軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

鰆だよ

自分のベッドでふと目を覚ました。

見慣れた白い天井、木の梁――それがコリアット村の屋敷に帰ってきたことを実感させた。

「やっぱり、自分の部屋のベッドが最高だな」

寝返りを打つとベッドの布団が俺の身体を受け止めてくれる。

ベッドの質はミスフィード家のベッドに比べると、数段と劣るはずなのにどうしてこっちの方が気持ちいいのだろう。前世でも旅先のベッドにはしゃぎはしたけど、なんだかんだと家にあるくたくたの布団の方が身体に馴染んでいた気がする。

おそらく、心意的な問題なのだろう。

どれだけいいベッドや枕を使おうとも心から安心できる場所でなければ、質のいい睡眠はとれないみたいな。

「久しぶりに二度寝をしよう」

一度、目が空いたからといって起きなければいけない理由はない。まだ脳も身体も完全に覚醒はしていない。むしろ、気怠さと眠気の残っている今こそ二度寝を貪るべきだろう。

王都のスリーパスで買った睡眠羊の枕が俺を夢の世界へと誘おうとする。

眠気がくるということは、俺の身体にはまだ潜在的な眠気が残っている証明だ。すぐに解消しなければ。そんなわけで俺は瞼を閉じて夢の世界へと旅――。

「アル、朝よ! 起きなさい!」

旅立とうとしたところで部屋の扉が勢いよく開いた。

声の主はドタドタとベッドに駆け寄ると、寝転んでいる俺の上に跨ってきた。

おも。と思ったけど、そんなことを口にすれば、しばかれるので何とか堪えた。

このまま狸寝入りをしてやり過ごそう。

「起きているのはわかってるのよ? さっさと起きなさい」

「痛い、頬を引っ張らないでよ」

エリノラ姉さんがむぎゅっと俺の頬を摘んでくる。

絶妙な痛さに狸寝入りをしていた俺は声を上げた。

瞼を空けると、視界にはこちらを見下ろして、どこか満足げな顔をしているエリノラ姉さんがいた。

赤茶色の髪をポニーテールにしており、勝ち気そうな赤い瞳。

一か月ぶりに再会したけど、この姉は何も変わっていない。いや、一つだけ変わっていることがあるか。

「どうしたの?」

「エリノラ姉さん、重くなった? 冬で稽古ができないからって屋敷に籠って食べ物ばっかり食べて――って、身体が締まる!?」

変わった点を指摘したらエリノラ姉さんの太腿に力が入った。俺の胴体が万力のように締め上げられる。布団を纏っているがそんな装甲は意味がない。肋骨の辺りの骨がミシミシと悲鳴を上げた。

「なにするの!?」

「アルが失礼なことを言うからよ」

「いや、だって本当のこと――うぎぎぎぎ!? な、なんでもありません……」

こちらの正当性を主張しようとしたらエリノラ姉さんの太腿が再び万力と化した。

弱いということはこれほど罪深いことなのか。

「……あ、あの、退いてくれませんか?」

落ち着いたところで俺はエリノラ姉さんにお願いする。

いつまで俺の上に跨っているんだ。退いて欲しい。

「ちゃんと起きる?」

「起きない」

「…………」

即座に拒否すると、エリノラの視線が冷ややかなものになった。

「いや、だって昨日旅から戻ってきたばっかりなんだよ!? もうちょっとゆっくり寝かせてくれてもいいじゃん!」

こっちは王都から一週間もかけて帰ってきたんだ。疲労が溜まっている。

スロウレット家ではできるだけ家族で一緒に食事をするのがルールであるが、旅から帰ってきた翌日くらいは少しくらい寝かせてくれてもいいはずだ。

「もう十分に寝かせたわよ」

「まだ朝でしょ? 早いじゃん」

「なに言ってるのよ。もう昼前だから」

「ええ?」

エリノラ姉さんは俺の身体の上から降りると、部屋のカーテンと窓を大きく開け放った。

「……眩しい」

外からの光に俺は目を細めた。

目が慣れてきたところでしっかりと見開くと、外からは暖かな日差しが差し込んでいた。

出発する前は雪が降り積もっていたが、既に雪は無い。

二月下旬なので気温はまだ寒いが、陽射しは微かにだが春の兆しを見せていた。

「目、開いてる? もしかして、まだ寝てるの?」

エリノラ姉さんがこちらの顔を覗き込んできながら言う。

「いや、ちゃんと開いてるよ」

「そ、そう」

悪いこと聞いちゃったみたいな反応をしないで欲しい。そういうのが一番傷つく。

残念ながら俺は生まれつきこういう目なんです。

「……確かにもう昼前だね」

太陽の高さ的に時刻は十一時くらいかな?

