軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アーバインの慟哭

「……スラリン? おい、スラリンってば……」

コリアット村を出発して二日目の早朝。

スライム枕を敷いて気持ち良く馬車で寝ていた俺だったが、アーバインの声によって瞼を持ち上げた。

「どしたのアーバイン?」

俺は身を起こして、瞼を擦りながらアーバインへと声をかける。

俺は特に高貴でもないし、女性でもないので寝る時は野郎共と一緒だ。スライム枕に異変が起こるかもしれないし、一人より二人だ。

まあ、スライムは赤ん坊以外負けないほどの弱さだし、きっちりと縛ってあるので念のためくらいだが。

「おい、嘘だろ? スラリン返事をしろよ! ちょっと前まではあんなに元気に動いていたじゃねえか!」

悲痛な声で語りかけながらペチペチと自分の枕を叩くアーバイン。

昨日までは確かな弾力を持っていたであろうスラリン。しかし、今はその弾力の名残はなく、アーバインが触れれば水のようにベシャべシャとした音が鳴るのみであった。

昨夜のように生き生きとしたスラリンの姿を思い出したのか、アーバインが目をつむってスラリン枕を抱きしめる。

「…………アーバイン」

俺は現在の状況を悟った。

「……こんなに冷たくなっちまって……」

「……アーバイン」

「……ちょっと前まではあんなに元気に動いていたのに」

「スラリンに餌をやり忘れたな?」

「…………」

俺の一言により、アーバインの動きがピタリと止まる。

スライムは二日間くらい餌を抜いてしまえば死んでしまうのだ。死んでしまえばスライムからは弾力が失われて、滑りのある液体へと変わってしまう。

弾力が肝であるスライム枕として、それは到底容認できるものではない。

なので、弾力を保たせる為にその辺の草などを吸収させて生かしておくのだ。

こうすればスライムは栄養を吸収するのに必死になり、動きを阻害することができるのだ。

まさに一石二鳥。あらゆるものから無駄なく搾取しようとするこの感じが、何とも人間らしいと思います。

「……お前、スライムキングになるのが夢だって言っていたじゃねえか」

アーバインは俺の言葉なんて無かったかのように続ける。

スライムは喋ったりしないだろうが。

「スライムキングになるまで死なねえって! いつか多くの眷属を従えて、スライムだけの住処を作るんだって……ッ!」

嗚咽を漏らしながら茶番を続けるアーバイン。冒険者にしておくには勿体ないくらいの演技力だ。

アーバインが仲間の死を悲しむかのような声を上げていると、壁からドンッという音と共に罵声が飛んできた。

「うっさいわよ! まだ寝ている人もいるんだから静かにしなさい!」

「「す、すいません!」」

普段のアリューシャとは全く違う声に、思わず俺も謝ってしまった。

思えば今は早朝。まだ寝ている人もいるのだ。間違っても叫び声を上げる時間帯ではない。

アーバインは液体となったスライム枕を床に置いて、何事もなかったかのように眠り出した。

俺ももう一眠りするか。

それから俺達はスライム枕の実験をしながら、キッカへと移動していた。

枕にする素材のさらなる選定、どのようにして縫えばスライムがはみ出ることはないか。どのようにすればスライムの管理が楽になるのか等、トリ―と話したりした。

最近での発見はスライムを魔法で冷やしたり、温めたりするといい感じに弾力具合が変わるといったことだろうか。

この瑞々しいスライム枕を冷やして頭に敷けば、どれだけ気持ちいいだろうと思って氷魔法をかけてみた。

氷魔法でスライムを冷すと少し弾力が固くなり、むっちりとした肌に吸い付くような感触となった。

例えるならば低反発枕のような感じだろうか。

グッと押すと、包み込むというよりも沈むという感じだ。いつまでも指で突いていたくなるほどの気持ち良さだ。

新たな発見に俺は一人歓喜し、その日はヒンヤリとした硬めの感触を楽しみつつ、心地よく眠ることができた。

