軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

コリアット村への帰還

あれから魔導具の清算を済ませた俺達は、再び買い物に出ていた。

北区画にある少しお高い服屋や布屋、紅茶用の茶葉を買い込んだりしている。

エルナ母さんは砂糖と茶葉を爆買いすると、再びノルド父さんを連れて服屋へと入ってしまった。

午後になってこれで何件目だろうか。

俺のような子供には高級な服なんて物は必要ないので、今回ばかりはお店の外のベンチで休憩させてもらっている。俺自体興味も無いしな。

そう、俺は夫婦水入らずの時間を作ってあげたのだ。決して疲れたとか面倒になったとかそういう事ではない。

少し飲み物が欲しかったのだが、周りを見る限り屋台なんて物はない。

富裕層が多い北の区画にはあまりないのだろうか。あってもジュース一杯で銀貨一枚とかとられてしまいそうだ。それならどこかのカフェに入ってしまった方がマシである。

でも、今はここから離れたくないしなー。

ベンチに身を預けるようにして座りながら、どうしようかと迷っていると服屋の店から鈴のような音が鳴った。

ようやく買い物が終わったのかと思い、勢いよく顔を上げると、エルナ母さんは隣の服屋へと再び入っていった。

「そこさっき入った場所だよね!?」

俺の叫びが聞こえたのか、ノルド父さんが苦笑いをしながらエルナ母さんに続き店へと入っていく。

何故にさっき入ったばかりの服屋へと入るのか。

砂糖や茶葉を買う時は即決だったのに、どうして服となるとこんなにも長いのか。

あっち行ってこっち行ってまた戻って、今日は王都をパトロールする衛兵になった気分だ。

しかも気に入った商品を見つけるまで行動範囲を広げるのだから手に負えない。

女性は探し回って買うまでの過程に満足感を得る事があると聞いた事がある、それが本当ならば恐ろしい事だ。

現在の時刻はお昼過ぎ。これが夕方まで続くのか……。

「……やっと終わった」

夕方、俺は宿に帰り着くなりフカフカのソファーに倒れ込んだ。

「……そうだね」

今日一番連れまわされたノルド父さんが、俺の向かいにあるソファーに倒れ込んだ。

俺達は顔をソファーに埋めて無言になる。というか喋る気力が無いのだ。

エルナ母さんは現在、宿屋の従業員と共に届けられた荷物を確認中である。

あれだけの量の荷物が荷馬車に載るのだろうか。特に砂糖が入った壺が多すぎる。

帰りは荷物を引く馬も大変だろうな。

あと、帰ったらバルトロの方も大変だ。

なんて考えながら目をつむっていると、部屋の扉が開く。

疲労が溜まっているせいか俺もノルド父さんも振り向かない。

エルナ母さんはまだ荷物の確認をしている、ミーナは屋台の料理を食べすぎて動けなくなっているのでサーラだろう。

食器がカチャリとなり紅茶を注ぐ音がする。

そしてテーブルに載せられる二つの紅茶。

「「……ありがとう、サーラ」」

俺とノルド父さんのくぐもった声。

「……いえ、お疲れ様です」

疲れた雰囲気を察してくれたのか、サーラが静かに退室していく。

俺もノルド父さんも喉が渇いているはずだが、冷めるまで口を付けることができなかった。

そして次の日。ようやく王都から離れる時が来た。

既に朝早くから支度を整えて、馬車の準備が行われている。

護衛であるルンバとゲイツもちゃんとそろっており、二人を同時に見たのは随分と久しぶりである。

ノルド父さん達がパーティーに行くときも片方しか見かけなかったからね。

「おー! アル! あれは観たか?」

ルンバが俺を見かけるなり、こちらに寄ってくる。

ゲイツは男手として荷馬車で荷物の整理をしているようだ。

「観たよ! あれ! 色々な意味で面白かったよ! 本も買ったくらいだ」

「本もか! それはいい物を買ったな。親父の偉業を伝えるのは子の仕事だからな」

うんうんと頷き合いながら黒い笑みを浮かべる俺達。

「これは帰りの馬車が楽しみだな」

「うんうん。実はひっそりと名物のドラゴンマフィンを買ってきたんだ」

ドラゴンマフィンとはあれである。劇場でエルナ母さんとノルド父さんが仲を育むきっかけの一つとなったマフィンである。

ドラゴンスレイヤーの劇のお陰で大人気となった店で買ったのだ。

今では好きな相手と一緒に食べると結ばれるという噂もあり有名だ。

エルナ母さんが不自然に避けていた道があったので、探索してみるとその店はあったのである。

そこを通れば最短距離で目的の場所に到達できるはずだったのに、回り道をするから何かあると思ったのだ。

「じゃあ、それをつまみにして話し込むとしようか」

