く、でも体内に取り込める不思議な物体だ。

【森羅万象】であっても天賦珠玉は「天賦珠玉」としか判別できない。

「——いや、でも、確か竜が天賦珠玉を壊していましたよ」

僕はアッヘンバッハ公爵領の領都、ユーヴェルマインズで竜と戦ったときのことを思い出す。

竜は口からブレスを吐いて天賦珠玉を壊したはずだ。

「レイジくん、竜は調停者だよ」

「あ……」

「当然、天賦珠玉に干渉できる。だが我らには無理だ——いや、完全に無理ではない。それを研究したのがヒンガ博士だ」

僕はざっと最後まで目を通す。内容の細かいところは丸暗記してあとで精査しよう。

「『天賦珠玉は八道魔法のすべてを同量混ぜ合わせることで破壊や改変ができる』……? この技術を使って、生命竜クルトゥスヴィータにつながる心臓のようなものを作ったのですか」

「そのとおり。不完全なものではあったが……。とはいえ、この技術を完成させたのは余よりもずっと前の国王だ。ヒンガ博士は我らの技術を再発見したに過ぎぬ」

「そう……か」

生命竜クルトゥスヴィータははるか昔に眠りについたわけなので、ハイエルフの国王が技術を発見したのは何百年、何千年もの昔ということになる。

「再発見、とは言え、いくつか余も知らぬことがあったし……ヒト種族もこのような研究をするのだなと感心したが、そうか、やはり禁忌に触れた罰を受けたか」

「……フォルシャ王国を襲った流行病が『禁忌に触れた罰』だとおっしゃるのですか」

「でなければそなたの話したような不自然な病が流行るわけもあるまい」

「…………」

僕は、覚えている。ヒンガ老人が最期に——見たいと言っていた太陽をその目で見つつ言った言葉を。

——この身は、罰を受けるためにあり。死ぬことでは償えぬ罪を犯したゆえ。されど、今際にて日の光を浴びるほどの僥倖に浴した。天地を統べる万能の神よ、願わくばこの忌み子に祝福を授けよ……。

ヒンガ老人は、自分のせいでフォルシャ王国が滅んだことを知っていた?

だからその罪滅ぼしのために「 六天鉱山(シックスマイン) 」にいたのだろうか?

——レイジ、お前の人生に幸多からんことを願う。

僕の、僕なんかの幸せを願って死んだあの人が、多くの人々を殺した病気を呼び込んだ張本人だと——大罪人だと?

「……ふざけてる」

世界をふたつに分け、天賦珠玉なんてものを作り出したのが「天地を統べる万能の神」ならば、なぜ人の営みにまで文句を付けるのか。

目の前に不思議があれば解き明かしたくなるのは当たり前じゃないか。

学者たちが天賦珠玉を研究するのは当然じゃないか。

なのに——罰を、病気を与えることで、その行動を止めようとする?

「ふっ、若いな、レイジ。だが、若さもよいものだ」

陛下は小さく笑って言う。

「雨が降れば大地を潤し、風が吹けば緑が揺れる。それに文句を言う者などあろうか」

「……僕の憤りは、まさに天に唾するようなものだとおっしゃりたいのですか」

「天賦珠玉改変の研究を最初に始めた国王は、指先から徐々に腐り落ちる奇病に罹り死んだようだ。次の代の国王は、咳が止まらなくなり血を吐き続けて死んだ。その次は身体中の毛という毛が抜けた……。余の代にまでなると、最初ほどの重さはないが、それでも平均的なハイエルフの寿命よりもずっと短く、こうして死を迎えることになる。エルフや、事情を知らぬハイエルフから見れば、国王という仕事は呪われておるのだよ」

「それでも……研究を続けてきたんですね」

「クルトゥスヴィータがいなければエルフ全員が野垂れ死んでおったろう。その大恩に報いるのならば国王の命くらいたいしたものではあるまい。指先が腐り落ち、肘までなくなっても研究を続け、論文に血をぶちまけながら死に、毛がなくなって冬に凍えながらも研究を続けた先代たちの意志を継ぐことができる……余は幸せだ。次代に研究を譲り、死ぬことができる」

