作品タイトル不明
スリーパスの枕
「「お帰りなさいませ」」
ミスフィード家の屋敷に戻ってくると、ミーナとサーラが出迎えてくれた。
一週間ほど滞在してもスロウレット家の屋敷以外の場所で出迎えられることに慣れないな。
玄関の色が白だの青だの清廉としており、無駄に豪奢なのがいけない。
一階の天井の高さだけでうちの屋敷の二階分くらいはありそうだ。
「アルフリート様、ご注文された枕が届いておりますよ」
「おお! 待ってました!」
サーラの報告に俺は歓喜する。
王都の寝具店で注文をしたオーダーメイド枕がついに届いたらしい。
「俺の枕はどこ?」
「寝室に運び込んであります」
即座に走り出したくなったが、エルナ母さんが睨みを利かせるような視線を向けてくる。
よその屋敷でみっともない真似はしないようにということだろう。
俺はみっともなく見えないギリギリの範囲まで足を早く動かし、二階にある寝室へと移動した。
光の魔道具のスイッチを押すと、天蓋付きのベッドの上に睡眠羊の枕が置かれていた。
俺は迷うことなくベッドへと駆け寄ってダイブした。
「いやっふう!」
人目につく可能性がある玄関や廊下では騒いではいけないが、プライバシーの保障された寝室ならば無作法も問題ない。
バインッとベッドの反発を活かすようにして枕の方に跳ねた。
滞空時間、跳躍距離、落下場所、クッションによる反発、着地した時の姿勢といい完璧だ。
素人の者が迂闊にやればベッドから落下したり、反動で布団の上にある枕や掛け布団が吹き飛んでしまうだろう。長年の経験があるからこそできる移動方法だ。
枕に近づくと、俺は思いっきり枕へと抱き着いた。
サラサラとした枕シーツの下にはふんわりと柔らかな睡眠羊の毛が詰まっている。
「はぁ~、新品の枕って最高だ」
程よい硬さと弾力感。スライム枕にも劣ることのない素晴らしい枕だ。
届いたばかりの枕の感触を確かめていると、不意に寝室の扉がノックされた。
多分、エルナ母さんとノルド父さんだろう。今は新品の枕を堪能したいんだけどな。
「新品の枕を買ったんですって?」
気だるげな返事をして入室を促すと、予想通りエルナ母さんとノルド父さんが入ってきた。
さすがは俺の母親。俺の新しい枕が気になっているらしい。
「そうだよ」
「どこで買ったの?」
「スリーパス」
「紹介でしか入れない高級寝具店じゃない」
店名を告げると、エルナ母さんが大きく目を見張った。
どうやら俺が連れて行ってもらった寝具店は想像以上に格式の高いお店だったらしい。
だってあれだけ店内は高級だし、取り扱っている寝具の種類も尋常ではなかった。
ネームの睡眠への情熱を考えると、睡眠欲の低い客をお断りしていてもおかしくはない。
「触ってもいいかしら?」
「いいよ」
本当は枕をすぐに堪能してひと眠りしたいところだけど、エルナ母さんの興味を収めないことには部屋を出ていってくれないだろう。
枕を渡すと、エルナ母さんは生地を確かめるように撫でて、中身の柔らかさを確かめるように手で押したりする。
その眼差しはとても真剣で素材を吟味する職人のようだ。
「手触りも良くて硬さもちょうどいい。いい枕だわ」
「質感もいいけど、素晴らしいのは俺のための枕っていうことなんだ」
俺はこの枕が首の高さや頭の高さを測定して作ったオーダーメイド制であることを説明する。
「枕を作るためだけにそこまでするんだ」
「そこまで? 人生の四分の一ほどを過ごすために使う道具だよ?」
「ごめん。僕の言い方が悪かったよ」
枕が人生に置いてどれほど重要かを力説すると、ノルド父さんが苦笑しながら謝る。
