軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お買い物

「アル、明日には王都を発つからね?」

「本当!? じゃあ、コリアット村に帰れるんだよね?」

宿で朝食を食べ終わった後の、ノルド父さんの一言により、朝の眠気が吹き飛んだ。

ドラゴンスレイヤーの劇も観たし、転移のお陰で王都にはいつでもやって来れるのだ。

王都に未練なんてない。むしろ、平和で穏やかなコリアット村が恋しくてたまらなかったところだ。ここでは余り好きに動けないし。

「ああ、そうだよ」

「ええ、ようやくよ」

嬉しいのは俺だけではなく、ノルド父さんやエルナ母さんも心底嬉しそうだ。

交流会が終わってからも二人は忙しそうにあっちこっちの家に行っていたからね。殆どノルド父さん絡みの事であったが、俺も何回か連れて行かされた。

その時はエルナ母さんとくっついてゆっくりしていたけれど。爵位の高い人がいなければ、お茶会も結構緩いもんだよ。

「これ以上王都にいてもお茶会やパーティーに誘われたり、騎士団の訓練に混ざったりと疲れるだけだからね」

「ええ、これで夫人とのお茶会にも行かなくていいわ」

王都から遠い位置にいるスロウレット家は中々王都のパーティーなどに参加しない。

だから王都に現れている間に、スロウレット家と縁を持ちたい貴族はここぞとパーティーなどに誘うのであろう。

田舎ではあるが、最近は色々と豊かな貴族でもあるしね。

ようするにレアキャラなのだ。

「という事で荷物を纏めたら、今日は買い物に行くよ」

「買い物?」

「お買い物ですか!?」

俺の言葉を掻き消す勢いで声を発したのは駄メイドのミーナ。静かに食器を片付けているサーラとは大違いだ。

「それは私とサーラもお買い物をしていいのですか!?」

やや興奮気味の口調でノルド父さんに詰め寄る。

ミーナの声を聞いたサーラはピタリと動きを止めて、ちょっと期待するような眼差しをしている。

何か可愛いね。

「勿論大丈夫だよ。今日は自由に過ごしていいよ」

「やったー!」

ノルド父さんからお休みを頂いて喜ぶミーナ。

あまりにも無邪気で皆しょうがないなという雰囲気だ。

そして皆はミーナを見た後に何故か俺を見やり、残念そうに息を吐く。

何ですか。俺が随分と枯れているとでもいいたいのかな?

