軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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照りつける陽射しが厳しくて、まさに盛夏という感じだ。

どうやら「表の世界」も「裏の世界」も季節は同じらしい。

そんな状況だというのに熱い風呂に入りたがる竜人たちだったけれど、彼らは風呂で脱皮のときに残った鱗を取ることが目的になっているので——しかもそれはヒト種族の僕には想像もできないほど気持ちのいいものらしく——大浴場は連日大盛況だった。

「もう、風呂を知らなかったころには、戻れないぬろォ……」

緑の長老がニタリと笑ったのを見て僕はひょっとしたらとんでもないものを彼らに教えてしまったのではないか……とそんなことを思った。いや、まあ、ただの風呂なんだけど。

「それじゃあ、思いつく限りいちばん古い居住区はここだということなんですね」

今日、僕は竜人都市の中でもいちばんの物知りである長老たちから改めて情報の聴き取りをしていた。ちなみに彼らは大浴場にぷかぷか浮いていて、僕は浴場の外でメモを取っている。

もう、取れる鱗なんて残っていないはずなのに長老たちは日々、大浴場にやってきた。

僕が知りたかったのはラ=フィーツァの足跡だった。

彼がどうやって「表の世界」に渡ったのかを知りたかったのだ。

なので、大陸を転々としている竜人の居住区の中で、いちばん古い場所を教えてもらった——それはクルヴァーン聖王国の聖王都近辺だった。地底都市にも多少近い。

(でもなぁ……エルさんが言ってたことで気になることもあるんだよなあ)

聖王国の特級祭司であるウサギ、エルさんはこんなことを言っていた。

——え、もとより、『裏の世界』については現在は観測できませぬ。太古の昔には行き来があったようですが、その往来を止めるために世界をつなぐ門を閉ざしました。

太古の昔、がどれくらいかはわからないけれど、もしもそれがラ=フィーツァの生きていた時代よりずっと前であることを願うしかない。

(大体「門を閉ざした」って誰が「門」を操ってるんだよ。神か。神だな)

魔法や天賦珠玉と言った、科学ではできないような要素がいっぱいあるこの世界だから、神様がいてもおかしくはない。「銀の天秤」のノンさんは教会に所属していて、教会は神を信奉しているはずだ。それが実在しているかはわからないけれど。

「スーメリアさん、せめてスプーンは使って食べてください」

「…………」

「話しかけられたらお返事をお願いします」

「…………」

キミドリパパのお屋敷の食卓では、素手で食事を食べるスーメリアにアーシャが注意をし、スーメリアがつんと無視していた。

どうもふたりの間はうまく行っていない。というより幼児返りしているスーメリアをどうするかという問題があるんだよな……。あのまま放っておいたら危ない気がして連れ出したけど、よくよく考えれば彼らの言い分もちゃんと聞いたほうがよかったかも。

でも先日聞いたところスーメリアには親がいないらしい。「もう死んだ」と無邪気に言われたのだ——逆に言えばそれを聞いたからこそアーシャがやる気を出してスーメリアを教育しようとしているフシがあるのだけど。

