作品タイトル不明
出待ちのギデオン
「じゃあね、アル」
「おやすみ、ラーちゃん」
夕食を食べ終わると会食は終了となる。
ラーちゃんに軽く挨拶をすると、俺はダイニングルームを退出して私室へ向かう。
と、その前にトイレに行きたくなったので私室をスルーして、そのまま廊下の奥にあるトイレへ。
トイレを済ませて出ると、廊下の壁に背中を預けるようにしてギデオンがいた。
子供の俺がやっても様にならない仕草であるが、すらっとした体格をしているギデオンがやると随分と様になるものだ。
……にしても、なんでここにいるんだろう?
客人であるスロウレット家が住まう部屋とミスフィード家が住まう部屋は階層が違うはずなんだけど。これって明らかに俺を待っているよね。
夕食でラーちゃんの口から出た無詠唱についてだろうか?
なんか絡まれるのも面倒だ。用件がありそうなものだけど、俺は敢えて気付かないふりをし、ぺこりと頭を下げてギデオンの前を通り過ぎた。
「……待て」
「…………」
案の定、ギデオンが声をかけてくる。
それでも無視して歩いていくと、ギデオンが急いで走って回り込んできた。
「俺が待てと言っているのだから待たんか!」
「なんの用でしょう? ギデオン様」
今、お腹が膨れていい具合の眠気がきているんです。明日になりませんか?
なんて言えたらこの世界はどれだけ幸せだろう。と思いつつも用件を尋ねる。
「先程の会食でラーナが貴様から詠唱破棄を習ったと言っていた。それは本当か?」
嘘ですと言って言い逃れをしたいが、そうするとラーちゃんが嘘つきというレッテルを貼られてしまう。面倒事を回避したい気持ちはあるが、幼いラーちゃんを貶めてまで逃げることはできない。
「まあ、そうですね」
「それはいつのことだ?」
なんで自分の妹のことなのに把握していないんだろう。気になるのならまずラーちゃんに聞きにいけばいいのに。なんて思いながらも俺は口を開く。
「ラーナ様がうちの領地に訪れた時のことです。一緒に魔法の訓練をしていた時に私なりのコツを教えたところ成功しました」
「……そ、そうか」
ざっくりとした経緯を説明すると、ギデオンは驚いた様子ながらも頷いた。
それから考え込むようにして腕を組んで黙り込む。
ギデオンが欲する情報は伝えたし、もう俺に用はないよね?
「では、そろそろ失礼しますね」
「待て!」
お暇しようとすると、またしてもギデオンに回り込まれてしまった。
アルフリートは逃げられない。なんだこのモンスターは。
「今度はなんです?」
「……俺に詠唱破棄のコツを教えろ」
ため息を吐きたくなるのを我慢しながら尋ねると、ギデオンがくいっと眼鏡を持ち上げながら小さな声で言った。
魔法貴族と言われているミスフィード家の長男だ。
魔法学園にも通っているし、詠唱破棄の一つや二つくらい使えないはずがない。
「?? もしかして、ギデオン様は詠唱破棄や無詠唱ができないので?」
「できるか!」
「ええ? できないんですか?」
「貴様、俺を煽っているのか?」
「いや、そのようなつもりは微塵もないのですが……本当にできないんです?」
「そもそも魔法とは魔力を練り上げ、魔法言語である呪文を紡ぐことによって発動する力のことだ。命令式である呪文をすっ飛ばして現象を起こすなどあり得ない。それができるのは数多の知識を蓄
え、魔法技術を習熟させた一部の天才だけだ。お前やラーナのような幼子ができるというのはおかしい!」
「俺やラーちゃんがその一部の天才だったということにはなりませんか?」
「俺だって天才だ。天才な俺ができていないのはおかしいし、できないことがあるのは我慢ならん」
なにこの人。無駄に自尊心が高いんだけど。エリックとは別の方面でこじらせていて面倒くさい。
「だから、教えろ」
「えー、俺にメリットが無いんですが……」
可愛らしいラーちゃんに教えるならまだしも、深夜に人の寝室の前に押しかけ、上から目線で言ってくる人に教えたくはない。
「この俺と仲良くなれる」
「いや、公爵家との友誼は既に間に合っていますので」
ラーちゃん、シューゲル、アレイシアと子爵家には勿体くらいの大物と知り合いになってしまっている。田舎でのんびりとスローライフをおくるには過剰なくらいの人脈だ。これ以上公爵家の人と仲良くするのはちょっと遠慮したい。
「これだけの魔法の使い手だ。お前もいずれは魔法学園に入り、宮廷魔法使いになるのであろう? ミスフィード家の次期当主である俺と仲良くしていれば、大抵の役職にねじ込むことができる」
スラッとこういった交渉ができる辺り、ギデオンという男はただ魔法に興味があるだけの研究バカというわけではないようだ。
「いや、俺は魔法学園に入学はしませんし、そもそも働く気がないので‥‥」
「無詠唱が使えながら学園にも通わず、宮仕えするつもりもないだと!? 貴様はバカなのか!?」
いや、そんなことを言われても俺は田舎でスローライフをおくりたいだけなんだ。
もう一度学び舎に通って人生を浪費するのもゴメンだし、そもそも真面目に働くつもりもない。よってギデオンが提示したメリットとやらは、俺にとってまったく魅力的ではなかった。
というか、俺はまだ七歳だぞ? そんな遠い未来の就職の担保なんてどれだけ役に立つのかわかったものでもない。
「では、何が欲しいのだ?」
反射的にお金という言葉が口から出そうになるが、今世において俺はそこまでお金に困っていない。なぜならば、リバーシやスパゲッティといった商品開発によって、スロウレット家の懐は常に潤
っているからだ。
お金以外のものと考えると、うちでは手に入れることが難しいもの。
「んー、魔道具が欲しいですね」
先日のウォーターショーでシューゲルはヴァーシェルという魔道楽器を演奏していた。
ミスフィード家の長男であれば、俺が手に入れることのできない稀少な魔道具を持っているかもしれない。
「生憎と俺は魔道具に興味がない。だが父上ならば、数多の魔道具を所有している。そこにある物をいくつか譲ってもらえないか掛け合ってみよう」
「おお、よろしくお願いします!」
どうやらシューゲルは魔道具の収集家のようらしい。その中からいくつか魔道具を譲ってもらえるのであれば、詠唱破棄や無詠唱について軽くレクチャーをするくらいはやってもいいだろう。
「交渉成立だな。よし、今すぐに教えろ」
「いや、さすがに明日にしませんか? シューゲル様に話を通す必要もあるでしょうし夜も遅いので」
俺たちの間で交渉は成立しているが、シューゲルが魔道具をあげてもいいかの許可は取れていないからね。いざ魔道具を貰う際に父上から許可はもらえませんでしたなどとごねられたら困る。
「ちっ、仕方がない。これから父上のところに行って話を通しておく。明日は予定を開けておけ」
ギデオンはそう言うと、こちらの返答も聞く間もなく階段を上っていってしまった。
まったく俺に外せない予定があったらどうするのだ。
ラーちゃんのお兄さんは困った人だな。
とはいえ、明日にはミスフィード家秘蔵の魔道具が貰えるかもしれない。
とても楽しみだ。
ぐっすりと睡れる布団の魔道具とか、ベッドで眠っていてもエリノラ姉さんに起されなくなるような自動迎撃力を備えた魔道具とか持っていないだろうか?
そんな魅力的な魔道具がないかと想像を膨らませながら俺は豪奢なベッドで眠るのだった。