馬車の旅は長いが退屈せずに済みそうである。

それから帰りの準備が整った俺達は、馬車へと乗り込み王都を旅立つ。

喧騒に包まれて様々な人や物が集まる、南のメインストリートをゆっくりと進んでいく。

本来ならば名残惜しくなるはずだが、俺にとってはいつでも来られる場所になってしまったので特に思う所はない。

今となってはさっさとコリアット村に戻りたいという思いが募るばかりだ。

早く屋敷に帰ってゴロゴロとしたい。

やがて馬車は南の門へとさしかかる。

初日は興味深さから飛び出してしまったが、今はそんな事はしない。

そこには捕食者がうろついているのだ。誰も好き好んで食われにいくような人間はいないと思うんだ。

門から出るために簡単な手続きを行う際にも、ノルド父さんは馬車から降りなかった。

何故ならば、相手の衛兵が初日と同じ短髪とスキンヘッドだったからである。

「貴族章をお見せ下さい……あと貴方のその肉体も」

聞えない。俺には何も聞こえなかった。

御者台から降りる事なく、手帳の紋章を見せるノルド父さん。

手を精一杯に伸ばして少しでも間合いを取ろうとしている。

ドラゴンと対峙したときでもあんなに怯えていなかったと思うのだが。

さすがにこちらの世界は冒険できないようだ。冒険したが最後、元の場所には帰ってこられなくなるのだけれど。

「すいません、よく見えません」

「ひっ!」

貴族章が遠いとのたまう短髪の衛兵が、ノルド父さんの手を包み込むようにして握りこみ紋章を確認しだす。

紋章というよりはノルド父さんの肌を確認しているようだ。それも念入りに。

「ミーナは、お腹はもう大丈夫なの?」

「はい、もう大丈夫です。昨日は張り切りすぎました」

「えへへ」と恥ずかしそうに舌を出すミーナ。

「帰って来た時は妊婦のようにお腹が膨れていたものね」

「連れて帰る私が大変でした」

サーラの声に笑い出す、エルナ母さん達。

外では自分の夫の貞操の危機だというのに馬車の中は和やかなものである。

「相変わらずお美しいですね。ここしばらくここで張っていたかいがありました。よければ近くにいい宿があるのですが」

「い、いえ! 今から帰るんですって! 行きませんよ!」

そう言えば、スキンヘッドの男が見当たらないな。

そう思って横窓から外を眺めるとスキンヘッドの顔がすぐ目の前にあった。

「ひいいっ!」

咄嗟に魔法をぶっ放しそうになったが、カーテンを閉める事で己の身を守る。

心臓がバクバクと鳴って胸が痛い。

それから少し落ち着くとカーテンをちらりと開いて、もう一度外を眺めたくなったがやめておいた。

だが、まだ人気を感じるのでそこにいるのは間違いないであろう。

俺が和やかな馬車の中で一人怯え、ノルド父さんがお尻を触られそうになった瞬間に舞い降りた天使の声。

「荷馬車の確認終わりました! 問題ありません!」

「おい! もっとゆっくりやれと言っただろ!」

生真面目な青年に怒声を浴びせる短髪の衛兵。

「よし、ロウさん早く行きましょう!」

「は、はい!」

鞭をしならせ馬を進める御者のロウさん。

「あっ! ちょっと! 待ってくれ! まだ尻の確認ができていない」などとほざく短髪の衛兵を振り切って門を出る。

魔の門を潜り抜けて、俺達は王都から逃げるように帰るのであった。

帰りの荷馬車では、ルンバやゲイツとたくさんノルド父さんやエルナ母さんについて語り合った。

ドラゴンマフィンを食べながら。

本当はああだったとか、こんな時こんなセリフを言っていただとか、聞くたびに俺は大きな声を上げて笑った。

盛り上がれば盛り上がる程、声が馬車の方に届いていたらしく何回もノルド父さんに怒られた。

エルナ母さんにはドラゴンマフィンを没収された。

楽しく談笑していただけなのに酷いと思う。

そうして暇だから花火を打ち上げたり、また怒られたり、荷馬車に行くのを禁止されたりと繰り返して七日程。

ようやく俺はコリアット村へと帰って来た。

俺はロウさんの隣に座りながら、それを肌で感じる。

広がる自然と澄み切った空気。

穏やかな空気感がたまらなく落ち着く。

王都は大きな建物ばかりだし、人も多いから疲れるのだ。

馬の足音と流れる水の音、畑を耕す村人達の話し声を聞きながらまったりと馬車は進む。

ときおり、俺達の帰還に気付いた村人達が「おーい」と手を振ってくれるので笑顔で俺も手を振り返す。

すると俺達が帰って来たという情報が広がったのか、遠くからアスモとトールが姿を現して声を張り上げた。

三週間ぶりぐらいに見た、悪友の元気な姿に思わず頬を緩める。

「おーい、お土産買ってきたかよー!」

「王都ならではの飯を食わせろ!」

