軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エリノラの武勇伝

「俺たちが王都に行っている間、シルヴィオ兄さんは何してたの?」

朝食を食べながら俺はシルヴィオ兄さんに尋ねた。

「そうだね。主に父さんの仕事の代理をしていたよ」

「え? 仕事の代理? たとえば、どんなこと?」

「領地の見回りかな。コリアット村だけでなく、他の村々や村落の様子も確認したよ」

村長をはじめとする村の顔役と話し合って、今年の作物の収穫状況を聞いたり、納められる税を確かめたりしたらしい。中には収穫状況が芳しくなく、十分な量の作物を納めることができない村もあったが、それは材木、糸、籠、彫り物などの代用の品で納めさせることで解決したようだ。

それらの判断は領主代理として正しいものだったらしく、ノルド父さんがとても満足げにしている。

……なんかシルヴィオ兄さんが領主っぽいことしてる。

シルヴィオ兄さんは、もうすぐ十一歳になる。

前世ならまだまだランドセルを背負っていてもおかしくない年頃なのに、もう将来を見据えて仕事をやらされているのか。可哀想に……。

「ねえ、アル。なんでそんな憐れむような視線を向けるんだい?」

「まだ子供なのに仕事をやらされて可哀想だなって……」

「いや、可哀想じゃないよ!? スロウレット領を継ぐのは僕だから今のうちにやれる仕事をやって慣れておかないと」

健気にそんな発言をしてみせるシルヴィオ兄さん。

残念ながらノルド父さんとエルナ母さんより受けた洗脳被害は甚大なようだ。

俺だったらそんな年齢で真冬に視察とか命じられたら間違いなくストライキを起こす。

「バルトロはなにしてたの?」

そう尋ねると、エリノラ姉さんがガクリと身体を傾けさせた。

テーブルが揺れた。危ない。エリノラ姉さんのせいで味噌汁がこぼれるところだった。

「お、俺か?」

「うん」

そりゃ、名指しして尋ねているんだ。バルトロに向けて話しかけているに決まっている。

この屋敷にバルトロという奴は一人しかいない。

俺が視線を向けると、バルトロは何故かエリノラ姉さんの方を向いて気まずげな顔をしながら口を開く。

「俺はいつも通りに屋敷で料理を作っていたぜ。仕事量が減った分、料理の研究に専念させてもらった」

バルトロはカレーのアレンジレシピやカグラ料理の研究なんかに精を出していたらしい。

道理で筑前煮の味が仕上がっていると思った。

この一か月の間に、じっくりと今できる料理と向き合うことができたようだ。

料理以外では村の方の雪かきを手伝いに行ったり、村の子供と雪合戦をしたりと頼りになるおっちゃん振りを遺憾なく発揮していたようだ。

「まあ、なんだ。俺のことはいいから嬢ちゃんのことを聞いてやれ? なぁ?」

バルトロがどこか気まずそうに頭を掻きながら言ってくる。

先程から敢えて無視していたが、エリノラ姉さんの圧力に耐え切れなくなったらしい。

俺の目の前には先ほどからずっとソワソワとしているエリノラ姉さんがおり、早くあたしにも尋ねてこいと言わんばかりの様子だった。

その様子からして俺のいない間に何かすごいことがあったんだろうな。それを俺に言いたくて仕方がないらしい。俺以外の三人は詳細を知っているのか微笑ましそうにしている。

このまま素直に尋ねてやるのは面白くないが、これ以上焦らすと拗ねてしまいそうだ。

「……で、エリノラ姉さんは何か変わったことはあった?」

「冬将軍を追い払ったわ!」

渋々尋ねてあげると、エリノラ姉さんがよくぞ聞いてくれたとばかりに言った。

「冬将軍? なにそれ?」

確か日本ではシベリア高気圧がもたらす強い寒気のことだったはずだけど、口ぶりからしてそういうわけではなさそうだ。

「冬将軍は寒さの厳しい冬に出現する魔物よ」

「とてつもない剣技と氷魔法を操る高位の魔物さ。撃退ランクはAかな」

首を傾げていると、エルナ母さんとノルド父さんが教えてくれた。

「そんな強い魔物をエリノラ姉さんが追い払ったの?」

「ええ、そうよ。凄いでしょう?」

「うん、すごいね」

称賛の言葉を贈ると、エリノラ姉さんがだらしのない笑みを浮かべた。

いつもなら適当に返事するところであるが、討伐ランクA以上の化け物となるとそこら辺に徘徊している魔物とは訳が違う。素直に称賛せざるを得ない。

「冬将軍は強かった?」

「ええ、強かったわ。特に居合斬りってやつを見切るのが難しかったわね。追い払うことができたのはルンバのアドバイスのお陰よ」

「え? ルンバも?」