そして次の日、今度は適度に温めればどうなるのだろうと思い、スライムを火魔法で温めてみた。

すると、スライムからみるみると弾力が失われて柔らかくなっていったのだ。

一瞬、スライムが死んでしまったのかと思ったが、完全なる液体ではなく、僅かな弾力を残していたのだ。

それを確認した俺はその日も歓喜した。

自分の好みによって弾力具合を調節できるとは、スライム枕は何て素晴らしい物なのだろうか。魔物というマイナス点がなければ全人類が買い求めるに違いないだろう。

俺からすればそんなものは些細な事だから気にしないけどね。

これらを試して思い出したのだが、スライムは火魔法や氷魔法に弱いと聞いていた。

まあスライムは、基本的に液体ベースな奴等なので熱や冷気に弱いというだけのことなのだろう。

水を冷やせば氷となって固まるような感じだ。

これにはトリーも驚いていたが、氷魔法は希少性が高く、魔導具も未だに一般市民に普及できるものではないので嘆いていた。

火魔法なら割と使える人は多いが、なかなか魔法の加減が難しいらしい。

魔法を頻繁に使う俺や、冒険者であるアリューシャ、イリヤは何なくこなしたのだが、一般市民にはそこまで精密なコントロールができないとのこと。

魔法使いと呼ばれる者以外は、精々が火球を発生させたり薪に火を点けたりする程度なのだ。じわじわと炙るや、温めるなどということは無理なのだそうで。

となると魔導具で補えばいいのだが、一般市民がそこまで睡眠に拘るかということがネックになる。

俺ならば魔法が使えなくても魔導具を買って使うが、あくまでそれは俺の主観である。

そこまでお金がかかるなら普通の枕でいいやという人もいるだろう。

そこでトリーはスライム枕を、お金のある貴族や商人にターゲットを決めたそうだ。

そんなお高い人達が魔物であるスライム枕を買ってくれるかと不安になったが、トリー曰く、新しい物好きな貴族は間違いなく食い付いてくるらしい。

まあ、はまっている俺も一応貴族だしな。

そんな感じにスライム枕の実験を繰り返しているうちに、あっという間に時間は過ぎた。

そして三日目の午後。俺達は中央都市キッカへとたどり着いた。

――キッカ。

ミスフィリト王国のやや東部にある都市であり、北上すればアルドニア王国へと繋がる。西へといけば王都があり、そこは様々な物資が集まる中継地点のような場所だ。

当然そこには様々な人が集まるので、多くの人々が暮らしている。

さすがに王城や城壁といった豪華さや絢爛さには王都に及びもしないが、キッカには王都にも負けない活気があった。

俺は王都以外にもこんなにも栄えている街があるのだなと感心しながら、トリ―の馬車でキッカへと入場をする。

その際、駆け寄ってくる衛兵を見かけて俺はしきりに奴等がいないか首を動かした。

それでも安心することはできないので、思わずアーバインとモルトに尋ねた。

「……なあ、ここにはあいつらはいないよな?」

「あいつらって王都の門番だよな?」

どこか青い表情をしたアーバインがおずおずと問い返してきたので、俺は首を千切れんばかりに縦に振る。

その顔を見るに、彼らも何回か被害にあったのだろう。

あれは門番なんて生易しい存在じゃないと思う。

「あんなの各地にポンポンといたら、俺は冒険者をやってないぜ」

「あいつらは王都専門だしな。……何でもあっちの方が美男が多いのだとか」

モルトが聞きたくない情報を教えてくれる。

そうだよな、王都にはイケメンの貴族や商人が多いもんな。貴族って結構美形の人が多いし。

というかあの衛兵達は公務だという建前を使って好き放題だな。

訴えられたりしないのかとトリ―に聞いてみたところ、彼らは数々の不正品や密輸入を取り締まるエキスパートであり、格式の高い貴族様の右腕ともいう噂があるのだとか……。

基本的に俺が王都に行くのは転移なので門番なんてスルーなのだが、いつぞやのパーティーのようにいつ王都に行かされるかわからないのが怖いところだ。

次に馬車で行く際は、できれば南の門に当たらないでくれと祈るばかりである。