「そういうわけで、いい加減起こしてこいって母さんに言われたの」

うん、確かにこんな時間なら起きろというはずだ。

いつも七時から八時くらいに朝食を食べていることを考えると、大温情だな。

俺の中での正当性は崩れた。

さすがに今から二度寝なんてすれば、エルナ母さんに怒られかねない。

「わかった。今、準備するよ」

「そう」

ベッドから起き上がってクローゼットを漁り始めるが、エリノラ姉さんは短く頷くだけで部屋から出ていってくれない。

すぐ傍で両腕を組ながら仁王立ちしている。

「エリノラ姉さん?」

「早く準備なさい」

「……今から着替えるんだけど?」

姉弟なので裸を見られたところで狼狽えることはないが、そんなすぐ傍から凝視されると着替えづらいものがある。

「あたしが目を離すと、部屋に閉じこもって二度寝するでしょ?」

「そ、そうですか」

どれだけ俺は信用がないんだ。

エリノラ姉さんに監視されながら身支度を済ませると、速やかに部屋を出て一階にあるダイニングルームに向かった。

「連れてきたわ」

ダイニングルームに入るなり、エリノラ姉さんが告げた。

そして、自分の役目は終えたとばかりにさっさと席に着いてしまった。

「おはよう、アル」

「おはよう、皆。お陰でよく眠れたよ」

気遣ってくれたノルド父さんたちに礼を言いながら俺はしれっといつもの席に着いた。

「旅で疲れているのはわかるけど、さすがに寝過ぎじゃないかしら?」

「それだけ七歳児には負担の大きな旅だったんだよ」

馬車で片道一週間の旅だ。つい寝過ぎちゃっても何らおかしくはない。

「土魔法で家を建てて、温かい布団の中でぐーすか寝ていたのに?」

「普段と違う環境っていうのは、それだけでストレスがかかるものだからね」

それはそれ。これはこれだ。

「相変わらず口がよく回る子ね」

「きっと母親によく似たんだよ」

エルナ母さんと俺が朗らかに笑い合う。

エリノラ姉さんは呆れ、シルヴィオ兄さんとノルド父さんは苦笑している。

ミスフィード家では周囲を気にして、こういうじゃれ合いができなかったのでちょっと楽しいな。

ノルド父さんが手を叩くと、バルトロ、ミーナ、サーラがワゴンを押してダイニングルームに入ってきた。

「おお、和食だ!」

目の前に配膳されたのはご飯、味噌汁、焼き魚、出汁巻玉子、筑前煮といった和食だった。

「坊主たちはしばらく王都にいたからな。こういうのが恋しいと思ってよ」

「さすがバルトロ! ありがとう!」

ミスフィード家の料理もとても美味しかったんだけど、和食に親しんでいる身からすれば、どうしてもご飯が食べたくなるのだ。

ノルド父さん、エルナ母さんも同じ気持ちだったのか、和食を前にして嬉しそうだ。

「それじゃあ、いただこうか」

ノルド父さんの声を合図に俺たちは朝食を口にした。

まずは味噌汁からだ。

茶碗の蓋を開けると、もわっと湯気が舞い上がり、味噌の香りがした。

一口啜ると、自然と息が漏れた。

ホッとしているのは俺だけじゃなく、ノルド父さんやエルナ母さんも同じのようだ。

顔を見合わせて思わず笑った。

「味噌汁が美味しいわ」

「うん、これを飲むと屋敷に帰ってきたんだと思えるよ」

カグラの料理は既にスロウレット家に心をがっしりと掴んでいた。

具材は白ネギ、ワカメ、豆腐だ。このシンプルさがありがたい。久しぶりに食べる味噌汁はシンプルなものがいい。

味噌汁を啜ると、今度はご飯だけを食べる。

ただのご飯が美味い。粒がしっかりと立っており、粘りと甘みがあった。

ご飯を堪能すると今度はおかずに移る。

「この焼き魚はなんだろう?」

「なんだろう? 僕も食べたことがないや」

「お、坊主たちにわかるか?」

バルトロから試すような視線が向けられた。

当ててみせろってことだ。

「鮭じゃないわよね? そ、それくらいはわかっているわよ?」

俺とシルヴィオ兄さんが「えー?」という視線を向けると、エリノラ姉さんはどこか誤魔化すように言った。

さすがに鮭じゃない。そんな強い赤身はしていないが、飴色のような薄い色がついている。

「味噌を塗ってあるね?」

「うん、味噌焼きだ」

表面には味噌が塗られており、そのまま焼いたのか焦げた香ばしい匂いだ。

ということは、白身系の魚だろう。

箸で丁寧にほぐして口へ運んだ。

ふわっとして、しっとりとした食感。味噌のしっかりと味の後にじわっとくる旨み。

「サバ?」

同じく咀嚼したエリノラ姉さんが首を傾げながら言った。

「いや、鰆かな」

「うん、僕もそんな気がする」

「坊主と兄貴が正解だ」

バルトロが正解を告げると、エリノラ姉さんが気まずそうな顔になった。

まあ、新鮮なサバのような味をしているともいえるけど、鰆とは味がちょっと違うかな。

「エリノラ姉さん、鰆だよ」

「……うるさい」

ここぞとばかりに煽ると、エリノラ姉さんが箸を伸ばして俺の出汁巻玉子を一つかっさらっていった。