さすがにそれは戦力過多なのではないかと思ったが、皆の反応を見る限りそうでもないようだ。なにそれ? 冬将軍おっかない。

「ルンバはカグラで刀士と稽古をしたことがあるからね」

「……やっぱり、あたしもカグラに行きたかったわ。その経験があれば、冬将軍の首も取れたのに……」

爪先をかじりながらどこか悔しそうにするエリノラ姉さん。

冬将軍を追い払っただけなのが不満らしい。

「冬将軍は本気になると討伐ランクがSになるわ。エリノラにはまだ無理よ」

冬将軍は自らの首を脅かす者が現れると、死に物狂いで攻撃を仕掛けてくるらしい。

さらには相棒である暴れ馬を召喚し、人馬一体となるそうだ。なんかとんでもない魔物だ。

「そんなのやってみないとわからないじゃない! それとも母さんは本気の冬将軍と戦ったことがあるっていうの?」

「ええ、あるわ」

「――ッ!?」

「だから、今のエリノラじゃ無理だって言っているのよ」

その時の苦労を思い出したのか、エルナ母さんがため息を吐いた。

エリノラ姉さんはその時のエピソードを聞きたそうにしていたが、エルナ母さんからするとあまり思い出したくない戦いのようだ。

ノルド父さんも黙っていることからエルナ母さんと同じ見立てなのだろう。

「にしても、そんな魔物が現れるなんてね」

「僕もビックリしたよ。今年はコリアット村も寒さが厳しかったから冬将軍が流れ着いたのかもしれないね」

ノルド父さんが腕を組みながら唸り声を上げる。

そんな寒気がやってきたみたいな軽いノリで来ないで欲しい。

「まあ、冬将軍は滅多に現れる魔物じゃないさ。エリノラが追い払ってくれたことだし、当分はこの辺りに現れることはないよ」

毎年のようにそんなおっかない魔物が出現するのかと思ったが、たまにしか現れないのであれば、そこまで気にする必要はないな。

「なんだよかった」

「よくないわよ! それじゃ、再戦できないじゃない!」

穏健派である俺とシルヴィオ兄さんは露骨にホッとしたが、過激派であるエリノラ姉さんはその推測にいたく不満そうだ。

「冬将軍に出会える場所ってないの!?」

あげくの果てには冬将軍を探し出そうとしている。

勝てないと言われている魔物なのに、挑もうとしているエリノラ姉さんの心が理解できない。

「寒さの厳しい場所には現れやすいみたいよ?」

「それってどこ?」

「神聖イスタニア帝国じゃないかしら? ほら、あそこの北部は一年の半分近くが雪で埋もれているみたいだし」

「来月には王都の騎士団に入団しないといけないのに無理じゃない!」

神聖イスタニア帝国はミスフィリト王国から左上に位置する国だ。

王国との間には大きな山脈が隔てられており、回り道をしないといけない上に単純に距離が遠い。

馬車で行こうと思ったら片道だけで軽く一か月はかかるだろうな。

来月から王都での寮生活を始めることになるエリノラ姉さんには無理だ。

それがわかっているからこそ、エルナ母さんは教えたのだろう。

「冬将軍を追い払ったこと以外は何かしたの?」

「自警団と一緒に村周辺に現れた魔物を討伐したり、薬師に頼まれて薬草を採取に行っていたわ。あとはエマやシーラと人生ゲームをして遊んだり、恒例の雪合戦もしたわね」

ふむ、それ以外は一般的なコリアット村での冬のイベントを満喫したそうだ。

くそ、俺ものんびりと家にひきこもって人生ゲームをしたり、村の人たちと雪合戦をしたかったな。今からでもトールやアスモに声をかけたら付き合ってくれたりしないだろうか?

「……エリノラ、魔法の勉強は?」

エルナ母さんが味噌汁のお椀を置きながら静かに問いかけた。

「えーっと、魔法の勉強に関してはぼちぼちよ?」

エリノラ姉さんが一瞬目を泳がせた。

俺なんかでもわかったんだ。百戦錬磨のエルナ母さんが、その綻びを見逃すはずがない。

「……シルヴィオ」

エルナ母さんが目を細めながらシルヴィオ兄さんに尋ねる。

エリノラ姉さんが必死にアイコンタクトを送っている。なんとか誤魔化すように要請しているのだろう。

「うーん、頑張ってはいるけど、魔力の基礎知識や魔法式について覚えられていないところが多くて躓いているかな」

「ちょっとシルヴィオ!?」

必死のアイコンタクトは空しく、即座にシルヴィオ兄さんはエリノラ姉さんを売った。

「やっぱり、エリノラには私がしっかりと付いていてあげないといけないみたいね。今日からエリノラは私と一緒に魔法のお勉強よ」

エルナ母さんが微笑みながら告げた言葉にエリノラ姉さんは顔色を真っ青にするのであった。