作品タイトル不明
除雪
「あっ、雪が積もってる……」
朝起きて換気をしようと部屋の窓を開けると、外の世界は一面白く染まっていた。
遠くに見える山々や草原、中庭――その全てに雪が積もっていた。
見上げると上空からしんしんと雪が降っている。
どうやら昨晩から雪が降っていたようだ。
窓の縁に積もっていた雪を手に取ると、当然のごとく冷たい。
しかし、この冷たさが新鮮で心地よかった。
一年振りになる雪の景色。今年もまたこういう季節になったんだなと感慨深くなるな。
氷魔法が使える俺からすれば、雪や氷は比較的身近なものであるが自然現象はまた別物だ。
それも限られた期間での現象となると、なおさら尊いものに思える。
窓の縁にある雪をかき集めて、小さな球体に。それをもう一つ作って重ね合わせれば小さな雪だるまの完成だ。
こうやって窓に並べておくだけでも可愛いな。
「ここにもないですね」
雪だるまを並べて満足していると、そんな焦ったような呟きが聞こえた。
視線を下に向けてみると、中庭でサーラが何かを探している模様だった。
「どうしたのサーラ?」
「アルフリート様。いえ、その……なんでもないです」
俺が声をかけると、サーラはこちらを見上げてわかりやすい嘘をついた。
いや、明らかに何でもない様子じゃなかったな。髪や服には結構な量の雪が積もっているようだし、長時間外にいたんだろう。
とはいえ、サーラに大声で言わせるのも恥ずかしいか。中庭から俺の部屋に届かせるには結構なボリュームになるし。
「ちょっと待ってて」
サーラの様子が気になったので、俺は防寒具に身を包んで中庭へと向かう。
勿論、寒さ対策に火球は浮かべておいた。
「で、どうしたの?」
「えっと、その実は納屋の鍵を落としてしまったみたいで……」
俺が中庭までやってきて聞き出すと、サーラは誤魔化しきれないと思ったのか素直に言ってくれた。
「あー、これだけ雪が積もっているとどこにあるか見つけにくいもんね」
ただでさえ、鍵は小さい。その上に雪が積もってしまえば探し出すのは困難だろう。
ずっと雪をかき分けて探していたのかサーラの手は赤くかじかんでいた。
それが痛々しく見えたので俺はサーラの傍にも火球を浮かべてあげる。
「ほら、これで手を温めて」
「あ、ありがとうございます」
サーラはおずおずと礼を言うと、火球に手を近付けて温め始めた。
「ミーナやメルにも探すのを手伝ってもらえばいいのに」
「さすがにこの雪の中で手伝ってもらうのは申し訳ないですよ。風邪を引いてしまうかもしれないですし」
確かにこの寒さと雪の中で一緒に失せ物を探すことは同僚でも頼みづらいよな。
だから、サーラは一人で探していたのか。
「俺が手伝うよ」
「いえ、アルフリート様に手伝ってもらうわけには――」
「ええ? 大掃除は俺に手伝わせたのに?」
「……それとこれとは別です」
敢えて意地悪にそう言うと、サーラは唇を尖らせてそう言った。
顔をそむけていじけるように言っている辺り、矛盾していることに自覚はあるようだ。
大掃除をする時にサーラ達は俺に家具をサイキックで浮かすように頼んできた。
それと今回がどう違うというのか。
「別に俺がやりたいって言ってるからいいんだよ。それに俺の魔法なら探し物もすぐに見つかるだろうし」
そう言いながら俺は火球を増やし、雪の上を舐めるように動かす。
火球の高温で積もっていた雪が瞬く間に溶けて、玄関から門までの道がひょっこりと現れた。
こうやって雪を溶かしてしまえば埋まっている鍵もすぐに見つかるはずだ。
「…………」
「大体どの辺りにありそう?」
雪の無くなった道を呆然と眺めているサーラに尋ねる。
「納屋から屋敷の入り口までの道のりのどこかにあると思います」
「じゃあ、その道のりにある雪を溶かしてみるよ」
サーラの足跡が微かに残っている道のりを、俺はなぞっていくように火球で溶かす。
時折、わずかな落ち葉や草花もあるので燃やしてしまわないように気を付けながら。
白く積もっている雪を溶かしていく様子は、氷から水への逆再生を見ているようで少し楽しい。
それに地面を塗り替えていく様子は自分の領土を拡大しているかのようだ。
溶かした雪は勿論水になるのであるが、その上を歩くと土水が跳ねてしまう。
だから、氷を溶かしつつ水魔法で土水は端っこの方に移動させる。
こうすることで靴やズボンは汚れないし、道の氷結化を防ぐことができる。一石二鳥だな。
「あっ、納屋の鍵ってこれだよね?」
そうやって地面に積もった雪を溶かして進んでいくと、納屋の鍵っぽいものが出てきた。
どうやらサーラの足跡の上に落ち、その上に雪が降り積もって見えなくなっていたようだ。
ルートが限られているとは、このような小さな物は見つけにくいな。
「それです」
「待って。魔法のせいで熱くなっているかもしれないから少し雪で冷まそう」
すぐに手を伸ばして拾おうとサーラに待ったをかける。
この金属製の鍵が火球のせいで熱を持っているかもしれない。
熱したフライパンのようになっていたら迂闊に触ると火傷だ。
「……すみません」
俺は鍵にサイキックをかけて宙へ。さらに周囲の雪もサイキックで持ち上げて、鍵を閉じ込めた。
こうやって雪の中に閉じ込めることで、再び熱を奪っていく作戦だ。
鍵を冷やしたら雪を解除して、手で軽く触ってみる。
「うん、もう問題ないみたい」
「ありがとうございます」
鍵がひんやりとしているのを確認して手渡すと、サーラは深く頭を下げて礼を言ってくれた。
「雪の日に鍵を落とすと見つけるのが難しいね。何かわかりやすい布とかつけておいた方がいいかもね」
「そうですね。今後、このようなことがないようにそうしようと思います」
カラフルな布やストラップ的なものがついていれば、冬場に落とした時にも見つけやすいかもしれない。
まあ、落としたことに後で気付いて、雪に埋まってしまえば意味はないかもしれないが、見つけられる確率は上がってくれるはずだ。
「ところで、サーラはどうして納屋に?」
「除雪するためにスコップを出しておいたんです」
雪が降っていようと最低限の外出はする。そのためには玄関周りの雪は邪魔だから歩きやすいように除雪する必要がある。
しかし、鍵を探すために周囲の雪ほとんど溶かしてしまったな。
もしかして、俺はサーラがスコップを納屋から取り出した意義を奪ってしまったのかもしれない。
それで鍵を失くして、手がかじかむまで探して。俺と一緒にようやく見つけた時にはその仕事が終わっていた。
きっと、サーラは微妙にやるせない気持ちになっているだろう。
ちょっと申し訳なく感じておずおずと尋ねてみる。
「……えっと、他に溶かしてほしい場所とかある?」
「屋根はまだそれほど積もっていませんし特にありません。が、中庭の除雪をするとエリノラ様が喜ばれるかもしれません」
「そこだけは絶対に除雪しないから」
だって、雪が無くなって快適に動けるってなったら、エリノラ姉さんは喜んで稽古をやり出すだろう。そして、そこに俺とシルヴィオ兄さんが連れていかれるのは目に見えている。
自ら墓穴を掘る必要はまったくない。
俺のきっぱりとした否定にサーラはクスリと笑うのだった。