謝ってくれてはいるが枕が睡眠の質にどれだけの影響を与えているかわかっていないな。
「これを使ってみれば、ノルド父さんも枕に対する認識を改めると思うよ」
睡眠羊の放つリラックスフェロモンを体験すれば、ノルド父さんもすぐに飛ぶはずだ。
表情を取り繕いそんな思惑は欠片も見せずに枕を出し出すと、ノルド父さんは素直に受け取った。横になると睡眠羊の枕の上に頭を乗せて目を瞑る。
「あなた、どう? 眠れそう?」
「まだ夕方にもなっていないんだよ? いくらいい枕を使ったところですぐには眠れな…………」
エルナ母さんが微笑みながら尋ね、ノルド父さんは返事をしようとしたがすぐに目がとろりとしたものになった。そして、徐々に言葉が眠そうなものになり、最後まで言い切ることもなく意識が落ちた。
「……え? ノルド、寝たの?」
まさか、会話の途中に眠るとは思っていなかったのか、エルナ母さんが戸惑った表情を浮かべながらノルド父さんの身体に触れた。
深い眠りへと誘われているノルド父さんはその声に反応を示すこともなく、穏やかな寝息を漏らしている。
「うん、眠ったよ」
「どうしてこんなにも早く?」
「この枕の中には睡眠羊の毛が入っているんだ。睡眠羊の放つリラックスフェロモンがあれば、快適な眠りへと誘ってくれるよ」
「さすがはスリーパス。とんでもない枕だわ。つまり、これを使えば、誰でもすぐに眠れるってこと?」
「強制的に眠らせるわけじゃないよ。あくまでその人の眠る睡眠欲求を引き出すだけだから。こんなにも早く眠れるなんて相当疲れていたのかな?」
「ここ最近はずっと寝つきが悪かったもの。きっと疲労が溜まっていたのよ」
「そんなに?」
「誰のせいかしらねぇ?」
小首を傾げていると、エルナ母さんに頬をつねられた。
ミスフィード家の呼び出しに、他の貴族を巻き込んだ壮大な遊園地事業、ギデオンへのお見舞い、クロノワインド家からの門下生へお誘い。ノルド父さんの心労の原因にとても覚えがあったことを思い出した。呼び出しに関しては俺もいい迷惑だけど、それ以外に関しては俺のやらかしが原因だ。
「ご、ごめんなさい」
素直に謝ると、エルナ母さんはすっと頬から手を離した。
「ノルド父さん、よく眠っているね」
「ええ、本当にね」
俺たちが傍でこんな風に会話をしているのにまったく起きる気配がない。
「やっぱり、よそのお家だとぐっすりとはいかないもの」
「ええ? そう?」
屋敷の自分の部屋と比べれば多少の違和感はあるが、それでも疲労が溜まるほどに眠れないなんてことはない。
「アルは図太――のんびり屋さんだものね」
エルナ母さん、誤魔化す気があるなら最後までちゃんと言い繕ってよ。
俺が非難の視線を向けるが、エルナ母さんは気にした様子もなくノルド父さんの方を向いている。
「なにしてるの?」
「ノルドの寝顔を眺めているのよ。彼が先に眠りにつくのは珍しいもの」
ノルド父さんと同じ部屋で眠ることが少ないので俺にはわからないが、普段の生活ではそうらしい。
エルナ母さんはジーッとノルド父さんの寝顔を眺めたり、耳元の髪の毛を優しく指ですくったりする。
その眼差しはとても柔らかなもので本当にノルド父さんのことが大好きなんだなとわかる。
そんな甘い雰囲気に晒されているだけで胸の辺りがムズムズとしてきた。
俺は視線を逸らすようにして仰向けになって寝転がる。
ああ、枕が欲しいけれど、こんなにぐっすりと眠っているノルド父さんから取り上げるような非道な真似はできない。勧めたのも俺だし。
仕方なく俺は枕無しの状態でそのまま眠ることにした。