「まあ、まあ、ゆっくり学んでいけばいいんだぬ!」

「ええ、ええ、キミちゃんも手が掛からなくなったからぁ、寂しかったのよねぇ……」

キミドリパパとキミドリママが言ってくれた。

「——レイジくん、この街を出ようと決めたのかぬ?」

不意にたずねられ、僕はフォークを下ろした。

そうか、僕の雰囲気が違うことで悟られたのか。

「どういうことですか、レイジさん」

アーシャが戸惑ったようにし、スーメリアもきょろきょろした。

「はい、実はなるべく早く出ようかと。アーシャには食後に相談しようかと思っていました」

「目的地が決まったのかぬ?」

僕はうなずき、まずはいちばん古いという居住区に向かうことを伝えた。

そこになにか手がかりがあるかもしれない——ないという可能性のほうが高かったのだけれど、それでも他に可能性がまったくないので行ってみるしかないのだ。

「未開の地カニオン」に亀裂があるかもしれなかったが、そこの探索はラ=フィーツァの足跡を調べてからだと思っていた。どう考えても危険がいっぱいだからね。

「そうなのですね……。あの、レイジさん。私もいっしょに——」

「もちろん、アーシャもいっしょに行きましょう」

不安そうだったアーシャの表情がパァッと明るくなる。

「は、はいっ!」

連れて行くことに危険はある。

だけど、あんなに寂しい思いをさせてしまった以上は、どうしようもない。

レフ人の曹長にも聞いてみよう。アーシャを絶対連れて行くなとは言わないと思うのだけれど。

「…………」

スーメリアが僕を見ていた。

そう。彼女を連れて行くべきかどうかだけは迷っていた。

「……君は、この街にいるのが最善だぬ」

その先に回り込むようにキミドリパパが言うと、ハッとした顔でスーメリアが顔を上げた。彼女は自分から話すときには幼児語だったけれど、こちらの言葉は8割ほど理解できているようだった。

「いや」

はっきりと、なんの誤謬も発生しない否定の言葉をスーメリアは吐いた。

「彼にはなすべきことがあるんだぬ。それを見送るのが君の役目」

「いや」

「その気持ちは理解できる……」

キミドリパパは腕を組んで天井を見上げた。

これ以上、キミドリパパに言わせることはよくないと僕は思った。彼女を連れ出したのは僕で、そしてまたここに置いていこうとしているのも僕なのだ。

「スーメリア——」

「レイジさん」

僕を止めたのはキミドリママだった。小さく首を横に振った。言うな、というのだ。

なぜ? 僕が言わなければきっとスーメリアは納得しない。

「……街の外が危険であることは、スーメリア、君もよくわかっているだろう。レイジさんは自分で自分のことを守ることができるんだぬ。だが、君は」

「いやぁぁぁぁああああ!」

大声で遮ったスーメリアは立ち上がり、食べ物で汚れた指でアーシャを指差した。

「ん! んー!」

きっと、アーシャだって同じだろうと言うのだ。スーメリアよりも年下のアーシャを連れていくのに、どうして自分を連れていかないのかと。

「彼女には覚悟があるんだぬ。彼女は、自分が足手まといだと思ったら自ら命を絶つ……そんな覚悟を持っている」

え。

アーシャは、そんなふうに思っていたのか?

思いがけないキミドリパパの重たい言葉に、僕はアーシャを見た。アーシャは口元を引き結びなにも応えなかった。

「いや! いやいやいや! いやー!」

スーメリアはぼろぼろと涙をこぼしながら叫ぶと、食堂を飛び出していった。

彼女を連れ出してからここまで、あんなふうに取り乱したのを見たのは初めてだった。

しばらくしたら死にそうだった肌の色もよくなり、唇も艶を取り戻していた。天賦珠玉を抜いたおかげだというのは明らかで、記憶の障害は残っているものの、生活を送るにはなんの不自由もない。

それほどに回復していたのだ。

「……どうして、僕に言わせてくれなかったのですか? 僕が言えば、スーメリアは納得したでしょう」

思わずそう聞いていた。するとキミドリママが、

「そんなに背負わなくてもいいのよ……あなたもまだまだ、子どもなんだから」

ふとそのとき、キミドリママと僕の距離は離れていたというのに——頭をなでられたように錯覚した。

泣いた幼子に対して母が頭をなでるような感覚だった。

(まだまだ、子どもか……)

こうして子ども扱いされたのは、ずいぶん久しぶりだ。久しぶりすぎて、どんな顔をしていいのかわからなかった。

キミドリママは、僕がやったことに僕がケリをつける、そのことを「重荷を背負っている」と思ったのだ。

「スーメリアとの思い出は、とげとげしたものにしないほうがいいんだぬ。ここに残る我々はいくらでも、スーメリアと楽しい思い出を作れるのだからぬ。君たちは、後顧の憂いなく旅立ちなさい」

キミドリパパもまたそう言ってくれた。

「ありがとう……ございます」

その気遣いの温かさを感じながらも、それでも僕は「これでいいのだろうか」という気持ちでいっぱいだった。