お帰りもなしにいきなりそれを口にするのか。卑しい奴等である。

「おう、お土産ならある――」

あるぞー! と答えようとした所で俺はハッとして口を閉ざす。

アスモの言う食料は問題ない。俺の予想通りであり、俺が買い込んだ食料から分けてあげればいいだろう。

しかし、トールのお土産を忘れていた。

冒険者になるのに役立つ物が喜ぶと思い、適当な安物の剣でもやろうと思っていたのだが。

エマお姉様やエリノラ姉さんへのお土産、エルナ母さん達との買い物のせいですっかりと忘れていたのだ。

どうしよう。あいつだけお土産が無かったら間違いなく拗ねる。

そこらへんに落ちている剣でもいいから何かあげなければ。

でも、平和なコリアット村に剣など落ちているはずがない。一体どうするか。

――落ちてる?

この言葉が妙に引っかかった。

そう言えば俺は剣を拾った気がする。

……そうだ! 思い出した! 道中で拾ったんだ!

――ゴブリンの剣を!

うん、という事は問題ないな。

「おい! お土産がないのかー!?」

中途半端に途切れた俺の言葉に不安を覚えたらしく、トールが再び声を張り上げる。

それに対して俺は晴れやかな声で。

「あるぞー! 二人共期待していてくれ! 明日トールの家に向かうから!」

トールにはゴブリンの剣だがな。

「おう! わかった!」

俺がそう言うと二人は、用は済んだとばかりに背中を向けて歩き出した。

おいおい、久しぶりに帰ってきたというのに冷たいな。

せめて馬車が見えなくなるまで手を振れよ。

馬車が屋敷に着くなり、バルトロやメル、エリノラ姉さんやシルヴィオ兄さんが俺達を玄関で出迎えてくれた。

「久しぶりだな坊主!」

貴族らしく頭を下げて迎えるのを終わると、バルトロが一番に話しかけてきた。

「バルトロこそ久しぶり。早くバルトロの料理が食べたいや。王都の料理と道中の飯は飽きたよ」

我が家の味はバルトロの味なのである。王都の味も悪くはないけど毎日は遠慮したい。

それにお米だってないし。

「それであれは買ってきたんだろうな?」

アレとは、バルトロから絶対に手に入れるように言われていた火の魔導具の事である。

「勿論。荷馬車の中に大きい物が置かれているよ」

「おおう! 本当か!」

バルトロはその巨体を跳ねらせるかのようにして、荷馬車へと向かっていった。

その対価が大量のお菓子を作り続ける事というのは、まだ言わないでおこう。

「ちょっとミーナ太ったんじゃないの?」

「えええええ!? き、気のせいですよ!」

「屋台の料理をバクバクと食べていましたからね。見た感じは三キロは太ったかと思います」

メイド達が楽しそうだけど、男が混ざれば大変な事になる会話をしている。

「アル、お帰り」

爽やかな笑顔でやってきたのはシルヴィオ兄さん。

俺が貴族の交流会で比べられて、針のむしろにさせてくれた張本人だ。

そう思うと、ここで一発引っぱたいてもいいんじゃないかと思ってきた。

いや、ぐーでもいいな。

「ただいま! シルヴィオ兄さん」

「アル? 物騒なその手は下ろそうね? 顔と行動が伴ってないよ?」

まあ、いいか。シルヴィオ兄さんには別の方法で仕返しをする予定なのだから。

「シルヴィオ兄さんってば、体つきがちょっとたくましくなってない?」

シルヴィオ兄さんの腕にしては、少し筋肉がついているような。

俺がそう尋ねるとシルヴィオ兄さんは、枯れた表情で答えた。

「…………アル、ノルド父さんとアルがいない状況になったら、エリノラ姉さんがどうするかはわかるよね?」

「……シルヴィオ兄さん。遅くなってごめんよ……」

俺とシルヴィオ兄さんは涙を流しながら抱き合った。

辛かっただろう。長かったであろう。

エリノラ姉さんと稽古づくしの三週間は……。

いつもならシルヴィオ兄さんを盾にしてでも逃げる俺でも同情してしまう。

「何をあんた達は抱き合っているのよ?」

久しぶりに聞いた我が姉の声。

思わず背筋が伸びそうになるのを何とか堪える。

大丈夫、まだ俺は調教なんかされていない。

「あ、エリノラ姉さん。ただいま。王都のお土産なら俺のポーチに――」

「三週間、王都で剣の修行は?」

「…………」

お帰りすらないのか。

「剣の修行は?」

「……してません」

「じゃあ行くわよ」

「はい」

エリノラ姉さんの白い手に腕を捕まれ、引っ張られるようにして歩き出す。

「ねえ、アル?」

「何?」

今度は何だろう。「今日は真剣でやらない?」とか言われたら、俺は転移を使ってでも逃げる心づもりだ。

「……おかえりなさい」

「……ただいま!」

この後、俺が稽古でボコられたのは言うまでもない。