「それで何か買う物でもあるの?」

物欲の少ないノルド父さんが積極的に買い物に行こうと言い出すと事は珍しい事だ。

「バルトロに頼まれていた魔導具とか、自分の服かな。稽古で使う服もボロくなってきたしね。後は皆へのお土産かな」

ああ、確かバルトロが新しくできた火の魔導具が欲しいとか言っていたな。料理に使えるかもしれないとか言っていたし。見てきてくれとか言われたけど、すっかり忘れていた。

服についてはエリノラ姉さんと激しく打ち合うからだ。

稽古の回数を減らす事を提案する。

「王都に来たのにゆっくりと買い物もできていないものね。私も色々見て回りたいわ」

エルナ母さんが拗ねたように口を尖らせる。

なるほど、最後の日くらいは家族とお買い物に出かけるのも悪くないな。

それにしてもお土産か。転移でいつでも来られるから問題ないと思っていたけど、手ぶらで屋敷に帰ったらエリノラ姉さんに怒られそうな気がする。

エマお姉様への贈り物は大切だ。いつもお世話になっているお礼に良い物を贈らないと。

トール? トールには適当に錆びた剣とかでもあげればいいだろう。あいつにはそれで十分だ。

出立の準備を終えた俺達は西のメインストリートへと来ていた。

ここは少しお高い商品が売られているお店が多く立ち並んでいる場所だ。

貴族街ほどではないが、質のいい服を着ている人や見回りの騎士達が多く歩いている。

「今日は天気がいいね」

「そうだね。こんな天気のいい日は歌を――」

「歌わないからね? あれは脚色されたものであって現実じゃないんだよ?」

俺が軽くいじると、ノルド父さんの爽やかな笑顔から一転し、プレッシャーある不気味な笑顔へと変わった。

同じ笑顔なのにどうして印象がこんなにも違うのだろうか。

「わあー、高級店がいっぱいありますねー」

「本当ですね」

「もう、サーラってば今日はお休みなのに硬いですよー」

「そ、そうね。今日はお休みだものね」

サーラの丁寧じゃない言葉遣いを久しぶりに聞いた気がする。屋敷では基本的に丁寧な口調だものな。俺が赤ん坊の頃は言葉遣いも柔らかかったけど。

ちなみにミーナとサーラは王都にそこまで詳しくないので、午前中は俺達に付いて買い物をするらしい。

「聞いてるのかい? アル」

「うん、聞いてる聞いてる」

くどくどと自分はそんな事をしていないとか言い出すノルド父さんの向こう側では、エルナ母さんが真剣にお店をチェックしていた。

「エルナ母さん! ノルド父さんがあの服エルナに似合いそうって言っていたよ!」

「あら、本当? 入りましょう!」

俺が適当な服屋を指さすとエルナ母さんが、ノルド父さんを引っ張っていく。

「ちょっとアル!?」

「丁度いいわね。あそこの服屋、男物もあるわ」

ははは、目的の男物の服もあってはノルド父さんも逃げられまい。

「ちょっと、アルも来るのよ!」

ノルド父さんを見てほくそ笑んでいた俺だったが、エルナ母さんがズカズカと戻って来て俺の腕を掴んだ。

「うえぇ!? 俺はシルヴィオ兄さんのお下がりでいいって!」

「何言ってるのよ。お金だってあるんだし、貧乏くさい事言わないの!」

「ええー!」

結局、親子でエルナ母さんに引っ張られて服屋に連れていかれた。

「……ノルド父さん……」

「…………」

駄目だ、反応がない。ノルド父さんは多くの精神を擦り減らしてしまったようだ。

顔を覗き込めば目が死んでいた。

最初の服屋に入って二時間は経過したであろうか。

俺とノルド父さんは既に激しく精神を消耗してしまい、ベンチでぐったりと座っている。

やはりこの世界でも女性の買い物は長いという事は変わらないようだ。

周囲を見渡させば同じようにぐったりとベンチに座る男達が。

よく見ればエリックとの待ち合わせの時に、一緒のベンチで座った気だるげな青年がいくつもの荷物を抱えていた。その表情はあの時にも増して生気が感じられなかった。気だるげな彼女さんはきっとお買い物中であろう。そっとしておこう。

俺はまだ七才の子供だ。すぐに体が大きくなってしまうので、動きやすくいい感じの服を選ぶだけだ。

エルナ母さんと女性店員さんの手によって着せ替え人形にされてしまったが、割とすぐに終わった。

何故か一般市民や農民の服が似合うとか言われたけどね。

子供なんだし動きやすければ、地味でもそれでいいよ。

しかし、ノルド父さんは素材が良すぎた。

店員さんはノルド父さんのファンであり、普段から着飾らない事を知ると「勿体ない!」と叫び、他の店員を呼び寄せた。それにエルナ母さんも加わり無限に思える着せ替えをさせられていた。

イケメンだし、スタイルのいいノルド父さんにはどんな服でも着こなす事ででき、エルナ母さんと店員さんを喜ばせた。

俺よりも遥かに時間かけたファッションショーの間は暇なので、近くの本屋でシルヴィオ兄さんへのお土産をいくつか買って来たよ。冒険記や推理本、あと自分の分としてドラゴンスレイヤーの本も買っている。帰ったらじっくりと読もうと思う。

そしてもう終わっているだろうと、帰ってきてもまだ終わっていなかった。

着せ替えが終わったノルド父さんは、今度はエルナ母さんの服選びに付き合わされていた。

エルナ母さんの「これ、どっちがいいと思う?」という地獄の質問にも、正しい選択をしていた。

エルナ母さんの中で既に答えは決まっている方を選べるとは、流石夫婦だ。

ちなみに俺は反対側を選んでいた。

きっと俺がノルド父さんだったら、エルナ母さんに満足げな表情ではなく、不満げな表情をさせていたと思う。

本当に女性の服選びって難しい。

ようやく店から出て来た女性陣。その後ろではホクホク顔の店員さんが深く頭を下げて見送っていた。

買った服を手に持っていないのは宿へと送ったためであろう。一体いくら買ったのやら。

それにしても一件目から二時間とは恐ろしい。今日は宿に帰れるのだろうか。

「……ノルド父さん、やっと終わったよ」

「……ああ、やっと終わったんだね」

肩を揺すってやると、ぐったりとしていたノルド父さんが何とか立ち上がる。

いつになくノルド父さんの姿が儚げに見える。

「次は向かいの店に行くわよ! 服の他にアクセサリーがあるのよ!」

エルナ母さんが手招きしながらミーナとサーラを連れて、元気よくお向かいの店に入っていった。

女性陣の笑顔が酷く眩しい。あんな楽しそうな雰囲気を崩したくはない。

俺とノルド父さんだけ別行動、なんてできるはずもない。

「……アル、行くよ」

「……うん」

俺とノルド父さんは再び立ち上がり、服屋へと向かった。