「…………」

「ユーリーは立派な志を持っている。きっと、女王として皆を率いながら、この『責任ある仕事』も全うしてくれるに違いない。いや……ユーリーに限らず、兄弟たちは皆、立派だ。国王の仕事が呪われているとわかりながらも、それを継ぎたいと願っているのだから。もちろん、マトヴェイもだ」

「……アーシャは、どうですか。アーシャは立派ではないから国の外に出したのですか?」

陛下は首を横に振った。

「そんなことはない」

「アーシャに埋め込まれた天賦珠玉は、見たことのない星を持っていました。それは陛下が作り出したものなのではありませんか?」

それは【魔力伝播★★☆☆】という天賦珠玉だった。星は浮かんでいるものの、暗く弱い光を放っていた。

「そう。アーシャはしゃべれないながらも筆談で意思の疎通はできたし、あの子が立派な志を持っていることはわかっていた。だから、余の作り出した天賦珠玉を与えた……あれは魔力を自然と吐き出させる天賦珠玉でな、過って【火魔法】を発動しても大火事にならぬようにしたのだ」

「アーシャにも、神が罰を与えるかもしれなかったんですよ」

「あの子はハイエルフのために役に立ちたいと願っていた。国王の仕事が罰を受け入れることならば、あの子もまた国王の仕事に携わったことになる」

歪んでいる、と思った。この人の愛情は歪みきっている。

でもそれこそがエルフたちの精神の根幹にあって、この森全体を支えているのだ。

天賦珠玉を改変し、なおかつ自らの身に災厄が降りかかるとわかっていても——自己犠牲の精神を発揮することでみんなの気持ちをひとつにしている。

「……僕には、理解できません」

正直に、言った。

「それでよいのだ、人の子よ。だからこそそなたにアーシャを託すことができる」

「え……?」

僕の目の前で、陛下は、

「今は、今こそは、『禁忌に触れた王』ではなくただの父親として…… 君(・) に頼みたい」

頭を深々と下げたのだった。

「アーシャを……幸せにしてやってくれ。あの子は国王でもないのに生まれたときから災厄をその身に受けて来た。だからもう十分だろう。今後はこの森から旅立ち、大空の下を羽ばたかせてやりたいのだ」

「あ、頭を上げてください」

「頼まれてくれるか?」

頭を下げたまま、ちらりと視線をこちらに向ける国王陛下。

「わかりました——彼女が望むのなら」

「望まぬとも連れ出して欲しいのだ。あの子は責任を感じて残ると言い出しかねない」

「それは……そうですけど、でも無理やりは」

「アーシャは可愛くないとでも言うのか」

「いえ、可愛いですけども」

「そして君を好いておる。さらわぬ理由などなかろう」

「いやいや、そんな理由——え? アーシャが、僕を……?」

がばりと身体を起こした陛下は、呆れたように首を横に振った。

「なんじゃ お前(・・) は、鈍感だのう。あんなにわかりやすい女は他におらんだろうて」

「え、え? いや、でもアーシャは同じ冒険者として僕といっしょにいたいと……」

「『いっしょにいたい』とまで言われたのか? それなのにお前は『冒険者として』とかわけのわからぬふうに受け止めたのか?」

「あ、え、う……」

「はっきりしろ。ウチの娘は世界一可愛いだろうが」

「あ、その、はい、可愛いと思いますが」

「ならば、連れて行け!」

「いや、その理屈は……」

立ち上がった陛下が僕の胸ぐらをつかんでぐわんぐわん揺すってくる。

「ちょっ、陛下!?」

「さらってよいと父親が言っているのだ。いいな! 明日だ! 明日もう出て行け!」

「ええ〜!?」

バンッ、と扉が開き、シークレットサーヴィスが飛び込んで来た。

「陛下、なにがありましたか!?」

「この男がやはり乱暴狼藉を……あれ?」

僕が暴れるどころか、むしろ陛下が暴れている姿を見て、シークレットサーヴィスたちは固まった。

そりゃ、そういう反応になるよ……。